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第54話 嗅ぎ回る

ニコル・アーステルドからおとりの依頼を受けて1週間が経っていた。

この間は、犯人と思しき者の情報確認と護身のための鍛錬の準備のために時間を充てていた。


これまでの情報を整理すると、殺害犯として浮上したのはハーモス派閥のユリギリス・オッスルという人物。

年齢は45歳で、妻と二人で王都のアイスラン地区に住んでいるとされる。

粗暴が悪く、過去に平民をいたぶる姿がたびたび目撃されるという話だ。


話を聞けば聞くほど情報としての信憑性は高い。

この人物におとりとして接触すれば本当に魔法で襲われる危険が高いと感じる。


だからこそ、身を守るための魔力訓練にも必死だ。


ニコルからは、手のひらサイズのメリケンサックのような形の魔導具が支給され、ひたすら練習を繰り返している。


「魔導具に魔力を込めてごらん。そして、あの木に向けてパンチしてみて」


ニコルの直々の指導に従って、魔導具に魔力を込めて打ち込むと、風圧のようなものを感じ、風の刃が鋭く放たれていく。


木に向かってやってみると、風の刃が木の枝を鋭く切り刻んでいくことが肉眼で確認できた。


「この魔導具なら、遠距離攻撃ができる。

  犯人に襲われたらこれで攻撃して、その隙に逃げておいで」


ニコルはこう楽観的に話すが、本人は気が気でない。

だが、一週間みっちりやっていると、なんとかブランクを克服して、ものになってきたという感触があった。


「そろそろ行こうか」

「は、はい」


どうやら、ニコルの方も準備が整ったようだ。

俺の行動を追うための小鳥型の使い魔を用意し、動向を見ているとのことだった。

いざとなれば、国王近衛隊がきてくれるという算段だ。


こうして、明日からおとり捜査を進めていくことになった。


この日の夜は少し時間があったため、ある人物と会うことにした。


「話ってなんだ?」

「急に呼んで悪いね」


俺はとある場所にて、学友のフューゲルと会ったのである。

フューゲルは学院を卒業後、統治省で働いている。


久しぶりの再会であったが、フューゲルは相変わらずぶっきらぼうな様子は昔から変わっていなかった。


どうしてこのタイミングでフューゲルと会ったかというと、それは今回の事件がフューゲルの件と関係があるかもしれないと考えたためだ。


フューゲルは、犯人不詳のものに母親を殺害されたという悲しき過去がある。

彼は事件を調べるため、学院に入学し、統治省で犯人であるプリビレッジを追っている。


「フューゲルのお母さんっていつ亡くなられたの?」

「7年前だな」


王都で発生する殺人事件は限られている。

もしかすると考えていたが、どうやらビンゴのようだ。


「最近、王都で快楽殺人があって、その手口から7年前の犯行と同一ではないかと考えているんだ」


フューゲルは突然の話に絶句した様子であった。

だが、少し冷静さを取り戻すと、詳細を尋ねてきた。


「事件のことを教えてくれないか?」

「秘密を守ってくれることが前提だからね」


正直、箝口令がしかれているため、答えられることに限りはある。

だが、可能な範囲で情報を共有してあげたい。

よく念を押したうえで、事件について説明した。


フューゲルは話を黙って聞くと、徐々に小刻みに震え出していた。


「ユリギリス・オッスル・・・。憎き敵」

「必ずしっぽを掴んでみせるよ。犯人は必ず裁かれることになるから。

 くれぐれも冷静に」

「ああ」


フューゲルに情報を伝えるのは犯人を捕まえた後でよかったかもしれない。

だが、おとり捜査をする以上、自分が無事でいられる保証はどこにもない。

だから、命があるうちに、学友であるフューゲルには話してあげるのが筋と考えたのであった。


次の日。この日はいよいよおとり捜査の決行だ。

アイスラン地区のユリギリスの邸宅周辺に張り込む。


命の危険があるため、緊張感が自然と高まってくる。


アイスラン地区は王都の中心部から北東方向に距離があるため、少し寂れている印象だ。

特に、ユリギリスの邸宅の周りには人通りがなく、殺伐とした雰囲気さえ感じる。

ここはまるでスラム街という印象だ。


できる限り身を潜めながら、周辺を嗅ぎ回る。


ユリギリスの邸宅は広い上に、周りを高い塀で囲んでおり、外からは様子が分からない。

塀の高さは2メートルほどであり、ここまでの高さはプリビレッジの権力者の邸宅くらいであり、珍しい。

外部から様子を窺われないように警戒しているのだろうか。


そのため、本人が在宅なのかどうかすら分からない。

とりあえずは付近の住人から話を聞いて、情報を集めるしかなさそうだ。

くれぐれも怪しまれないように。


俺は手始めに近所に住む平民に聞き込みを始めた。

後方にニコルの準備した小鳥型の使い魔がいることを確認しながら。


ユリギリスの邸宅から少し離れた1軒の平民の家に声をかけてみる。


「ごめんください」


すると、お世辞にも人相の悪い男がドアを開ける。


「なんだおめーは?」

「代弁者のアシェルと言います。ユリギリス・オッスルさんについてお話を聞きたいのですが。」

「しらねーよ。あの人おっかないから何も話せね」


バタン!


ユリギリスの話を聞き出したかったが、門前払いと言わんばかりに、ドアを強く閉められてしまった。


その後もめげずに、付近の家を10軒ほど回ったが、どこも似たような応対であった。

しかし、この辺りに住む平民は他の地区と比べて明らかにガラが悪そうな人物が多い。

残念ながらここではロクな話を聞けなさそうだ。


結局、初日は日が暮れる前に、ニコルから撤収するように指示を受けていたので、切り上げることにした。


翌日もユリギリスの邸宅付近を歩き回り、邸宅内の様子を観察していた。

だが、邸宅から人が出てくる気配はなく、一向に状況を掴めない。

ただただ時間だけが虚しく過ぎていく。


だが、そんなとき、一人の平民が急に声をかけてきた。

その人物は、服装もぼろぼろで小汚い格好の男であった。

このあたりの住民であることはひと目で分かった。


「あんたかい?ユリギリスの旦那を嗅ぎ回っているという平民は?」

「まぁ、一応そうですね」


この者の風貌からは怪しさしか感じられなかったが、それでも向こうから声をかけてきたのであるから、情報を得られるかもしれない。


「大きな屋敷ですが、何人で住んでいるのか分かりますか」


俺がこう質問をすると、その男はニヤニヤしながら、手のひらを広げて差し出してきた。

この者が何を求めているのかはすぐに想像がついた。

情報を知りたければ、金をよこせといったところだ。


ニコルからは今回の捜査にあたり、いかばかりかの金をもらっていた。

ここは使いどころだろう。

そう考え、手持ちの100キルス硬貨を手渡すことにした。


男は金を見ると、すぐにこれを受け取り、ポケットにしまった。


「ユリギリスの旦那は、妻と二人で邸宅に住んでいる。子供もいないはずだ」


男は俺に視線を合わせずに、小声でつぶやく。


「ユリギリスさんは何を収入源に生活しているんですか。」

「裏社会で回っているようなブツをさばいているって噂もあるが、詳細は知らん」


男からはこの程度の情報しかでてこなかった。

だが、一番知りたかった邸宅内の人数を確認できたことは収穫であった。


これが事実であれば、万一ユリギリスとの間で戦闘になったとして遠距離の魔法攻撃を撃って逃げ切ることが可能なはずだ。

この情報には正直安堵した。


それにしても、おとり捜査は忍耐との戦いである。

2日目の収穫は男からの証言だけであったが、明日以降も引き続き、ユリギリスのことを嗅ぎ回っていくことになる。


魔法世界メモ54

王都の広さは?

王都はおおよそ東京23区ほどの広さであり、5つの地区に分かれている。

スレリル地区は最も広く、多くの平民の居住地域になっている。

コーディアル地区は商業地域であり、最も人通りが多い。

キリステン地区には王城があり、政治系のプリビレッジの邸宅が集まっている。

ナンダン地区は商業系のプリビレッジの邸宅が多い。

そして、今回のアイスラン地区は工業地域であり、魔導具製造の作業所が多い。


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