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第56話 生贄

シーシャス・オッスルに薬を盛られた後のことは記憶がない。

体が縛られたままどこかに運ばれていったことが虚ろながら分かった程度である。


あれからどれくらいの時間が経ったのだろうか。

意識を取り戻したとき、目の前には見たことのない空間が広がっていた。

ランプ一つで部屋の中が薄暗く、雑多に物が不整頓に置かれている。

そして、人の気配もする。


「あら、もう気付いたの?あなた、普通の平民ではなさそうね。

  魔力耐性が高いのかしら」


3、4メートル離れたところからあの女の声が聞こえてくる。

この言葉で自分の置かれている状況を改めて認識した。


シーシャスに拉致されて、邸宅の中かは分からないが、記憶にあったゲストルームとは別の場所にいる。

地べたに横たわり、拘束されている。


それでも、必死に声の方向に顔を向け、シーシャスの姿を捉える。

邸宅でみたシーシャスとは異なり、どす黒い服に着替え、その表情も悪を感じる。

まるで別人とも思えるほどの変貌ぶりだ。


「お前が連続殺人の犯人か!」


思わず、声を上げた。


「今頃気付いたの?お馬鹿さん」


シーシャスは不敵な笑みを浮かべながら、自身が犯人であることをあっさりと認めた。


「なぜ、そんなことを・・・?」

「若さを維持するのには魔力の贄がいるのよ。あなたもすぐにそうなるわ」


俺はこの会話中も、できる限り体を動かし、拘束を逃れようと試みた。

だが、全身がロープ、いや明らかに魔力を帯びた頑丈なロープで拘束されており、身動きすら取るのは難しい。


「大人しくしてなさい。こっちも準備に時間がかかるのよ。

  助けを求めても無駄よ。ここは誰も知らない場所」


シーシャスはこう言葉を残すと、何かの準備のためだろうか、部屋から出ていった。


この状況はあまりにも危険だ。

どうにかしてここから逃げ出さないと。

しかし、ロープでがんじがらめに拘束され、物理的に切るのも難しそうだ。


不幸中の幸いであるが、ボディーチェックはされていないようで、ポケットに忍ばせていた魔道具にはどうやら気づかれていない。


だが、魔導具を自力で取り出すこともとても難しい。

せめて後ろで縛られている手だけでも動かせれば・・・。


しばらく足掻いてみたが、やはりどうにもなりそうにない。

ただただ虚しく時間が経過し、焦る一方だ。


だが、状況を冷静に分析しなければ助かる糸口も見つからない。

目を瞑り、頭の中で置かれている状況の整理を始めた。


殺人犯はあの女で確定したこと。

そして、動機は単なる快楽殺人ではなく、魔力を得るためという話だった。

それが一体どういう意味なのかは分からない。

だが、少なくとも、冷静かつ計画的にやっていた犯行だったと思われる。


それに夫のユーギリス・オッスルが犯行に関わっているかは分からない。

単独犯かどうか不明だ。

ただでさえ厳しい状況であるため、共犯がこの場に潜んでいないと信じたい。


助けがくる可能性についてであるが、国王近衛隊は使い魔が破壊されたことを知り、既に俺のことを捜索しているはずだ。

そのため、時間を稼げば稼ぐほど助けが来る可能性が上がる。

だが、シーシャスは使い魔に気づいていた。

とすると、王城の追っ手を認識しており、邸宅外の隠れ家に移動した可能性が高い。


どれほどの猶予が残されているのか分からない以上、状況はやはり厳しい。

何らかの形で国王近衛隊に居場所を伝えられる方法があればよいのだが。


色々と思考を巡らせたが、どうしても糸口は見つからない。

30分くらいが経過したころだろうか。

突然、部屋の外に人の気配を感じた。


 ―もう奴が戻ってきてしまったのか!?


身動きがとれない状況に変わりはない。

このままでは殺されてしまう。

命の危険を感じ、極度の緊張が走る。


この瞬間はスローモーションになったと錯覚するほどで、心臓の鼓動をはっきりと感じる。

なぜだか、この世界で生まれた瞬間、家族を初めて目にした瞬間が蘇ってくる。

走馬灯と言うやつか。


それでも、無常にも部屋のドアが開いてしまう。


 ―これは終わった


俺の中で何かを諦めた瞬間であった。


「アシェル、無事だったか!?」


しかし、絶望とは裏腹に、聞き覚えのある声。

必死で体をよじり、声の方向に顔を向ける。


「フューゲル!どうして!?」


まさかのフューゲルの姿を目にして、驚きで我を失った。

一方、フューゲルは俺の姿を見て、すぐに状況を把握する。


「離れたところからお前を張っていたんだよ。

  魔導具を使ってお前の魔力を追えるようにしていた。50メートルくらいなら分かる」

「でも、フューゲルには魔力もないのに一体どうやって?」


思わぬ事態に理解が及ばない。


「昨日、お前と握手したときに、探求の魔導具を魔力に反応させるようにしていた。

  この魔道具は統治省で捜索のときに使う。ちょっと拝借したんだ」


フューゲルの意外な行動にただただ呆然とする。

まさか、あのときの妙な握手が、俺の魔力を検知のためとは。


「で、拘束されているのか」


フューゲルは話の途中で、駆け寄り、俺の体を抱える。

そして、持ってきたナイフでロープを切り裂こうとした。


しかし、いくら切っても切っても、ロープは微動だにしない。


「なんだこのロープは?」


まるで空気を切っているような感じであり、物理的に刃が当たっている感じではない。


「これはたぶん魔力が付されている。おそらく普通には切れない。

  フューゲル、お尻のポケットから魔導具をとって、僕の手に置いて!」

「お、おう」


俺はそう指図すると、ニコル・アーステルドからもらっていた魔導具をポケットから取り出してもらい、手に握らせてもらった。

そして、すぐさま魔導具に魔力を込めて、風の刃を生み出す。


しかし、両手首を固定されているため、拘束している魔法のロープに当たらない。


「くそ、当たらない!」

「落ち着け。焦ってはだめだ」


ちょっとずつであるが魔道具から生じた風の刃が腕を拘束しているロープに当たり、少しずつ切れていく感触はある。

ただ、なかなか切りきれない。


しばらく四苦八苦していると、フューゲルから残酷な言葉が耳に入ってくる。


「おい、奴が戻ってきているぞ!」


必死で魔道具を動かす。

焦れば焦るほど、精度が落ちている。

この状況で冷静になんていられるはずもない。


フューゲルは、部屋に入ってくると予想されるシーシャスに備えて、持ってきたナイフと平民の魔力干渉を防ぐブレスレッド型の魔導具を装着して構える。


ガチャ


次の瞬間、ドアノブが回り、ドアが開いていく。

そして、目の前にはあのシーシャスの姿。


こ、ここまでなのか・・・。


魔法世界メモ56

フューゲル 16歳

アシェルと王国中枢養成学院の同期で卒業後、統治省で働く。

少し目つきの悪い青年であり、がさつなタイプ。

学生時代は喧嘩っ早く、母親がプリビレッジに殺害されたことでプリビレッジの学生と揉めていた。


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