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第62話 新人代弁者

代弁者になって、1年が過ぎていた。

この頃には、魔女との戦いの傷も癒えて、ようやく仕事復帰を果たしていた。


1年経過したということは、王国中枢養成学院から下の世代が世に出てくる時期である。

今年も1人、学院の卒業生が代弁者を志望しているという噂が耳に入っていた。


そんなある日のことであった。


「アシェル、協会長が呼んでいるよ。」


代弁者協会の執務室で仕事をしていると、先輩代弁者のイザベルが俺のことを呼びに来た。


「何の用件ですか?」

「さぁ、私には分からないわ」


イザベルも長い赤髪に手でくるくると触れているがピンときていない様子。


協会長から個別に呼び出されることは滅多にない。

そのため、呼び出しには少し緊張感がある。

俺はひとまず呼ばれた部屋に向かった。


「失礼します」


そして、部屋に入ると、そこには協会長とともに見慣れない若者がいた。


「アシェル、君がこの子の指導をしなさい。ほっほっほ」

「2年目の僕がですか?」


明らかに学生感が抜けきれない男。

すぐに彼が噂の新人であると理解した。


赤髪の少し目つきが悪い男は、協会長に促されて一歩前に出る。


「俺、ムラーキっす。よろしくっす」


……協会長の前でこの態度か。


人は見かけによらないと思いたいところだが、見た目どおりの態度で言葉も雑。

なんだか貧乏くじを引いてしまったと感じてしまった。


「ムラーキよ、アシェルは若手で有望株だからよく学びなさい。ほっほっほ」


だが、協会長の直々の指名であるため、断ることはできない。

やむなく、俺はムラーキのチューターとしての役割を担うことになったのであった。


そして、ムラーキとともに部屋を出ると、少し話を聞いてみることにした。


「ところで、君はどうして代弁者を選んだの?」

「別に理由はないっすね。プリビレッジにヘコヘコして働きたくない程度っす」


学院を卒業すると、代弁者以外を選べば必然的にプリビレッジの下で働くことになる。

ムラーキが代弁者を選んだ理由はどうやらかなり消極的な理由のようだ。


「理由はともかく、代弁者になったからには、しっかり働いてもらうからね」

「へーい」


ムラーキは俺に視線を合わせず、不躾な態度のままであった。

それでも、自分の役割をきちんとこなしていこうと考えた。


この日は机仕事を中心にしていたが、平民の相談対応の順番がきたため、ムラーキを帯同して相談室に向うことにした。


「くれぐれも無粋な態度はご法度だからね」


念のため、事前に立ちふるまいに釘をさしておく。

そして、相談部屋に入ると、そこには40歳前後と思われる女が待っていた。

早速、相談の概要を聴取する。


「今日はどういう相談でしょうか」

「先日、うちの子供がプリビレッジに暴力を受けました」


この手の相談はよくある。

特に若いプリビレッジは見境がない。

自分が特権階級であることを良いことに本当に横暴なのだ。


それに、どこのプリビレッジから被害を受けたのかがわからず、行き詰まるケースも多い。

平民から名を問うことは難しいためだ。


「暴力をふるったのは知っている人ですか」

「いいえ、どこの誰かまでは分かりません」


詳しく話を聞いてみると、相談にきた女はジュカという平民で、12歳の息子であるヤーマンが王都コーディアル地区でプリビレッジの青年に少しぶつかってしまった際、無礼だとしてヤーマンの顔に平手打ちを5発ほど受けたというものであった。


ヤーマンの顔は腫れ上がり、この出来事がトラウマになっているとのことだった。


プリビレッジの特徴について色々な角度から質問をしてみるが、抽象的な話が多く、残念ながら相手を特定するのは難しそうであった。


「相手が分からないとなると、現状とれる対応はないですね」


俺はジュカにこう告げる他なかった。

そして、もう少し手がかりとなるものを探してほしい旨付け加えた。


ジュカは俺の話を聞くと、言葉数少なくただ神妙な顔をし、相談部屋を後にした。


代弁者が必ず期待に応えられるわけでないが、厳しい現実を突きつけるのはつらい気持ちになる。

そんなやり取りを聞いていたムラーキはいうと、あからさまにつまらなさそうな態度であった。


後味が悪い内容であったが、部屋間を移動する際、ムラーキに感想を聞いてみる。


「相談業務をみて何か感想はあるかな?」

「こんなもんでしょ。所詮代弁者といっても平民だ。

  どうせプリビレッジには何もできやしない」


ムラーキはふんぞり返った様子でこう答えた。


「そんなことはないよ。代弁者の力でも変えられることは多い」

「だけど、さっきの相談でも実際プリビレッジに何もできないじゃないっすか」


ムラーキはのてぶてしさは終始変わることがなく、俺の話を最後まで聞くことなく、不機嫌な態度でその場を去っていった。


翌日以降も、俺はチューターに任じられた手前もあり、一応、ムラーキを帯同して代弁者の業務をこなしていく。

ムラーキは相談や外回りに黙ってついてくるが、特に変化がみられず、相変わらずだるそうな態度だ。


その後いくら時間が経っても、ムラーキの態度は一向に変わる様子もなかったため、少し悩み始めていた。


 ―自分の指導力に問題があるのでは?


ある日の昼、いつも仲間が集まる休憩場に行くと、同期のパリシオンがいたため、新人の指導について相談してみることにした。


「僕のチューターだったジムトリィさんなら、きっと舐められないよう、厳しく指導しろというだろうね。しめろって」

「ははは・・・」


確かに、ジムトリィは強面であり、新人に舐められるようなことは許せないだろう。

新人が言うことを聞かないのであれば強く叱咤することが定石なのかもしれない。


けれども、闇雲に上から押さえつけるような指導はあまり気が進まない。

というのも、前世の記憶がそれを拒絶させる。


前世では、子供の頃から英才教育を受け育てられていたが、親からの縛りが厳しく、頭ごなしに怒られる日々であったため、いつの日か言いなりの子供になってしまった。

あらゆる行動が親の指示によるものとなり、自分の存在が分からないまま生きて、そして、若くして死んだ。

だからこそ、今は自分の頭で考えて行動してこそ、意味が生まれるし、変えられると感じる。

たとえそれが困難ばかりであっても。


この日は、早く仕事を切り上げて、気分転換にマーガレットと会うことにした。

実は、先日会ったときに、マーガレットにあるお願いごとをしていた。


「マーガレット、例の件だけどちゃんと聞いてくれた?」

「聞いたわ」


実は、マーガレットには国王近衛隊の新人からムラーキの話を探ってほしいとお願いしていた。

王国中枢養成学院からの平民の卒業生が国王近衛隊に数人入隊したと聞いている。

同期だった者からムラ―キがどういう学院生活をしていたのか情報を得ようと考えた。


「うちに入った子が言うには、ムラーキは学院で孤立していたそうよ」

「それはどうして?」

「プリビレッジの学生から特にひどい嫌がらせを受けていたけど、平民の学生の誰も味方になってくれてなかったようで」


ムラーキのあの異常な態度にはそれなりの理由があるようだ。


「あのラフィーナ先生が知っていたらとても見過ごすはずはないと思うけど。」

「たぶん干渉していないと思うわ。

  ラフィーナ先生も卒業後、平民のクラスを受け持っていないそうだから」


自分たちの学院時代に起きたフリーラの事件。

平民による凄惨な事件とのこともあって、プリビレッジ学生から平民学生へのあたりがきつくなった。


自分たちはある意味当事者であったため、プリビレッジ学生からの非難も団結して流すことができた。

だが、下の世代となれば話は別だろう。


ここまで考えると、ムラーキが前を向けなくなってしまった原因は自分にもありそうだ。

多少なりとも責任を感じる。


だが、これで原因はなんとなく分かった。

おそらく完全に鼻を折られてしまったのだ。


プリビレッジと戦っても報われない。平民の仲間もそっぽを向いている。

そして、ラフィーナのような恩師に恵まれていない。


俺がこれから彼に示すことができるのは、言葉なんかではなく、現実と向かい合い、それでも戦う姿勢を見せること。


マーガレットからの情報を聞いて、ムラーキのことばかり考え込んだ。

しかし、マーガレットの話が迂闊にも飛んでしまい、しばらく大変な思いをすることになった。


「ねぇ、聞いてる?私の話」


マーガレットは話を聞いていないと、すぐに不機嫌になる。


「も、もちろん、聞いているよ」

「カナディは婚前契約して、ジャックさんに大切にされているのに私は全然大切にされていないわ!」

「そんなことないから!」


しばらくマーガレットの機嫌をとるべく奮闘する羽目になった。

ともあれ、明日からチューターとして、しっかり頑張っていこうと思う。


魔法世界メモ62

代弁者になる割合は?

王国中枢養成学院の卒業生が代弁者を選ぶ割合は3年に1名が相場だ。

他の王国機関に進むよりも給与水準が圧倒的に低いという理由が大きいが、平民の卒業生は、プリビレッジと関係性の深い商人の子や親も王国機関で働く平民の子が多いため、代弁者という選択肢は変わり者のものとされる。


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