第66話 切り崩し
代弁者としての経験を重ね、後輩もできた。
王国内に蔓延る不条理や軋轢はまだまだ多いが、ひとまず自分のやれる範囲では成果を感じることができるようになった。
それに、戦う姿を示すことで仲間たちの意識に変化をもたらし、徐々にではあるが代弁者協会内でも空気が変わってきている。
だが、そんな手応えとは裏腹に、不穏な動きが起きていることをこのときまだ知る由もなかった。
話は、4大プリビレッジの一つズレッタ卿の邸宅に移る。
「最近、代弁者のぶんざいで、ずいぶんうるさいのがいるようやのぉ」
こう話すのは、剛毛のヒゲを蓄え、髪の毛は少し寂しいズレッタ家の長、サリュード・ズレッタ本人だ。
「申し訳ございません。若手の代弁者が暴走しており、ご迷惑をおかけしています」
詫びの意思を示すのはベテラン代弁者のポリエスである。
ポリエスは代弁者協会において、次期協会長候補の一人にあげられる人物だ。
この日、サリュードがポリエスを呼びつけていた。
「お前が早く代弁者協会を牛耳るようにしろ。いつまでも待たんぞ」
「は、はい。現協会長の老いぼれも時期に引退するでしょう。
私が次期協会長に就くことができるよう、ご支援のほどよろしくお願いします」
サリュードは商業系プリビレッジとして王国の経済を牛耳る立場にあるが、ライバルでもある商業系プリビレッジのハーモス派閥を出し抜くため、代弁者協会を意のままにすることを図ろうとしていた。
だが、そんな思惑とは逆行するように、近頃、一部の代弁者の活動が邪魔になることがあり、前から手なづけてきたポリエスに圧力をかけていた。
「で、見通しは立っているのか?」
「はい。代弁者協会内でも親プリビレッジ派の頭数が増えてきております」
代弁者協会内では、現況会長が引き継いだ、代弁者の存在意義に即し、平民の利益を守ることを重視する伝統派と、現実路線でプリビレッジとの融和を目指す親プリビレッジ派で意見が度々対立する。
そして、近年では、頭数の少なかった親プリビレッジ派の代弁者も増えてきており、両者の力関係も拮抗しつつあった。
サリュードはポリエスの言葉を聞くと、目をつぶったまま静かに頷いた。
そんな二人の密談に立ち会っていたサリュードの息子ジオリ・ズレッタが会話に入ってくる。
「それより、マーガレットの件はどうするんだ。
あの女、親父の言いつけを無視して、男とよろしくやってるらしいぞ」
ジオリはマーガレットの一つ年上の兄であり、王国中枢養成学院では1年間、マーガレットのことを監視していた。
マーガレットと年が近いこともあり、平民の血が入った妹を毛嫌いしており、眼光鋭くこう述べた。
「その男というのは報告のあった代弁者か」
「ああ、そうだ。マーリアスの店もおそらくその男が手助けしてるに決まっている」
以前、娘のマーガレットが進路の選択、婚姻相手の指名という言いつけを守らない態度に出たため、腹いせに母のマーリアスのパン屋の営業を止めるべく、手を回していた。
だが、どこから調達したのか、マーリアスは原料の小麦を入手し、営業を再開していた。
「名前はなんといったかのぉ」
サリュードは少し考えを巡らせて、ポリエスにこう投げかけた。
「はい。アシェルという男です。
平民でありながらプリビレッジに楯突いているのもこの男であります。」
「そやつは徹底的に潰さないといかんのぉ。そやつの弱みを探せ」
「御意」
ポリエスは神妙な面持ちで答えたのであった。
こうして、サリュード・ズレッタとの密談を終える。
ポリエスは、その足で代弁者協会に戻ると、少し焦りを感じていた。
コンコン。
ドアがノックがなされると、ポリエスの執務室にある者が入ってきた。
「ポリエスさん、急ぎまいりました」
「レトロス、来たか。ズレッタ卿と先ほど会ってきた」
レトロスは代弁者協会の理事の一人であり、5つ年上のポリエスを支えてきた側近である。
もちろん、レトロスは親プリビレッジ派の中心人物でもある。
「ズレッタ派閥とのコネを保つためにも御大を失望させてはならない。
早く手を打たにゃいけん」
二人はサリュードと話した内容を確認し、深刻な様子で密談を始める。
「来たる協会長選挙、絶対に失敗は許されない」
「テレスのジジイも噂通り体調が優れないようです。
やはり協会長選挙は近々行われる可能性が高いようです」
現会長のテレスは御年70歳であり、近頃は体調が優れない様子。
そのため、伝統派と親プリビレッジ派の間で、後継を巡る争いが少しずつ蠢いていた。
「選挙が行われた場合、票読みをしてみせよ」
ポリエスがレトロスにそう指示すると、レトロスは見通しを説明し始める。
「流動的な部分も残りますが」
レトロスの見立てでは、伝統派は本部に所属する代弁者35名のうち、6割程度は伝統派の候補者に票を入れる可能性が高いと見る。
だが、現協会長の目の届きにくい王都外で活動する15名の代弁者のうち7、8割は親プリビレッジ派として既にかこっている。
「やはりそうか。どこまで本部の若手を切り崩せるかが鍵じゃな」
二人の中では、経験の浅い本部の代弁者が選挙の鍵になるという点で一致する。
「じゃが、予断は許されん。若手の弱みを見つけ、こちらに引き入れろ。
それに、アシェルからは目をはなすでないぞ」
「承知しました」
こうして、代弁者協会内部でも動きが活発になっていくのであった。
そんなことは露知らず、俺はと言うと、相変わらず黙々と日々の業務に励んでいた。
とある日の出来事だ。
「アシェル、ちょっといいか」
代弁者協会内の廊下を歩いていると、レトロスが急に声をかけてきた。
正直、レトロスとはこれまで接点がなく、言葉をかわすことがなかったため、これには何用かと驚いた。
「新人のムラーキはどうだ?
代弁者協会も人手が足りないから独り立ちさせてもらいたいのだが」
「そうですね、まだ時間がかかりそうですね」
「そうか。とにかく早く一人前にしてくれ」
その言葉に、妙な焦りが混じっているように感じた。
確かに、相談数が増えており、人手が足りないのも事実。
それでも、まだ未熟なムラーキには早すぎる。
このやり取りには少し違和感は残ったが、この時は取り立てて疑念をもっていなかった。
だが、それから1、2ヶ月が経ったころには、選挙に向けた親プリビレッジ派の工作が活発化していることが目に見て取れるようになってきた。
「アシェルさん、相談があるんす」
ムラーキから急に相談を持ちかけられたことがきっかけだった。
「実はレトロスさんから、従兄弟のヘルースの環境を変えてやると言われてまして。
なんだかあのプリビレッジに顔がきくとかで」
先日、ムラーキの従兄弟にあたるヘルースの職場のことで相談を受けていた。
だが、職場環境を変えるのは簡単でないため、俺が現場に赴き、使用者であるプリビレッジを牽制する程度しかなかった事案である。
ムラーキの話では、レトロスが事件相談記録をみて、ヘルースの件でムラーキが困っていることを知ったという。
そして、理事のポリエスにはそのプリビレッジとのコネがあるので、ヘルースを特別扱いするように話をまとめてやると言ったそうだ。
「それで、何か見返りを求められているの?」
「いえ、そこはわからないっす」
なんともきな臭い話だった。
「やっぱりこれには裏があると思うよ。
それにへルースさんだけが特別扱いされても何の解決にもならない」
「俺としてはおっちゃんのために、なんとかしてあげたいっす」
ムラーキはまるで目の前にふってきた餌に食いつきそうな様子だった。
「そのしわ寄せはどこにいく?他の平民労働者だよ。
へルースさんが優遇されると、仲間から白い目を向けられるんじゃないかな」
ムラーキは俺の話を真剣に聞くと、少し黙って考えていた。
「確かにそうっすね。この話断るっす」
少し間があったが、ムラーキは俺の説得に納得した様子だった。
さらに別の日のことであるが、今度は同期のパリシオンからも似たような相談があった。
パリシオンは、業務を通じてあるプリビレッジが逆恨みを買っており、嫌がらせに悩んでいた。
そんな中、レトロスがやって来て、プリビレッジの間に入り、話をつけてやると提案してきたそうだ。
パリシオンは真面目な性格がゆえに、全くそんな話には乗らなかったが、なんだか意図的な話であり、タイミングが良すぎる感じがする。
それに、先輩のイザベルも気になることを話していた。
イザベルは10年目の女性の代弁者であるが、仕事を頑張るあまり、婚期を逃していた。
そんなイザベルが中堅の代弁者から最近よく高いレストランに誘われるという。
本人はモテ期がきたのではないかと痛々しく語っていたが、なんだか裏がありそうな気がする。
そんな代弁者協会内での蠢きが目につき始めている中、信頼のおける先輩代弁者であり、理事のネフィスと話す機会があった。
もちろん、ネフィスはいわゆる伝統派の王道の代弁者である。
「最近、レトロスさんを中心に妙な動きがあるようですが」
「そうだね。協会長選挙を見据えてのことだろう」
ネフィスも既に事態を把握している様子で少しほっとした。
「親プリビレッジ派はプリビレッジとの融和路線を掲げているが、内実はプリビレッジとの癒着だと考えている」
ネフィスはこれまで多く語ろうとしなかった代弁者協会内にある派閥という存在について語り始めた。
ネフィスが言うには、近年、行き過ぎた行動が目立つようになるとともに、代弁者協会内でも親プリビレッジ派が力をつけているそうだ。
理事会でもこの問題を取り上げようとしたことがあったらしいが、癒着を示す決定的な証拠がないうえに、そもそも理事会の中の7名のうち3名が既に親プリビレッジ派として占めているため、そうもいかないらしい。
「今回の選挙。我々も負けてはならない」
ネフィスのその言葉は重く、改めて理念だけでは理想を貫けない現実を再認識させられた。
終
魔法世界メモ66
ズレッタ家とは?
長のサリュード・ズレッタには、本妻との間に、長男のザリア・ズレッタ33歳、次男のゾイン・ズレッタ26歳、三男のジオリ・ズレッタ17歳の息子たちがおり、ズレッタ派閥を支配する。
息子たちはサリュードの英才教育を受け、いずれも攻撃的な性格で平民に対するあたりも強い。
マーガレットのような妾との子供も何人かいるとされる。




