第72話 失策
72話 失策
俺は、足早に代弁者協会を後にしようとしていたトーレスをつかまえた。
「トーレスさん……どうして、そっちに行ったんですか」
トーレスは俺からの突然の言葉に、首を傾げて目をそらす。
何が言いたいかを察知したようで、バツが悪そうな表情だ。
「トーレスさんに何があったというのですか」
「アシェルには関係ないことだ。僕は自分の信念に基づいて動いている!」
さらに追及すると、いつも丁寧語で話すトーレスの口調がこのときばかりは変わった。
敵意を感じるほどの変化だった。
「マーガレットの件、あなたはプリビレッジに情報を売りましたね?」
「…仕方ないじゃないか。こっちにも事情があるんだよ」
トーレスは居直るように言葉をはいた。
「プリビレッジに情報を渡して、何の見返りがあるというんですか!」
「お前がそんなことを知らなくてもいい!
王国で平民が賢く生きるには最善の手段なんだよ!」
そして、トーレスはこう言うと、俺から逃げるように走り去った。
俺はただただ、そんなトレースの後ろ姿をただ呆然と眺めるしかできなかった。
トーレスに対し、腹ただしい気持ちは強く持っているが、それ以上にトーレスを間違った道に導いた者が許せない。
その人物が誰なのか見当ついている。
それは協会長戦に立候補しているポリエスの側近で理事のレトロスだ。
トーレスと二人で不自然に話し込む姿を何度も目撃した。
親プリビレッジの後ろ盾がなければトーレスはそんなだいそれた事もできないはずだ。
このとき、無性に腹が立ってしまい、怒りに身を任せて行動に出てしまう。
俺は気がつくと、そのレトロスの部屋に押しかけていた。
「レトロスさん、少しいいでしょうか」
「どうしたんだ?そんな怖い顔して」
俺の突然の訪問に、レトロスは少し困惑気味だった。
「トーレスさんが内部情報をプリビレッジに漏らしたことを認めました。
全部あなたの指示でしょう?」
レトロスはこの言葉を聞いて一瞬固まったが、すぐにやれやれと呆れた目で見る。
そばに置いてあったお茶を一口。
「そんな不届きな者がおるのか。それが事実だとすれば大変遺憾だ」
あくまでも他人行儀だ。
「あなたがトレースさんに指示したのでしょう?」
「ばかいえ、そんなことはしらん。
それとも、何か証拠でもあるのか。トーレスがそう言ったのか?」
この時点で、自分が何も考えずに暴走してしまったことを深く後悔していた。
「…いえ」
敵もやり手だ。
証拠もなく、事実だけを突きつけても何も出てくるはずがない。
それに先走ってしまったことで、今後トーレスとうまく口裏合わせをしてくるだろう。
最善の手段は、トーレスを自戒させ、プリビレッジとの癒着の全容を自白させて、親プリビレッジ派の不正を明らかにすることだった。
それが協会長選挙でも有効な一打になった可能性がある。
「失礼します⋯」
完全に失態だ。
大人しく引き下がるしかなかった。
レトロスと会話をして、1週間が経過した。
このとき、投票までは既に2週間を切っていた。
投票が近いということもあり、代弁者の中でもどちらの候補者に投票するか態度を明らかにする者もでてきていた。
明らかに、ポリエスに対する支持の声が数の上で大きく感じる。
この日、選挙対策のため、候補者のネフィスとその側近の中堅代弁者ジュリスト、それに先輩のイザベルと俺の4人で対策会議が行われていた。
「支部はかなりの数が親プリビレッジ派にもっていかれているようだ」
「本部の中堅も予想以上に流れそうです。」
ジュリスト、イザベルがそれぞれ現状を報告する。
ネフィスは黙ってそれを聞いていた。
この段階でネフィス陣営が劣勢であることが見えてきていた。
「このままではまずいな。何か手を打たなければならない」
ジュリストが顎を抱え、神妙につぶやいた。
確かに、打開策を考えなければならない。
親プリビレッジの勢いにのまれないためにも。
「中堅の代弁者に一人ずつ面談をしようと思う」
ネフィスはこの状況に、残り時間、積極的に動いていくと言う。
自身の政策を個別に訴えていくのは定石だろう。
だが、それでも足りるのか不安が拭えない。
このとき、ネフィスらに対し、トーレスとの一件について報告をした。
そのうえで、自らこう志願した。
「親プリビレッジ派の癒着の証拠を探してみます」
自分が選挙戦でやれることは少ない。
中堅代弁者には顔がきかないためである。
それならば別の角度からやれることを探していきたい。
「そうか、無理のない範囲で頼む」
ネフィスからも了承を得られたため、できる限りの貢献をしていきたい。
選挙は大詰めにさしかかっているが、代弁者の職責は果たさなければならない。
平民からの相談が後を絶たないためだ。
だが、それは何も俺だけの話でない。
親プリビレッジ派の代弁者にとっても同じことだ。
「トーレスです。どのような相談でしょうか」
忙しい最中、トーレスも日課である割り振られた相談業務にあたっていた。
「実は、商売で取引をしたプリビレッジに暴力を受けたうえに、お金を脅し取られました」
代弁者協会を訪れたのはリウスという若い男であり、割とよくある相談である。
「それはお気の毒に。どこのプリビレッジですか」
「トリキトス家の息子と名乗っていました。ずいぶん偉そうな態度でした」
トーレスは話を聞いてみると、相談内容に困惑した。
それは相手がよりによって4大プリビレッジの一つであり、有力者の子息であったためだ。
「相手がちょっと悪すぎますね。上に確認のうえ連絡します」
「そうですか⋯。なんとかお願いします」
トーレスは、自分では対処が難しいと理解し、ポリエスらの判断を仰ぐことにした。
リウスを帰すと、早速、今回の相談をポリエスとレトロスに報告する。
「ポリエスさん、いかがしますか」
「相手はトリキトスの直系か。これはいい機会じゃな」
ポリエスとレトロスは、トーレスから話を聞くと、思わぬチャンスが舞い込んだかのように盛り上がる。
というのも、ポリエスらが懇意にしているのは、商業系プリビレッジのズレッタ派とハーモス派であり、王城系の2派閥にはパイプを作れていなかった。
最近では、特にズレッタ派の長、サリュード・ズレッタから厳しい要求を突きつけられることも多く、親プリビレッジ派としても特定のプリビレッジ派閥に依存しすぎることに問題を感じていたのだ。
そのため、この機会に顔を広げる好機であると捉えた。
「もはや選挙もわしの勝利が見えてきたのぉ。
高みに登るためには絶好の機会を逃したらいかん」
「ですな。逃してならないと存じます」
ポリエスとレトロスは、そのように共通認識を持ち、トリキトスの懐に入る算段をつけることにした。
そんな二人の密談を聞いていたトーレスは、不安そうな表情でただ眺めていた。
終
魔法世界メモ72
代弁者協会に持ち込まれるプリビレッジ案件は?
平民と関わりをもつ機会の多い、商業系所属のプリビレッジとの揉め事が7割程度を占める。
王城系のシュタインファルト派、トリキトス派の所属プリビレッジの相談はそれに比べると割合は少ない。




