第55話 偽りの招待
55話 偽りの招待
2日目に周辺住民から話を聞いて以降、特に動きのなかった。
既に、ユリギリス・オッスルの周辺を嗅ぎ回って5日目である。
ここまでは、情報に入っていたユリギリスの妻シーシャス・オッスルと思われる人物が邸宅から出入りしている姿を2度見かけた程度。
肝心のユリギリスの姿はまだこの目で捉えていない。
当初は緊張感をもって見張っていたが、さすがに時間の経過とともにだれてしまう。
そんな退屈な5日目も収穫がなく、日が落ちる前には現場から撤収することにした。
この日の帰り道、学友のフューゲルとばったり出くわした。
フューゲルはおとり捜査のことが気になっている様子で、開口一番状況を聞いてくる。
「何か分かったか?」
「いや、まだ何も」
俺がそう答えると、少し間があった。
「俺も統治省にある資料を調べているんだが、ユリギリスという男の情報が見つからない。
本当に実在する人物なのか不思議だ」
フューゲルは右手で頭を掻きながら自分なりの調査結果を話した。
統治省は、税の管理のため、王国民のデータを集めている。
いわば戸籍のような形で情報を管理しているのだ。
そのため、職員であればプリビレッジの情報も一定のレベルであれば閲覧することが可能である。
フューゲルも気になって仕方がないだろう。
だが、喧嘩っ早く、感情コントロールが下手な男であったが、冷静にやれることをやっている姿を見ると、本当に変わったと感心する。
「何か情報があったら交換しよう」
「おう」
フューゲルとの会話は短いものであった。
別れ際、フューゲルが互いの健闘のためか、右手を差し伸ばし、握手を求めてきたため、がっちり応じた。
翌朝、6日目の張り込みを行うため、外出の準備をしていたところ、家に誰かが訪ねてきた気配を感じた。
「アシェルいるか?」
その声に呼応してそっとドアを開けると、王城で見たことのある人物が立っていた。
「イップ・ランドだ。ニコル殿下からの伝言がある。
妻のシーシャス・オッスルが屋敷の外にでてきたら、接触してみるようにとのことだ」
5日張り込んで何も成果が出ない以上、何らかの打開策が必要という点では、ニコル・アーステルドと同意見だったようだ。
それに、少し離れたところから張り付いている二コルの使い魔も機能し、王城も張り込みの様子を監視できていることが確認できた。
この日も、ただ静かに身を潜めてユリギリスの邸宅の出入口が見える位置でじっと待機する。
だが、このあたりは相変わらず人通りもなく、閑散としている。
こんな人の気配がない場所で、よそ者が6日も張っているので、そろそろ俺の存在もユリギリスにバレているはずだ。
それでも邸宅からの目立った動きはない。
退屈な時間が続き、この日も気づけば日が落ちる時間が近づいていた。
すると、ようやく邸宅から人の気配がした。
俺は邸宅の出入り口を凝視していると、出てくる人の姿を現認した。
―あれは、シーシャス・オッスルだ
手提げ袋を持ち、ラフな格好での外出であったため、買い物といったところ。
これは久しぶりの機会だ。
ニコルの指示通り、邸宅に戻ってきたタイミングで一度声を掛けてみる。
それから30分程度経った。
予想通り、買い物から戻ってきたのか、シーシャスは両手に食糧らしきものを抱え、邸宅に向かっている。
いかにも買い物を終えた主婦という様子だ。
―今しかない
心の中で決心を固めると、一目散にシーシャスに駆け寄った。
「すいません、シーシャス・オッスルさんでしょうか」
「ああ、あなたね。ここしばらくうろついている平民の人って」
シーシャスはあまり驚いた様子もなかった。
どうやら俺が嗅ぎ回っていることはばれていたようだ。
それでも、そんな嗅ぎ回っている人間から声をかけられたというのに、特に表情も変わらず、穏やかで話し方も優しい。
この女からはプリビレッジらしい横暴さを感じることもなかった。
思いの外、話した感触がよかったので、思い切って本題を切り出してみることにした。
「あの、ユリギリスさんはいらっしゃいますか」
「いえ、夫は仕事のため、長期で大陸北部に出ており、しばらく戻ってきませんよ」
思わぬ言葉であった。
まさか邸宅に本人がずっと不在だったとは想像もしなかった。
これでは苦労は水の泡だ。
だが、本人が近くにいないのであればできる限り、妻のシーシャスから情報を引き出すチャンスでもある。
ここは徹底的に聞けることを聞いてみる。
「あの、ユリギリスさんはどんな人ですか」
「正直に言いますと、私にも手をあげるようなとても怖い人」
シーシャスは躊躇する様子だったが、それでもはっきりとした口調で意外な言葉を発した。
どうやら、噂通りの粗暴の悪い人物であり、平民に限らず、家族まで手を上げているようだ。
そうなると、シーシャスは身内であるが、彼女も被害者なのかもしれない。
うまくやればユリギリスに対する捜査にも協力してもらえる可能性もありそうだ。
俺の中で自然とそんな期待感が高まる。
「あの人が何か事件でも起こしたんでしょうか」
「いえ、そういうわけではありません」
シーシャスからも質問が出てくる。
「あなたは平民なのに、どうして捜査のようなことをしているのですか」
「僕は代弁者です。とある平民からユリギリスさんの件で被害申告があり、依頼を受けて調査しているというわけです」
さすがに王城が動いているなんて言えない。
だが、シーシャスは俺の言葉に疑念を持った様子はなく、納得したようだった。
「差し支えなければ、家にあがってみませんか」
ここで思わぬ提案を受ける。
これは願ったりかなったりだ。
仮にユリギリスが連続殺人事件の犯人なら、何らかの痕跡が残っている可能性もある。
証拠さえ集められたら王城も動きやすくなる。
本来は使い魔で様子を窺っているニコル・アーステルドに連絡を入れ、判断を仰ぐべきところだが、平民が一人で動いているからこそ、警戒感がないのだと思う。
そうであれば、ここは言葉に甘え、一人で邸宅内に入るべきだろう。
「有難うございます。少しだけお邪魔します」
俺はシーシャスの提案を受け入れることにした。
「こちらへどうぞ」
シーシャスが早速邸宅内に案内してくれたので、言われるままに門をくぐり、家の中に入った。
「お茶の用意をしてくるので、待っててくださいね」
そして、ゲストルームのような部屋に通されると、いかにも高そうな来客用の椅子に腰掛けた。
この部屋を見る限り、特に変わった感じはない。
ただ、プリビレッジの邸宅であるためか、微小な魔力を感じる気がした。
5分ほど待っていると、シーシャスが部屋に戻ってきた。
そして、いかにも高そうな容器に、お茶を注いだ後、俺に渡してくれた。
「ありがとうございます」
事件についてどのように話を切り出すか迷っていたが、シーシャスの方から早速本題を切り出してくる。
「彼にどんな疑いがかけられているのでしょうか」
「あの、その、なんていうか・・・。まだお話はできません。すいません」
さすがにユリギリスの身内であるため、全面的に信用ができるわけではない。
直球で事件の真実を話すわけにいかなかった。
「あら、そう。困ったわね。何をお話すればよいかしら」
そのため、しばらくは話を誤魔化しながら少しずつ探っていくことにした。
「ユリギリスさんはどのような仕事をなされていますか」
「貿易商よ」
シーシャスは優しい笑みを絶やさない。
もしかすると、この人であれば信用してよい。
そんな気持ちになる。
邸宅に入るプロセスで極度な緊張もあり、のどが渇いていたため、先ほど出された一風変わったお茶に手を伸ばした。
独特な香りで、ずいぶんと鼻につくお茶だ。
「このお茶は何ですか?珍しい味ですね」
「それは大陸東の田舎のお茶なの。王国中の珍しいものを集めるのが夫の趣味でして」
独特の渋みに違和感もありながらも、喉の乾きが勝ったこともあり、ぐっと飲み干した。
シーシャスはニコニコと俺のことを見ていたが、少し経つと、意外なことを言い出した。
「ところで、先ほど気になるものがあったので捕まえてきたんですよ」
「はい?」
俺が視線を送ると、何やら見たことのある小鳥・・・?
シーシャスはニコニコとしながら右手で抱えている。
あれは、ニコルが放っていた使い魔だ。
無惨な姿にまで破壊されている!?
このとき何が起きたのか理解ができなかったが、次の瞬間、シーシャスからこれまで感じたことのない陰の気配が溢れ出してきたことを察知した。
「こんな平民をよこしてくるなんてお馬鹿さん」
「あなたは何を・・・。ま、さ、か・・・」
俺は急に声がでなくなり、体全身にしびれを感じ動くことができなくなった。
「さっき飲んだお茶。あなたの動きを封じる薬が入ってたの。気づかなかった?」
「く・・・」
意識が朦朧とし、この言葉を最後に完全に気を失ってしまった。
「魔力の贄になってもらうわ」
これが俺の記憶にあるシーシャスの最後の言葉だった。
これからどうなってしまうのか。
ここで人生最大のピンチを迎えてしまう。
終
魔法世界メモ55
オッスル夫妻とは?
統治省のデータでは、ユリギリス・オッスル40歳とシーシャス・オッスル38歳の夫婦で、職業不詳、ハーモス派閥のプリビレッジということで登録されている。




