第67話 奴隷落ち
代弁者協会内では、既に協会長選挙の噂でもちきりとなっていた。
中には業務そっちのけで選挙活動に動いている者もおり、明らかに雰囲気は乱れていた。
そんな折、代弁者協会に重大と思える相談が飛び込んでくる。
俺がこの日、いつものように相談業務として部屋に入ると、50歳過ぎくらいのやつれきった女が待っていた。
「今日はどうされましたか」
「息子が借金こしらえて奴隷落ちしたのですが、約束の期限を過ぎても戻ってきません」
女の名はフーシーといい、息子のデイールが5年前、ヌディオール・オステルというプリビレッジに借金の帳消しの代わりに5年間の奴隷落ちとなった。
そして、その約束の5年が経過したが、待てどと帰ってこなかったので、ヌディオールの家に何度か訪問するも、「デイールなど知らん」の一点張りだった。
フーシーは困り果てて、藁にもすがる思いで代弁者協会にやってきたという。
王令でも平民の奴隷落ちが容認されている。
というのも、平民は第1種王令の魔法拘束で、暴力行為などが物理的に行えない。
そのため、平民に粗暴犯は基本的に存在しない。
平民に対する刑罰は事実上存在せず、例えば、他人を欺いたり、迷惑をかける行為はすべて公証場や代弁者協会を通じて、金銭的制裁で解決する。
そして、貸金なども含めて、金銭を支払えなければ奴隷落ちという形で代償を支払う。
なお、平民間のトラブルが発生し、金銭を支払えない場合には、プリビレッジがその金銭を立て替える代わりに、プリビレッジの元で奴隷落ちとなる。
つまり、プリビレッジのための強制的な労働力の確保という政策的な側面もあるのだ。
王令では、魔術契約で定めた期間を遵守すること、奴隷となった者の最低限の生活保障をすることなどの最低限のルールが定められている。
デイールの場合もきちんと魔術契約が締結されており、約定期限は守られる必要がある。
それでも、約定の期限を過ぎても本人が戻ってこない事実は、重大な問題が生じている疑いを拭えない。
そう考えると、まずはヌディオールというプリビレッジの周辺を慎重に探る必要がありそうだ。
「それではそのプリビレッジの身辺を探ってみますね」
この日は、フーシからの事実関係の確認を終えると、そのまま帰すことにした。
俺は早速、理事のネフィスにこの件を報告し、代弁者協会もネフィスの指揮のもと対応するということになった。
すぐに判明したことは、ヌディオールという人物がハーモス派閥のプリビレッジであったこと、それなりの資産家ということであり、特に怪しい情報は出てこなかった。
ネフィスの指示で、同期のパリシオンとの後輩のムラーキを使いながら、ヌディオールの身辺調査を手伝ってもらうこととし、交代で内偵をすることになった。
内偵を始めて5日目。
「本人を何度か目撃したよ」
ヌディオールの邸宅の付近で張り込んでいるパリシオンの姿を見つけ、そっと声をかけると、パリシオンは小声でそう話した。
5日間の張り込みで分かったことは、ヌディオールが妻と子の3人暮らしであることくらいである。
周辺に住む平民からもこの家族の評判を聞いたが、やはり悪評はなかった。
「聞き込みをして、気になる情報が入ったんだ。
あまり関係ないかもしれないけど」
パリシオンはポツリと話す。
「どんな情報?」
「噂では、ヌディオールさんは、この10年前にも奴隷を2人引き受けていたそうだけど。
他の2人も消息が分からないっていうんだ。確証のない噂だけど」
思わぬ情報であった。
仮に事実ならば、他の2人の奴隷がどこの誰かを特定できれば糸口が見つかるかもしれない。
だが、そうは思いつつも、かなり前のことであり、消息不明になった本人や家族をこの広い王都から探し出すのも容易ではなさそうだ。
その後も内偵を続けたが、これ以上の目新しい情報は出てこなかった。
こうなると、ヌディオール本人と一度接触することにする他ないか。
内偵を開始してから8日目、俺は動くことにした。
あまり外出しないヌディオール本人が大きな邸宅から出てきたためでもある。
ヌディオールの姿を見つけると、俺は一目散に駆け寄った。
「代弁者の者ですが、ちょっとよろしいでしょうか」
「ぁぁ?」
ヌディオールは小柄で、猫背でメガネを掛けている容姿。
まるでくたびれた中年サラリーマンのようだ。
プリビレッジならではの高圧さも感じない。
ヌディオールは、見たこともない代弁者にいきなり声をかけられたにもかかわらず、動揺はしていない様子。
ただ、ものすごく小さな声で返事をし、目すら合わせようともしない。
「あの、デイールさんの件で話があるのですが」
「・・・」
だが、俺がデイールという名を告げると、声は出なかったが、ヌディオールは一瞬目を見開いた。
「彼を探しているんですよ。あなたなら居場所を知っているでしょう?」
「知らん。ここにはいない」
明らかに俺のことを煙たがっている。
「ここにいない?奴隷の期限満了で解放していれば、彼は家に戻って来るはずです。
でも戻ってきてませんよ?」
「知らん!ここから出ていったはずだ」
俺からのストレートな追及に対して、ヌディオールはかすれ声であったがこれを強く否定した。
ただ、少し震えて挙動がおかしい。
「じゃあ、国王近衛隊に行方不明者として捜索願を出してもよいですか。
おそらくここにも国王近衛隊が探しに来ますよ?」
だが、俺が王国近衛隊の話をした途端、ヌディオールが思わぬ言葉を告げる。
「いや、違う。死んだんだよ。あいつは病気だったんだ」
ここで供述が大きく変遷する。
「そ、それは本当ですか。デイールさんはいつどのような病気で亡くなったのですか」
「…肉親でもないお前に答える義務はない。帰れ!」
先程まで、聞き取るのにも苦労したヌディオールの声はこのときは一際大きくなっていた。
ヌディオールは俺を振り切ると、これ以上答えず、足早に邸宅に逃げるように戻っていった。
この段階でデイールの身に良からぬことが起こったことを確信する。
だが、現状ではその証拠もないため、強制捜査に持ち込むのも難しい。
先ほどは国王近衛隊の話を持ち出したが、プリビレッジ間には不可侵の約定が存在する。
そのため、現状では国王近衛隊もヌディオールのもとを捜索するようなことは考えにくい。
何か手を打たなければ事態は変わらない。
一か八か公証場に仲裁を申立し、ヌディオールを公の場所に引っ張り出して、本人から証言を獲得するくらいしかない。
だが、この状況で、一体どのような内容で仲裁を申し立てることができるのか。
公証場も理由がない申立は門前払いだ。
難しい問題である。
いずれにせよ、一度はフーシーに事実を伝えなければならない。
肉親が行動を起こさない限り、どうもすることもできないためだ。
その翌日、俺は重い足取りでフーシーの自宅を訪れていた。
「代弁者さん、デイールの行方は分かりましたでしょうか」
「ヌディオールさんに接触してきましたが、最終的には分かっていません。
ですが・・・」
そう語る俺の表情を見て何かを察したのか、フーシーが不安そうな様子だ。
だが、ありのままの言葉を彼女に伝えないわけにはいかない。
「ヌディオールさんが話すには、デイールさんは既に病気で亡くなったそうです」
「そ、そんな・・・」
フーシーは俺の言葉に崩れ落ち、号泣する。
人目をはばからず、まるで子供が泣き叫ぶような姿だった。
無理もない。
最も信じたくない事実を突きつけられたのだから。
どれほどの時間が経ったのか分からない。
俺はひたすら彼女が落ち着くのを待つ他なく、ただ呆然と突っ立っていた。
それでも時間が経つと、フーシーは落ち着きを取り戻してきた。
「代弁者さん・・・教えてください。
デイールは殺されたのでしょうか?」
「それは分かりません。ただ、ヌディオールさんが何らかの形で影響を与えている可能性はあると感じました。少なくともデイールさんは無念の思いだったに違いありません」
「わ、私は息子の無念を晴らすことはできますか?」
先ほどまでの絶望的な様子とは異なり、フーシーの気持ちは既に違う方向に移っていた。
何かに気持ちをぶつけなければやっていられないのだろう。
そこで、俺はフーシーに対し、現状について率直に説明した。
このまま何もしなければ、デイールの死の真相は分からないままであり、仮に真相が殺害されたものであっても、罰も与えることができないこと。
「私にできることはありませんか?」
「一か八かになりますが、遺骨を返還せよという仲裁を申し立て、ヌディオールさんを公の場に引きずり出して証言させます」
これは十分に練った戦略ではない。
今ここで思いついた博打としか言いようがない提案だ。
「息子のためにやります」
だが、フーシーはそんな一か八かの方法で、ヌディオールと対峙する意思を固める。
そんなフーシーの思いになんとか応えなければならないと感じた。
終
魔法世界メモ67
公証場での申立要件とは?
公証場は司法機関であるため、ただ揉めているだけでは申立を受理しない。
財産的な請求とその明確な理由が必要である。
全く理由がないと判断されると却下され、審理をしてもらえないのだ。




