第65話 ムラーキの過去
新人代弁者のムラーキが来て1ヶ月が経過していた。
「プリビレッジの派閥のことを教えてほしいっす」
ムラーキは公証場の一件以来、態度が変わりつつある。
代弁者の仕事を前向きに覚えようとする姿勢が少しずつ出始めていた。
この日もやるべき業務はたくさん積み重なっていた。
「そろそろ相談の時間だからいくよ」
「あいっす!」
平民の相談対応のために、ムラーキを連れて今日も相談室に入る。
相談室には50歳くらいで少しくたびれた様子の男が待っていた。
「今日はどういう相談でしょうか」
「相談したいのは私の息子の件ですが・・・」
相談内容を聴取しようとしたところ、男の表情が固まる。
何か悪夢でも見ている感じだ。
そして、吐き出すように言葉を投げかける。
「ムラーキ?ムラーキなのか?」
「おっちゃん?」
なんと相談者はムラーキの知り合いだったようだ。
ムラーキの方もかなり動揺した様子だった。
「失礼ですが、どういうご関係で?」
「ムラーキは私の弟の息子、甥にあたります」
二人の挙動を見ていると、なんだか訳ありというような雰囲気だ。
「おっちゃん、ここは昔話をする場じゃない」
「ああ、そうだった」
ムラーキは身の上話をされたくないようで、話を強引に戻してくる。
男の名はヘフールで、息子のヘルースが解体業の仕事をしているが、職場のプリビレッジから嫌がらせで悩んでいるという相談だった。
「平民の労働者が一致団結して団体で交渉できればよいのですが。
本人から話を聞きかないと何とも言えないですね」
俺がこう話すと、ムラーキは思わぬことを言い出した。
「それ、俺にやらせてほしいっす」
「確かに息子もムラーキの方が話ししやすいかもしれない」
ムラーキが初めて自発的に動こうとしてることをむやみに止めるのは得策ではない。
そこで、俺はこれを容認した。
ムラーキは早速準備をしてくると告げ、部屋を出ていった。
そのため、相談室にはヘフールと二人残された。
待っている間、世間話ついでにムラーキの話を聞いてみた。
「なぜ彼は代弁者になったのでしょうか」
「ああ、そうだね」
ヘフールの話では、ムラーキの父親もプリビレッジの使用者にこき使われており、過労が原因で5年前に倒れてしまい、他界した。
ムラーキは父親が倒れる前、幼いながら衰弱していく父を助けようと、プリビレッジの使用者に強引に押しかけるなど駆け回った。
しかし、ムラーキの奮闘もむなしく、ムラーキの父が亡くなってしまう。
そのため、ムラーキは王国の現状に不条理を強く怒り、平民の代表者である代弁者になって不条理に立ち向かうと決意したとのことであった。
だが、その後、色々とあり、へフールらはムラーキと音信不通となり、今日まで代弁者になったことを知らなかったそうだ。
「ムラーキにそんな過去が・・・」
俺は思わず絶句してしまう。
だが、ムラーキにも代弁者として成し遂げたい強い思いがあることが分かった。
それでも、彼の思いは学院生活の中でくじかれてしまった。
そんなムラーキのことを思うと、なんだか力になってあげたいという気持ちが強くなった。
「準備できたっす」
ムラーキは準備を終えて、部屋に戻ってきた。
そして、ヘフールと共に代弁者協会から出かけていく。
一人での初任務。
きちんとこなしてくれたらよいのだが。
そんな心配の中、日が落ち薄暗くなった頃、ムラーキは戻ってきた。
表情を見る限り、手応えのある仕事ができている様子。
「ちゃんと話を聞き取れたかい?」
「はいっす!」
ムラーキが聴き取ってきたところでは、ヘルースの職場はオスール・イエルというプリビレッジが使用者であるが、その評判は最悪らしい。
オスールの機嫌を一度損ねると、延々と罵詈雑言を浴びせられ、時には手がでるそうだ。
多くのプリビレッジの経営する職場の実態そのものだった。
労働者である平民には職業選択に対する裁量が小さく、我慢する他ない。
それにムラーキの話では、そこで働く平民に団結する余地はあまりなく、オスールの標的にならないよう足を引っ張り合うという現状があるそうだ。
今でも忘れはしない。
俺が代弁者になって間もない頃、父トシェルの職場の問題に直面した。
だが、一糸乱れずに、平民労働者が団結することは容易でなく、使用者のプリビレッジに先手を打たれてしまった。
そのこともあり、トシェルの立場は今も悪いままだ。
「僕たちが介入するのは難しいかもしれないね」
「どうしてっすか」
プリビレッジによる明確な違法行為がない限り、王国の法体系では労働者の団体交渉くらいしか手が打てない。
だが、安易にけしかけるわけにいかない。
首謀者は後でどのような目にあうか分からないためだ。
「平民が一枚岩になれなければ、取れる手がないんだ」
俺はムラーキに諭すように、代弁者になって失敗した実体験を話した。
「プリビレッジが経営する職場はどこも似た環境だと思う。
だから、もっと本質的な解決を目指していくべきだよ」
ムラーキは俺の話に納得したのか、だまって2度頷いた。
それでもへルースの職場の様子を見るため、一度は見回りと称し、オスールと接触を図ることにした。
そして、その現場に着くと、平民の労働者が黙々と忙しそうに体を動かしていた。
聞いていたとおり、この現場では四六時中、怒鳴り声が響き渡っている。
オスールの容姿はわからないが、一目瞭然だった。
オスールはプリビレッジでありながら、高貴な身なりをしておらず、長いヒゲを生やし、職人ヅラの怖い顔をしている。
まさに想像する現場監督そのものの見た目だ。
俺は、オスールに声をかけてみる。
「すみません、お話を聞いてもよいでしょうか」
「なんだてめーら!」
オスールは問答無用とばかり、俺に威嚇的な態度を取る。
だが、それは織り込み済みだ。
「何の用だっていうだ!」
「僕は代弁者です。最近、プリビレッジの使用者の方が理由を付けて暴力を振るう事案が目立っています。こちらでも行き過ぎたご指導は控えてください」
単刀直入に、このように注意を促した。
だが、オスールは言葉を聞くと、ぱっと目を見開き、手に持っていた木剣を振りかざす。
「それですよ、それ」
俺はオスールの威圧に屈さずに、こう言い放つ。
すべてを暴力で解決しようとするこの男の態度に、内心腹が立っていた。
「お前は代弁者の前に平民だろうが。舐めた口を叩くなよ」
この言葉を聞き、俺も眼光鋭く睨み返し、体に力を込める。
だが、次の瞬間、意図せずに、体から魔力が溢れ出てしまったように感じた。
―しまった!
こんなところで、不用意に自分の魔力を発現してしまった。
さすがにこれはまずい。
「お、お前は本当に平民なのか?」
オスールは鼻がきくようで俺の魔力をすぐに感知してしまったようだ。
「ただの平民ですよ。あまり横暴なことはなさらないでくださいね」
俺は自分を落ち着かせるべく、冷静なトーンでこう言った。
オスールは、俺の魔力に驚きのあまりのためか、トーンが少し弱いものとなった。
「ああ・・・」
拍子抜けするほどの返事であった。
思わぬ形ではあったが、俺の警告はそれなりに効果があったかもしれない。
ここに来た目的は一応達成したので、この場を去ることにした。
その帰り道、ムラーキはオスールが急に大人しくなったことに理解ができなかったようで質問をしてきた。
「どうしてあのプリビレッジ、急に素直になったんっすか」
「うーん、多分目を見て話せば分かってくれるということじゃないかな?」
俺は苦笑いをしながら、ムラーキの質問にこう答えた。
平民は魔力を感じられない。
だから、力が外部的に発言しない限りは、何が起こっているのかは認識不能だ。
プリビレッジは魔力という絶対的な暴力を行使できる一方、平民にはその能力もなく、王令で行動も縛られている。
平民から反撃されることはないため、プリビレッジは横暴になる。
そして、これを平和的に是正するには「法」の実効力でしかない。
現状、機能不全となっている王令を是正していくことがこのプリビレッジの横暴を止める唯一の鍵であると今回の件で改めて実感した。
この日の夜、10年目以下の若手代弁者を集めて、ムラーキの歓迎会を行った。
参加者はイザベル、トーレス、ジムトリィ、パリシオン、そして俺とムラーキだ。
「代弁者協会にようこそ。乾杯!」
年長者である10年目のイゼベルに乾杯の音頭をとってもらい、歓迎会が始まった。
「お前、酷い雰囲気だったので、なんで急に変わった?」
ジムトリィは駆けつけ一杯ということで、定番の酒であるホワシューを飲み干すと、空気を読まず直球で質問する。
「すんませんっす。学院の時に色々あって、やる気を失ってしまったっす」
「それじゃ、しかたねーな」
ムラーキの評判は先輩たちの中でも良いものでなかった。
だが、最近の変わりように皆歓迎している様子だ。
イザベルとトーレスは興味深そうに、ムラーキの心境の変化を掘り下げたい様子。
「なんで急に変わっちゃったの?」
「なんか、代弁者ならプリビレッジの問題を変えていけそうな気がしたっす」
ムラーキの言葉はチューター冥利に尽きるため、嬉しかった。
「実は俺、酒相当強いっす。ホワシューなら何杯でもいけるっす」
「俺と勝負すっか」
なぜか意味不明にムラーキの無駄な酒豪自慢が始まり、先輩としてメンツを潰されるわけにもいかないためか、ジムトリィがこれに答える。
それから飲み会が地獄絵図となるまで、そう時間はかからなかった。
「俺、代弁者としてやるっす。絶対」
「じゃあ、飲んで言えよ」
「早く飲めー飲めー」
収拾がつかない事態に至ってしまった。
ムラーキは呂律がまわらなくなり、ジムトリィ、イザベルも相当酔っ払ってフラフラとなっていた。
パリシオンに至っては既に熟睡モードに入っている。
ただ一人、トーレスのみあまり酒に口をつけておらず、冷静だった。
「アシェルは大丈夫ですか。そろそろお開きにしましょう」
「は、はい」
飲み会はお開きとなり、イザベルら先輩たちに先に帰ってもらうと、パリシオン、ムラーキの死体をどう片付けたらいいか途方に暮れていた。
「アシェルさん、信頼していますからね」
ふと泥酔したムラーキの最後の言葉であった。
それでもなんとか二人を送り届け、飲み会は成功裏?に終わり、明日からもこの仲間たちと頑張っていこうと感じる夜になった。
終
魔法世界メモ65
ホワシューとは?
麦を発酵させた蒸留酒であり、無色透明で50度ほどのアルコール度数がある。
蒸留技術が高いものでないためか、決してうまいものではなく、ただ酔うために存在していると言っても良い。




