第69話 四対三
王の面前裁判、それは形式上、国王自らがプリビレッジを裁く手続き。
プリビレッジは、第1種王令による魔力拘束を受けないため、暴力行為等を処罰することで秩序を保つ必要がある。
その処罰の役割を持つのがこの王の面前裁判である。
だが、プリビレッジは4つの派閥に分かれ、魔法という武力の存在から相互不可侵となっている。
そのため、たとえ、1プリビレッジの犯罪行為があっても、王の面前裁判に辿り着く前に派閥間の事前調整が必要となり、裁判にはプリビレッジの利害や力学が大きく影響する。
つまり、王の面前裁判が開かれる場合は、基本的に話が付いて有罪前提であり、そうでない場合は事実上放免されることになる。
「これより、緊急の理事会を始める」
代弁者協会では最高意思決定機関である理事会が招集されていた。
協会長のテレスはネフィスからの報告を受け、本件を理事会で審議することにした。
王の面前裁判は、警察権をもつ国王近衛隊又は王国騎士団の捜査が端緒になり、宰相の最終決定を経て、開かれるのが通常である。
だが、例外として、代弁者協会から王城に対し、王の面前裁判を開催するように請求することが制度上担保されている。
もちろん、代弁者協会の請求があれば開催されるのではなく、あくまでも宰相の最終決定が必要となる。
代弁者協会から請求がなされ、王の面前裁判が開催された事例は王国300年の歴史上過去に2度あった。
代弁者協会が特定のプリビレッジの処罰を求めることは極めて異例なことである。
それでも協会長のテレスが理事会を招集したのはこのままではいけないという危機感の現れだった。
理事会では活発な議論が行われていた。
「ヌディオール・オステル氏の行動はかなり疑わしいのではないか」
「疑わしいが、奴隷の虐待があったなどの話は出とらんだろ」
「直接証拠がないが3人も不審死というのは不自然だ」
理事会では、ヌディオールの犯人性が議論の対象となっていた。
だが、事が事だけに、議論は方向性がつかず、すぐに膠着状態となっていた。
そんな状況を打開すべく、最年少理事のネフィスが熱弁する。
「現状、残念ながら王の面前裁判は機能していません。ですが、平民が3人も殺害された疑いが極めて大きいのであれば積極的にこの制度が活用されるべきです」
まさに正論であった。
プリビレッジであっても違法行為には法を適用する。
これは横暴に苦しんできた平民にとって総意でもある。
だが、いくら正当な請求であっても、プリビレッジからの報復は怖い。
代弁者協会はその恐怖とのせめぎ合いで、散々見て見ぬふりをしてきた過去があった。
そして、今回も、3人の理事が強く異を唱えていた。
いわゆる親プリビレッジ派とされる理事たちである。
重鎮のポリエスはネフィスの発言を受け、満を持したように、席を立ち上がり糾弾し始める。
「直接証拠も出ていないのに面前裁判を請求するなど無礼千万。
代弁者協会、ひいては一般の平民に報復がくる。職責を履き違えるな」
非常に強い口調で叱責する。
ポリエスの側近理事のレトロス、同じく理事のバッハもこれに呼応し、「そうだ。そうだ。」と合いの手をいれる。
しかし、ここで黙って聞いていた協会長のテレスがポリエスを睨みつけ、重い口を開く。
「ポリエスや、平民が3人も殺されている可能性は十分にある。
お主は事の重大性が分かっとらんようじゃの」
テレスの言葉に、ポリエスは一瞬口を閉じたが、すぐさま言い返す。
「平民全体のことを考えるのが代弁者の役割じゃないのか」
「全体の利益を考えるならば、なおさらプリビレッジの暴走を抑えることじゃろ」
テレスとポリエスとの間で小競り合いが続く。
そんな中、伝統派の有力理事のトルキシアがここに割って入る。
「もう議論を尽くしたのじゃないか。
だったら、とっとと決をとるべきじゃ」
議論は膠着状態が続き、もはや埒が明かない状況であった。
だが、当然ながら多数決では不利となるポリエスらはこれに不満げな表情だ。
「では、王の面前裁判を求めることに賛成の者は挙手をせぃ」
協会長のテレスはそんなポリエスらを無視し、こう呼びかけると、7人の理事のうち4人が静かに挙手をした。
「審議は決した。代弁者協会は王の面前裁判を求めることとする。
これにて理事会を終了とする」
ポリエスらはこの結果に苦々しい表情であったが、適正な手続きの下決まったものであるため、これ以上抵抗することはなかった。
「……ならば選挙で終わらせるまでだ」
ポリエスは静かにこうつぶやいた。
こうして、代弁者協会は王の面前裁判を請求する準備に入り、その日のうちに、王城に代弁者協会長名義で面前裁判の請求書が届けられた。
そんな代弁者協会からの異例の請求は、王城内でも驚きを持って受け止められた。
話は王城第二王子公邸に移る。
「殿下、聞かれていますか?」
「面前裁判の件だね。ついに代弁者協会が動いてきたね」
エドワード・トリキトスの問いに対し、ニコル・アーステルドが冷静な口調で答える。
「そんな悠長なことを。これは大変なことになりますぞ」
「そうだね。きっとアシェルも絡んでいるんじゃないかな?」
エドワードが慌てた様子にもニコルは動じておらず、むしろ楽しんでいた。
「確か、ヌディオール・オステルというプリビレッジはハーモス派閥だったね。
名前も聞いたことないし、派閥でも重要な人物ではないんじゃないかな?」
「それはそうですが、長のハーモス卿がどういう対応に出てくるか。
平民に追い込まれるのをそう簡単に容認できますからね?」
二人の認識もそう簡単にはいかないというものだった。
だが、最近はプリビレッジの歯止めの止まらない横暴に、平民の不満が高まっていることを王城も重く受け止めていた。
「王国は平民の人口が圧倒的に多いからね。たまに不満をそらす必要があるからね」
「はい。我がトリキトス派は賛同すると思いますし、シュタインファルト派もそういう認識はもっているのではないかと思います」
そして、ニコルは何か企んだように目を細め、エドワードを見る。
「代弁者協会、平民の動きは今後僕たちにとって大事になってくる。
今回の件は良いタイミングじゃないかな」
「そうですね。我々は王位継承戦においてやや劣勢ですし」
代弁者協会からの異例の請求は、プリビレッジ間の不可侵の問題、平民とプリビレッジの立ち位置の問題にとどまらず、王城内の権力闘争にも影響をもたらす事件であり、ニコルはこれに内心好意的であったのだった。
終
魔法世界メモ69
理事会の手続きとは?
理事会の招集権者は協会長であり、議長も務める。
だが、3人以上の理事の連名で招集を請求すると、理事会は開催される。
そんな理事会での決定は代弁者協会内のいかなる意思決定よりも重いものである。




