第71話 裏切りの兆し
先日の王の面前裁判は、代弁者協会にとっても大きな出来事であった。
それゆえ、結果を受け、理事会で総括がなされていた。
「結果は今述べた通りじゃ」
事件の真相、結末を協会長のテレスが説明する。
主犯がヌディオール・オステルでなく息子のヌジット・オステルによる長年の虐待であった結末に各理事は少し面食らっていた。
理事会の終盤、テレスが高らかに告げる。
「皆、今回の件では心労をかけた。良いタイミングじゃから、わしは引退する。
1ヶ月後、協会長選挙を行う」
理事の全員が、この場で引退宣言を予測していたため、特にサプライズ感はなかった。
だが、テレスの次の言葉で雰囲気が一変する。
「慣例に従い、次の協会長の後継指名を行うことにする。
わたしが指名するのはネフィスじゃ」
この発言には、理事会のメンバー全員が驚きでざわつく。
「激動の時代。これからは若いリーダーが必要じゃ。
わしなりに熟考した結論じゃ」
特に面食らっていたのは、伝統派の重鎮のトルキシアであった。
事前にテレスは伝統派の理事にも伝えていなかった。
また、親プリビレッジ派の重鎮ポリエスも一瞬唖然とした表情をするが、何やら算段がついたのか少しニヤついた表情に変わる。
そんな異様な空気の中、唯一事前にテレスから告げられていたネフィスは落ち着いた様子で、静かに言葉を発した。
「テレス協会長の指名に従い、私は正式に協会長選挙に立候補することを宣言します」
かくして、ネフィスの後継候補の受諾の意思表示がその場でなされた。
伝統派の理事たちは戸惑いながらも、異論は述べなかった。
いよいよ協会長選挙が幕を開けることになった。
協会長選挙は、1ヶ月後に代弁者全員集会を協会本部で招集し、実施される。
代弁者全員集会では、各代弁者に自由な討論が許され、それを踏まえた形で多数決で協会長を選任する。
これまでの出来レースの協会長選挙とは異なり、今回は荒れることが予想され、この代弁者全員集会の討論も判断材料になり得た。
そして、その日のうちに、ポリエスも立候補に名乗り出た。
だが、立候補期限までに、他に立候補する者は出てこず、これでネフィスとポリエスの一騎打ちということが確定した。
今回の選挙は、前例のないほど激しい戦いになることを誰もが予想した。
ネフィスが立候補した翌日のことである。
俺はネフィスから部屋に呼ばれていた。
部屋に入ると、いつもの和やかな雰囲気とは異なり、ただならぬものがあった。
普段温和な表情をしているネフィスも顔が引き締まっており、少し後ずさりしそうになるほどの迫力を感じた。
「今回の選挙なんだが、アシェルに若手をまとめてくれないか」
用件は、予想通りのものであった。
「もちろんです。テレス協会長の思いを引き継ぎましょう」
俺が即答すると、ネフィスの表情が少しだけ緩んだのが分かった。
「選挙は良い機会だ。このタイミングで代弁者協会を浄化したい」
ネフィスは親プリビレッジ派の代弁者を苦々しく感じており、選挙をきっかけに代弁者の本分を取り戻すことを大義名分として心に誓っていた。
その決意を聞くと、身が引き締まる思いであった。
それからネフィスとの間で票読みについて意見を交わした。
伝統派の重鎮理事トルキシアとアコーダは不満を持っている様子だが、ネフィスは最終的にテレスが話をつけてくれると考えているようだ。
そこで、焦点は、理事を除く代弁者43名の票の行方ということになる。
本部外の地方票である15票は劣勢となっている可能性があるが、本部ではやや優勢と認識している。
「中堅は私がなんとか支持を取り付ける。
だから、10年目以下の代弁者6名の票が固められたら勝ちが見えてくる」
「おそらく大丈夫だと思いますよ。
少なくとも周りの若手には親プリビレッジ側に与しそうな者はいないと思います」
若手の代弁者の票が大事になってくるという話のようだが、それならば自信をもって勝利を掴めそうだ。
だが、その後1週間もすると、ネフィスの目論見が崩れていることに気づく。
代弁者協会内では、たくさんの噂が駆け巡っていた。
その多くは、本部所属の中堅代弁者が予想以上に親プリビレッジ派に切り崩されているという噂だった。
噂を耳にすればするほど本当に大丈夫なのか不安が増していく。
だが、2年目の俺のやるべきことは一つだ。
ネフィスに依頼された通り、若手の票を固める。
これに全神経を注ぐ。
だが、当然であるが、若手にも親プリビレッジ派からの強烈なプッシュが入っている。
「昨日も中堅から執拗に誘われたよ」
同期のパリシオンと話していると、やはり親プリビレッジ派の勧誘がかなり執拗のようだ。
パリシオンの話では、表向きの勧誘文句は、プリビレッジとのコネを作れば話がまとまりやすくなり、平民の利益に適うというものだ。
加えて、プリビレッジを上手く利用すれば自分たちの家族を含め、恩恵に預かることができるということもほのめかされていると聞く。
「さすがに露骨すぎるな。癒着するなんてありえないね」
背に腹は代えられないということなのだろうか。
露骨に利益誘導までしてくるとは思わなかった。
親プリビレッジ派の不正な癒着を明らかにする証拠があれば、糾弾も可能だろう。
だが、癒着は噂の範疇を超えず、尻尾は簡単にはつかめなさそうだ。
「中堅はかなり親プリビレッジ派に流れているそうだよ。
どうやらネフィスさんの指名に不満がある人がいるそうだよ」
「それは困ったな」
パリシオンも中堅の票が芳しくないことを示唆する。
その一つの要因は、最年少のネフィスが抜擢されたことで、理事のトルキシアとアコーダの下についていた者たちが納得できていない点があげられる。
ある日の昼時、若手のメンバーが集まる休憩場所に先輩代弁者のイザベル、ジムトリィと後輩のムラーキの3人が集まっていたため、単刀直入に話をすることにした。
「みんなにお願いがあります。
次の協会長選挙ですが、ネフィスさんに票をいれてください」
俺はストレートに頼み、深々としたお辞儀をした。
だが、3人は俺のそんな態度に少し呆れた顔をする。
「アシェル、何のつもり?私はネフィスさんの弟子みたいなものよ」
「そうっすよ。お願いされなくても親プリビレッジの話はもう聞かないっす。」
「ああ、俺はプリビレッジ派が大嫌いだ」
三様の発言であった。
だが、俺が改めて懇願しなくても、この3人ならば大丈夫そうだった。
もちろん、ここにいない同期で盟友のパリシオンについては全く心配もない。
そうすると、ネフィスとの約束どおり、若手は固められたと言っても良いのではないか。
ただ1人を除いては。
「トーレスはだめだぜ。完全に取り込まれちまってる」
ジムトリィから告げられたのは、若手の中で唯一先輩のトーレスだけが親プリビレッジ派を支持する可能性が高いという事実だった。
正直なところ、トーレスがそうした行動に出ても、俺の中で驚きはなかった。
いや、本当のところ、内心彼のことを疑っている自分がいた。
遡ること、1年前のことだ。
俺はマーガレットの母マーリアスに交際を告げるために挨拶に行った。
その後すぐに、マーリアスはズレッタ氏の差し金とみられる嫌がらせを受けてしまい、家業のパン屋を休業せざるを得なくなった。
だが、これには腑に落ちなかった。
俺とマーガレットの交際がそうした事態をもたらしたとすれば、なぜそのタイミングなのか。
交際自体はもう2年以上続いている。
マーガレットの家の事情を知っているため、王国中枢養成学院での仲間以外に話したことはなかった。
だが、このタイミングで事実が漏れた可能性がある。
考えられるのは、マーリアスと会うという話をきっかけに、若手代弁者に話してしまったことだ。
そうすると、イザベル、ジムトリィ、トーレスの3人の誰かが漏らした可能性がある。
だが、強面ながら実直なジムトリィと、裏表のないイザベルはどうしてもその犯人とは思えなかった。
疑いたくはないが、心のなかでトーレスに疑いの目を向けてしまっていたのだ。
それに、父トシェルの労使問題や、他にもここだけでしか話していない情報がプリビレッジに漏れていた可能性を感じていた。
それでも今日までトレースのことを信じたい自分がいた。
だが、トーレスがもはや親プリビレッジ派であることを隠さなくなったのであれば、この機会にはっきりさせておく必要がありそうだ。
この日、俺は仕事を終えると、代弁者協会を後にするトーレスの姿を見つけ、トーレスの後を追った。
終
魔法世界メモ71
トーレス 19歳 代弁者4年目
銀色の髪でメガネをかけた細めで真面目な青年の外見であり、誰に対しても丁寧語で話すのが特徴。
平民の中でも成功していた商人の家に生まれるが、なぜ代弁者を選んだのかは不明。




