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第61話 婚前契約

カナディからジャック・エルズの縁談話をされて、数日が経過した。

今日はそのジャックという男に会うことになっている。

カナディは善は急げとばかりにすぐにアポイントを取ってしまったのだ。


心の準備の時間を与えてくれなかった。

正直、会うのはすごく気が重い。


待ち合わせの喫茶店でカナディと二人で待つ。

カナディはすごくご機嫌でウキウキしている。

恋は盲目という。

これを止めるのは相当な覚悟がいりそうだ。


しばらく待っていると、長身の男が喫茶店の中に入ってきた。

その男は、カナディの姿を見つけると笑顔でこちらの席に近づいてきた。


「はじめまして。ジャックです。君の話はカナディからよく聞いているよ」

「どうも。アシェルです」


ジャックは軽く挨拶をすると、正面の席に座る。


ジャックの見た目は標準体型で黒の短髪、さわやかな青年の外見だ。

王国中枢養成学院でプリビレッジの横暴な若者をたくさん見てきたが、その横暴さがあまり感じられなかった。


姉の相手との初対面ということもあり、俺の警戒感が伝わっているためか、少し重い雰囲気がある。

隣りに座っていたカナディがそれを見かねてか、愛想よくしてと言わんばかりに俺の袖を掴んで二度引いた。


「早速ですが、ジャックさんは姉に求婚をされているそうですが、本気なんでしょうか」

「もちろんだよ。私は彼女以外結婚を考えられない」


俺の単刀直入な質問に対して、即答で答えてくる。


「本妻という意味でしょうか。それとも・・・?」

「本妻に決まっている」


続けて、率直にジャックの意思を確認したところ、カナディを本妻として迎えるとはっきりと答えた。


ジャックの表情や言動を見る限り、嘘をついている感じはしない。

だが、本心を隠すのが上手な者はごまんといる。

うわべの発言だけで簡単に信用するわけにはいかない。


それから、しばらく互いの生い立ちや仕事のことなどを話題に雑談した。


結婚相手としてポジティブに感じた点は、ジャックが一人っ子であったことだ。

仮に、ジャックが本当に真剣な気持ちで結婚するとしても、プリビレッジの家が面白くない可能性がある。

エルズ家に他に跡取り候補がいればジャック共に追い出されてしまうのが関の山だからだ。


そんなこんなで会話を続けていると、ジャックの表情が変わり、思わぬ話をしてきた。


「君は誰かを妬んだり、生まれた場所が違ったらよかったと思うことはあるかい」

「たぶん平民の多くがそうじゃないですか?」


俺はぶっきらぼうに答える。

プリビレッジ至上主義のこの世界は平民にとって優しくない。


「私もなんだよ。プリビレッジの汚い世界をたくさん見てきた。

  かといって、私は平民に受け入れられない存在。孤独だった」


これはとても意外な発言であった。

優遇された立場にあるプリビレッジの中にもこんな考えを持つ人間がいるとは。

態度も温和で、まるでプリビレッジとは思えない雰囲気。

この人はもしかすると、違うのか?


ここまで言われてしまうと、結婚に反対する理由がなくなってしまう。


「気持ちは分かりました。ただし、結婚に賛成するためには一つ条件があります。

  それは婚前契約を結んでもらうということです」


俺としては、仮に結婚に賛成するにしても、カナディが不幸にならないように担保が欲しかった。安心して送り出すためにも。


「君は代弁者だったね。お安い御用さ」


プリビレッジが平民にこんな要求をされたら、普通は立腹する。

婚前契約は、婚姻後のルールを事前に魔法拘束によって縛り付けるもの。

信用がないと言っているもののと同義だ。


だが、ジャックはこれをあっさりと受け入れた。


ジャックは本当にカナディのことを愛しているのかもしれない。

彼の言葉や態度からはそう思わざるにはいられなかった。


話も終え、その場でジャックと別れ、カナディと帰宅していた。


その帰り道、カナディがご機嫌そうに感想を求めてきた。


「どうだった?」

「優しそうな人に見えたけど。でも、今日だけでは彼のすべてはわからないよ」

「アシェルは疑い深いからねー」


家に戻ると、父トシェルと母ナーディアが落ち着きのない様子で待っていた。

俺からジャックと対面した感想を聞きたいということだろう。


俺は率直な感想を話すと、二人はひとまず安堵した様子だった。

俺もそうだが、何より両親にとって娘を嫁がせることは不安も大きかったのだろう。


その後、家族会議でカナディの今後について話し込んでいると、マーガレットが家にやってきた。


マーガレットにはカナディの相手と今日会うことになっていると話していたので、野次馬根性ばかりにやってきた。


「どうだった?」


マーガレットは俺に尋ねてくる。


「なかなかいい人に感じたよ」


後は俺の存在をそっちのけでカナディと話を始めた。

マーガレットも女子らしく、恋バナに食いついてくる。

これは一度始めるとなかなか止まらない。


しばらく二人で話が盛り上がっていたが、カナディのためにも無理やり女子トークに割り込み、少し重い質問をマーガレットにぶつけることにした。


「プリビレッジと平民の夫婦はうまくいくと思う?」


マーガレットの母マーリアスはプリビレッジの妾であり、マーガレットはプリビレッジと平民との間に生まれた子である。

だからこそ、彼女はその現実を実体験として経験していると言える。


「もちろん、妾の子の立場は辛いことも多かったわ。平民でない自分とプリビレッジでない自分。誰からも受け入れられないんじゃないかって」


マーガレットの言葉には重みがあった。


「でも、うちは妾だし、私は父とずっと会ったことすらなかった。

  だから、本妻ということならきっと違うわ」


マーガレットは複雑な気持ちもあるようだったが、ポジティブにカナディを応援したいという思いが溢れていた。


カナディもこれに安堵した様子であったが、突如、カナディが俺の腕にしがみつきこう口にした。


「でも、アシェルが一番素敵!本当はマーガレットにあげるのいや!」

「もう!早く弟離れしてください!」


本気か冗談かは分からないが、そんなカナディにも結婚相手が見つかった現実に少し安堵している自分がいた。


後日のことであるが、婚前契約を早く結んでおきたいというジャックの強い要望を受けたため、俺はその準備に入った。

そして、カナディとジャックが結婚するのはカナディが20歳になった1年後で話がまとまる。


婚前契約の内容はこうだ。


1 ジャックはカナディを本妻として迎えること

2 ジャックは家族・親族を含むプリビレッジからカナディが迫害を受けないように尽力すること

3 ジャックは平民を軽蔑、軽視してはならず、一人の人間として尊重すること


「この内容で了解ということであれば、魔術契約書に血印を押してもらえますか」


プリビレッジに突きつける条件としては、問題視されるレベルの内容である。

だが、ジャックは全く意に介さず、二つ返事で血印をしたのであった。


こうして、二人の婚前契約が成立すると、ジャックとカナディは互いに見つめ合って微笑み、幸せそうな雰囲気だ。


カナディは俺に相談こそしたが、このとき、最初からジャックと結婚すると心は決まっていたんだなと分かった。


俺は仕事柄、様々なプリビレッジに立ち向かうことが多いが、プリビレッジの中にも価値観の合う人も一定数いるのかもしれない。

0か100でものを見すぎていた自分を少し反省する。


このジャック・エルズという男が将来、俺にとって有益な存在となることをこのとき想像すらしていなかった。

魔法世界メモ61

プリビレッジの家長制度とは?

プリビレッジは家を守ることを重視し、家長が絶対的な立場にある。

他方、平民は家という考え方はない。

プリビレッジにはファミリーネームがあるのに対し、平民にはそれがないこともこうした違いの現れである。


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