第64話 正義が通る場所
今日は、ある事件で公証場に仲裁を申し立てることにしていた。
1年で既に8件目であり、代弁者の中では断トツの申立件数だ。
さすがのムラーキも公証場は傍聴したい様子だ。
王国の司法機関でもあり、珍しい場所であるので無理もない。
だが、傍聴したいというのであれば、しっかりと学んでほしい。
「せめて公証場の手続については勉強をしておくように」
「へーい」
ムラーキには公証場に付いていきたいのならしっかり予習することを条件としておいた。
そして、公証場に向かう時間となった。
俺はムラーキを連れて、王都コーディアル地区のランドマークの時計台で依頼者を待っていた。
「アシェル、お待たせ」
すると、馴染み深い若い男が現れる。
この男は、幼馴染のユリウスであった。
食用油作りを引き継いでくれた唯一無二の友人だ。
「ユリウス、いよいよだね。緊張している?」
「まさか。でも懐かしいよね。二人でまた公証場にいくことになるなんて」
忘れもしない。
10歳のときに二人で訪れた公証場。
あの時は悔しくて仕方がなかった。
だが、それがきっかけとなり、俺は代弁者となった。
ユリウスも立派な職人となり、プリビレッジに雇用されることなく独り立ちしている。
それにあの時とは全く異なる。
俺には公証場で戦うノウハウがある。
ユリウスも商売を重ねる中で社会の荒波にのまれており、覚悟が違っている。
「アシェル、コーディアルの公証人はどうなの?
まさかスレリル地区にいたひどい公証人じゃないよね?」
「いや、実はここは初めてなんだ。どんなのが出てくるか分からない」
俺は苦笑いしながら、ユリウスの質問に答える。
王都の5地区のうちコーディアル地区の公証場に行くのは今回が初めて。
だから、公証人の質がどの程度かは全く分からない。
ある意味で出たとこ勝負というやつだ。
だが、今回の案件は勝ち筋だと考えている。
以前、食用油が食中毒の原因と疑われた件で、ズレッタ派閥のケリー・ウイーグという人物と揉めたときに、俺が仲介に入ったことがある。
その件は解決したが、ケリーに懇願されてやむを得ず、ユリウスは食用油を卸すこととなり、商売でのつながりをもった。
もちろん、レストランフリーに卸している価格よりだいぶ高い。
それでも王都ではまだ流通していない食料品であって、ケリーも当初は大人しく取引をしていた。
だが、時間が経過するにつれて、ケリーはやはり本性を見せてくる。
ケリーは、納品された食用油が不良品だの、質が悪い何なのだと言いがかりをつけるようになり、魔術契約通りの代金を支払ってくれない。
何度督促しても埒が明かないため、ユリウスと協議し、公証場で白黒つけようということになったのだった。
しばらく二人で話をしていると、ふとユリウスがムラーキに視線を送る。
すると、ムラーキは待ってましたとばかり、口を開く。
「後輩の代弁者のムラーキっす。どうもっす」
相変わらず、無愛想な態度だった。
その後、3人で公証場に向かい、現場に到着する。
白を基調とした厳格な建物はスレリル地区と変わらない。
概ね内観も同じような設計になっている。
王都の5つの公証場は同じ設計のようだ。
早速、俺は公証場の中で手慣れたように仲裁申立をすると、待合室に案内された。
待合室では旧知の仲ということもあり、ユリウスと和気あいあいという雰囲気であった。
待っている間、時間つぶしも兼ねて、ムラーキに宿題にしていた手続きについて問答をしてみた。
「ムラーキ、手続きは頭に入っているかな?」
「ああ、一応。まず宣誓をして、公証人が事実確認を行う流れっす」
覚えることはそう多くないため、さすがのムラーキも間違えることはなかった。
待ち時間はあっという間に過ぎ去り、いよいよ時間となった。
案内に従って法廷に入ると、相手方であるケリー・ウイーグは既に反対側に着席していた。
ケリーとは一度やり合っているので、どんな人間かは分かっていた。
当然ながら向こうも俺のことを十分に認識しているので、俺達の姿を見ると、目をそらし、いかにも面白くないといった表情をした。
そして、いよいよ公証人がやってくる頃合いだ。
ここの公証人は一体どういう人物だろうか。
もはや、興味はこの1点に尽きる。
法廷で待っていると、奥のドアが開き、公証人らしき人物が出廷してきた。
長身で黒縁メガネの公証人。
―この公証人、どこかで見たことがある?
頭の中の記憶を必死に振り絞り、思い出そうとした。
それでもなかなか出てこない。
すると、公証人が俺に視線を送り、目がはっきりとあった。
―アレン・ロレック?
この瞬間、俺の頭にはっきり記憶の欠片が戻ってくる。
この人は、あのとき俺に声をかけてくれた見習いだ。
スレリル地区の公証場で打ちひしがれていた俺に、代弁者協会にいくことを勧めてくれた恩人でもある。
そんなアレンが法廷の一番高いところに現れたことに驚きを隠せないでいたが、張本人は静かに着席すると、柔らかな物腰で手続きを開始する。
「まずは双方を確認をさせてほしい」
アレンは人定を始めた。
そして、その流れで、当事者に対し、いつものように仲裁に従う旨、宣誓を行わせた。
早速、審理を進める。
「申し立てでは、食用油1000瓶売買したが、約束していた200万キルスのうち、ケリー・ウイーグ氏が50万キルスしか払っていないとのことでよいですか」
公証人がユリウスにこう尋ねると、ユリウスは静かに「そのとおりです」と答えた。
次に公証人が同じ質問をケリーに対してぶつける。
「確かに代金の一部は未払いだが、品物の質が悪すぎる。
とても使いものにならのだ」
ケリーの証言に、アレンは右手を顎に当て少し考え込む。
「魔術契約の約定として何か特別なことを合意していますか」
「そんなのはない」
アレンが疑問をぶつけるが、ケリーはあまり考えていない様子で淡々と答える。
このような形で一通り公証人であるアレンとケリーのやり取りがしばらく続き、話が切れたため、俺から質問をすることにした。
「代弁者からケリーさんに質問させてください」
「どうぞ」
既に公証人の質問だけでも、勝利は見えていたが、アレンもあくまでもプリビレッジ。
しがらみもあるだろう。
この際だから、ケリーの反論を徹底的に潰しておいた方が良いと考えた。
「味が悪いから使えないと言っていましたが、具体的にはどういうことですか」
「とにかく味が変わって不味くなった」
トントン拍子に質問を続ける。
「食用油はどういう形で保管していたのですか」
「半年くらい大事に倉庫にしまっていた」
どんなに大事に保管していても食料品には消費期限があるし、それを見据えて発注しなければならないのは商人の常識だ。
「あなたはこの食料品が半年以上問題なく持つと考えていたのですが」
「そうだ!」
「ユリウスからそんな説明は受けていませんよね?」
「・・・」
ここまでのやり取りでケリーはすっかり黙り込んでしまう。
ここで、公証人のアレンが言葉を発する。
「もう主張はなさそうですね。この場で裁定を申し渡す」
公証人が即座に判断するというのは予想外であった。
だが、さすがに結果は目に見えている。
「ケリー・ウイーグはユリウスに対し、150万キルスと半年間の損害金10万キルスを即刻支払うこと。この裁定を覆すことは認めない」
アレンから出た裁定は極めて妥当なものであった。
本来、これが当たり前でなければならない。
公証人が公平に仲裁してくれたことにひとまず安堵した。
ケリーはしかめっ面のまま、この場を後にし、俺とユリウスは勝利を喜んだ。
こうして無事に終わり、3人で公証場を出たところで、後ろから呼び止められた。
「久しぶりだね」
「アレンさん、お久しぶりです」
声をかけてきたのは先ほど公証人として仲裁をしたアレンであった。
「公証人になっているなんて思いもしませんでした」
「やはり君は代弁者になっていたんだね」
「あなたのおかげです」
アレンと立ち話で少し昔話をした。
アレンが公証人になったのはつい最近のことのようで、正しい司法を実現したいという夢に向かって奮闘中だそうだ。
あまり長く話をしていると癒着を疑われることもあって、2、3分程で話は終了した。
その帰り道、ユリウスが嬉しそうに歩いていたが、一人非常に不服そうな顔をした者がいた。
もちろん、ムラーキのことである。
ムラーキは俺とユリウスの会話が途切れると、急に言葉を発してきた。
「なんであの公証人はちゃんとしているんすか?プリビレッジでしょ?」
これは予想通りの反応であった。
ムラーキは続ける。
「あの公証人もあんたのことを尊重しているっていうか。
あんた一体何なんだよ」
「あのね、そろそろ先輩の呼び方くらい覚えたら?」
ムラーキは、平民でも正しい理屈を通せば、プリビレッジに立ち向かえることを目の当たりにして、頭の整理が追いついていなかった。
今回の件がムラーキのトラウマを払拭し、自分の頭で正しい正義を貫くような代弁者となる一つのきっかけになることを心から願いたい。
終
魔法世界メモ64
公証人になるには?
公証人は1つの公証場に2名しかいないため、王国全体でも20名しかいない。
公証人になるためには、公証場で下積み経験をして、枠が空いた段階で選ばれる必要がある。
能力も重要であるが、派閥からの推薦も重く見られるため、アレン・ロレックのような有能な人材でも公証人になるためにはプリビレッジ派閥に属しておく必要がある。




