第70話 後継指名
70話 後継指名
代弁者協会に王の面前裁判が開催される旨正式に伝わったのは、請求から2週間ほど経った日のことであった。
「アシェル、聞いた!?」
同期のパリシオンが慌てた様子でノックもせずに俺の執務室に入ってくる。
「ついに王の面前裁判が始まるんだって!」
朗報というものはあまりにも突然だ。
正直、王城、いや、プリビレッジのロジックには半信半疑であったため、素直にこの結果は嬉しかった。
これで息子を失ったフーシーの無念を晴らせる可能性が高まった。
噂の範囲ではあるが、今回の王の面前裁判にあたっては、やはりプリビレッジの派閥間で一悶着あったようだ。
特に、自派閥のプリビレッジが裁かれるハーモス派閥は抵抗していた。
そんな中、王城の2派閥であるシュタインファルト派、トリキトス派は、高まる平民の不満をそらす必要から今回はやむを得ないということで立ち回り、最終的にズレッタ派とハーモス派を承諾させたそうだ。
もちろん、王の面前裁判が開かれると言っても、結果は見えない。
有罪になるにしても、どの程度の処罰になるのか。
量刑が恣意的でなく、公正な結果になる必要がある。
それが刑事システムの大前提だ。
だが、公証場のシステムを見ても、制度は抜け穴ばかりだ。
最後まで不安は拭えない。
「王の面前裁判は僕たちも傍聴できるのかな?」
「うーん。どうかな?」
そのとき、パリシオンから思わぬ発言があった。
確かに、パリシオンの言う通り、裁判が一般に公開されることは公平性を担保するために有効な手段だ。
いつかは王の面前裁判も公開とする。
これが案外、王国で蔓延るプリビレッジの横暴の是正につながるかもしれない。
ふとそう思った。
それからの数日は、王の面前裁判の結果が気になる日々であった。
だが、情報はなかなか表に出てこない。
代弁者協会内では歴史的な出来事を、誰もが気になっている様子だ。
そのためか、多くの代弁者は仕事に集中できない様子。
もちろん、それは自分も同じだ。
「あー、今日は仕事無理っす」
「ムラーキ、ちゃんとやらないと」
後輩のムラーキに至ってはそれを言い訳にして、仕事をサボっている。
だが、今日ばかりは強く注意できない自分がいた。
どうしても裁判の行方が気になってしまう。
国王近衛隊に所属する恋人のマーガレットなら裁判の状況は知っているはず。
俺はマーガレットにそれとなく探りを入れてみるが、うまくはぐらかされてしまう。
諦めずに何度も聞いたが、その度に、目を泳がせて「そんなのしらないわ」と繰り返し答えるだけであった。
守秘義務があるため仕方がないことだが、少しくらい教えてくれてもという気持ちであった。
唯一掴んだ情報として、ヌディオール・オステルの邸宅に国王近衛隊が大量に動員されて捜索していたということくらいだ。
その後も、なかなか情報がでてこないまま、1月が過ぎ去ろうとしていた。
そんな中、ついに事件の結末を知る時がやってきた。
だが、それは意外な形によるものであった。
ある日、協会長から急な呼び出しを受け、俺は協会長の部屋にいた。
「例の件、ようやく結果がでたそうじゃ」
「本当ですか!?」
わざわざ協会長が一代弁者の自分に直々に結果を伝えるために呼んだということなのか。
どちらかというと、その点に少し驚きを隠せない自分がいた。
「まぁ結果は、妥当な判断じゃったようだ」
王の面前裁判によって、ヌディオールは3人の平民を殺害に加担した罪で、流刑を言い渡され、リコーラ大陸の僻地で細々と生きていくことになったそうだ。
「そ、それが妥当な結論ですか?」
「アシェル、話を最後まで聞きなはれ」
その後、判明したことは、ヌディオールのところにいた3人の奴隷は、長年虐待を受け、徐々に衰弱して死に至った。
ヌディオールが殺害を図ったというわけでないが、長い期間暴力を加え、もって死亡に至らせたのであり、殺人に加担したという評価がなされたとのことであった。
だが、『加担』というのはどういうことか?
これには意外な事情が隠れていた。
実は、虐待はヌディオール一人で行っていたものでなく、息子のヌジット・オステルの暴行に加担する形であり、むしろ、ヌジットのほうが主犯だったそうだ。
ヌディオールは父でありながら、魔力に長けた息子に逆らうことができず、自身も息子に暴力を振るわれており、やむを得ず、息子の暴力に加担した実態があったらしい。
そのため、主犯であるヌジットが王城の地下牢で終身刑を言い渡される形となったのだった。
そして、王の面前裁判が想定よりも長引いていた背景はこのような事情があったためである。
こうして、事件の真相は白日のもとに晒されることになった。
遺族であるフーシーには、王の面前裁判が開かれることまでは伝えておいたが、改めて良い報告ができるだろう。
「アシェルや、今回の件は本当にご苦労じゃった。
お主が戦ったおかげで闇に葬られることなく、正義を貫くことができた」
「いえ、協会長の決断のおかげですよ」
こう話す協会長テレスの顔はとても穏やかで満足そうだった。
「わしもこれで堂々と引退ができる」
テレスは最後に大きな仕事ができて、区切りがついたことを純粋に喜んでいる。
代弁者協会の歴史でも類を見ない成功例であることは疑いない。
「ところで、お主にも話しておきたいことがあるのじゃ」
余韻に浸っていると、急にテレスが話題を変えてきた。
「まだ誰にも話しいないのじゃが、次期協会長にはネフィスを指名するつもりじゃ」
「ネフィスさんですか!?」
俺はテレスの言葉に驚き、思わず声を上げてしまった。
この後継指名はとても意外だ。
というのも、代弁者協会内では、伝統派のテレスの次に古参であるトルキシアと、親プリビレッジ派のポリエスの一騎打ちになることが予想されていた。
それにもかかわらず、あえて理事の中でも最年少のネフィスを後継候補として指名するとは誰も予期しない。
「王国は過渡期じゃ。お主ならこの意味がわかるじゃろ」
テレスの言葉には重みがあった。
王国300年の歴史で、平民の人口が徐々に増加し、数では圧倒的になった。
そのため、近頃はプリビレッジ至上主義に対する平民の不満は強くなってきている。
だが、それでも代弁者協会内で親プリビレッジ派の勢力が伸びてきている今、伝統派内に波乱をもたらす指名が果たして妥当なのだろうか。
「これからは若くて有能なリーダーが必要じゃ。
あやつは柔軟な思考と決断力に長けておる。何より正しい倫理観をもっておる」
今回の件もそうだが、代弁者協会は、平民の不満を吸収し、王国があるべき姿を目指すためには、これから積極的に平民の利益を追求していかなければならないと思う。
その観点では、保守思考のベテランの代弁者がリーダーのままでは改革にスピード感が追いついてこないのも事実だ。
その意味では、確かにネフィスのような若くて優秀な人材がリーダーとして適任といえる。
「なるほど。意図は良くわかりました」
「分かってくれたか。ほっほっほ」
だが、それでも伝統派をネフィス1本でまとめられるのか。
テレスの力でどこまでベテラン勢を説得できるのかが鍵となるだろう。
それでもなお、親プリビレッジ派の切り崩しが激しくなっている現状では、波乱がでてくることは避けようもない。
「この選挙、今までで最も大変そうですね・・・」
「だから、お主に先に知らせたのじゃよ。
お主がネフィスの力になることを期待する」
テレスは俺の肩にそっと手を置く。
「わかりました。僕なりに、全力でネフィスさんを応援していきます」
こうして、思わぬ形で大役を任されることになった。
これから、代弁者協会内で激しい戦いが幕を開けることになる。
終
魔法世界メモ70
代弁者協会長の選任方法は?
協会長は、代弁者全員集会で挙手での投票で決することになる。
歴史的に、前協会長が後継指名した人物がそのまま協会長に就任するため、出来レースな感があった。
だが、今回は親プリビレッジ派が急速に勢力を拡大している実情があり、これまでの伝統は覆される可能性がある。




