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第53話 逃げ場のない依頼

月日は流れ、代弁者になってちょうど1年にさしかかった。

理想と現実の狭間で難しいことも多かったが、なんとかやっている。


ちょうどその頃、王都において不穏な事件が発生していた。


「アシェル、大変だよ。協会の近くで人が殺されたんだって!」


いつものように執務室で仕事をしていると、パリシオンが慌てて駆け込んできた。


「なんで殺されたって分かるの?殺人事件なんて聞いたことないけど」


パリシオンの狼狽ぶりとは裏腹に、俺は冷静に話を聞いていた。


「死体に蹂躙された痕跡が!殺された可能性が高いって」

「殺されたのは平民?」

「まだ分からないよ!なんでそんな冷静なの!?」


正直、実感が沸かないような話だ。

1種王令もあり、人口の多くを占める平民が暴力を振るうことができないため、殺人事件という話を耳にすることがないためだ。


もっとも、マスメディアが存在しない世界なので、実態は分からない。

魔力拘束を受けないプリビレッジによる殺人という話であればあり得るためだ。


「僕たちにどうすることもできないから、国王近衛隊の捜査に任せるしかないんじゃない?」


代弁者も所詮私人にすぎないのだから、この手の話は対応のしようもない。

王都において、警察権をもつ国王近衛隊が捜査するのは当然だ。


だが、今回の事件は異質な背景が存在していたようでそのことをすぐに知ることとなった。


「アシェル、そうもいかないんだ」

「ネフィスさん?」


パリシオンと話を続けていたところ、理事である代弁者のネフィスが部屋に入ってきた。

ネフィスは少し困った様子で、表情が暗かった。


「代弁者協会にも国王近衛隊から協力要請が入っていてね」


ネフィスの話では、どうやら王都で連続殺人が発生しているそうだ。

犯人がなかなか捕まっていないため、国王近衛隊から目撃者の捜索に力を貸すように求められたのだった。


その背景には、平民がプリビレッジを毛嫌う者も多く、国王近衛隊の聞き込みにも協力的ではないことがあった。

そのため、代弁者協会にめずらしく白羽の矢が立ったようである。


ネフィスは、協会長から本件の現場責任者に指名されたため、若手の代弁者を動かして陣頭指揮をとるそうだ。

そんなネフィスからの指示であるため、被害者の1人の周辺事情を掴むために聞き込みを行う。


被害者の名はキースという。

このキースという男は王都5つの地区の一つ、コーディアル地区に居住していたとのことで、俺はコーディアル地区に向かった。


コーディアル地区は商業の盛んな場所であり、特に飲食の店が多く、姉のカナディの働くレストランフリーもここにある。

人通りが多く、王都の中でも屈指の賑やかな場所である。


早速、その中心地で通行人に声をかけてみることにした。


「すいません、キースさんをご存知でしょうか」

「さぁ、そんな人知らないね」


何人もの人に尋ねたが、いずれも同じ回答であった。

さすがに密集地域で闇雲に聞いても、特定の人物にかかる情報が出てくることはないのだろう。

結局、100人近くに声をかけたが、何の収穫もなかった。


この後、協会に戻ると、受付係から声をかけられた。


「伝書鳥が届いていますよ」


こんな大変なときに、誰からの伝言だ?


訝しげに伝言を聞いてみたところ、聞いたことのある声であった。

声の主は、第二王子のニコル・アーステルドだ。


「僕だ。至急王城に来てくれないか」


用件は特に告げられておらず、呼び出しであった。

それも至急とのこと。


声のトーンからすると、王城で一大事があったのかもしれない。

もしかすると、今回の事件に関係する話かもしれない?


何か感じるものもあり、支度を整えて、ニコルの元に向かった。


そして、王城内の第二王子公邸に到着すると、ニコルが待ってましたとばかり、迎えてくれた。


「王都で発生している殺人事件のことは聞いているかな?

  そのことで君に依頼があってね」


ニコルは不気味な笑みを浮かべており、この時点であまり良い話でないと察した。

それも予想通り、事件と関連する話があるようだ。


「まず詳細を説明しよう。エドワード、頼むね」

「はい。殿下」


ニコルはこう言うと、隣でどっしりと立っていた学友でもあり、護衛役のエドワード・トリキトスから事件の説明をする。


エドワードの話では、殺人犯は王城も特定できておらず、被害者3名に共通点らしきものもないということであった。

だが、犯人はプリビレッジの可能性が高いことが分かっている。


平民が王令で魔力干渉を受けるため、その推理は当然といえば当然である。

殺害の手口に魔法が使用されていることからもプリビレッジの犯行と裏付けられる。


そして、その手口からすると、同一犯であるということが断言でき、動機については、無惨に殺害をしている状況から、快楽殺人の可能性が高いということだった。


「それにね、気になることがあるんだ。

  7年前にも同じような犯行が立て続けにあってね」


ニコルはエドワードの説明に続いて、こう補足を加えた。


7年前の事件。

その時も似た手口で5名が立て続けに平民が殺害された。

それも今回と同様に魔法によるもの。


ニコルは少し視線を落とし、さらに話を続ける。


「実は7年前の犯行と同一犯だと仮定すると、犯人と疑わしき者を絞れているんだ。

 プリビレッジは数が多いわけでないので、使用された魔力の傾向、年齢、職業、居住地などから分析すると、疑わしい人物はしぼれている」


思わぬ事実を告げられた。

だが、こう話すニコルの意図がどこにあるのかは分からなかった。


犯人に心当たりがあるならば、国王近衛隊を動かして身柄をとればいいだけだ。

それにもかかわらず、動かない。いや、動けない?


「これは簡単な話ではないのだ。確たる証拠がなければ動けない」


俺の思考を察したのか、エドワードが神妙にこう話す。


 ーそういえば


おおよその察しがついた。


プリビレッジ間は基本的に不可侵という暗黙の了解もあり、国王近衛隊であっても、特定のプリビレッジ派閥に容易に手出しができない。

少なくともそうするためには、確固たる証拠が必要となる。


だからこそ⋯?


ここまでの機密情報を話してくるとなると、自分に求められていることが残念ながら想像がついてくる。


「それでなんだけど・・・」


ニコルは何かを言いかけたが、言葉を濁す。

それを見かねてか、代わりにエドワードが口を開く。


「犯人の疑いのあるプリビレッジの周りを嗅ぎ回って、接触してくれ。

  それで犯人から一度襲われてくれ!」


エドワードからでた言葉は耳を疑う内容であった。

想像よりも斜め上であった。


「お、おとりになるという話ですか?」

「犯人は何の抵抗もできない平民を殺害の対象としている。

  ならば、平民が嗅ぎ回っていることを知ったら、襲ってくる可能性が高い」


エドワードは躊躇もなく、こう言いのける。

エドワードの表情は『お前ならきっと大丈夫』という力強いものだった。


「大丈夫。君には魔力もあるし、強い。護身用の魔導具は渡すから」

「学院時代にも一緒に戦ったじゃないか!」


俺が無謀な依頼に困惑した表情をしていると、ニコルとエドワードがこう続けた。


俺には魔力があるし、身を守る術があるのかもしれない。

だが、相手がどれほどの魔法の使い手なのかもわからないし、代弁者になってから魔力の鍛錬を怠っていた。

一歩間違えると命を落とす危険な依頼だ。


ニコルは不敵な笑みですごい圧をかけてくる。

とても断ることができる雰囲気ではない。


この2人とは学友ではあるものの、王国でも屈指の権力者である。

決して対等ではない。


それに―

先日のマーリアスの件では、ニコルに大きな借りがあるのも事実。


冷静に分析すると、選択肢は残されていなかった。


「わ、わかりました。犯人を追いつめてみせます」

「頼むよ。代弁者協会には王城の特命があるので暫く休むって、手を回しておくよ」


こうして俺が囮となり、今回の殺人事件の確たる証拠をつかむという作戦が秘密裏に始まることになった。


これから、どのような結末が待っているのか。

恐ろしくて、しばらく眠れない日々が続くだろう。


魔法世界メモ53

殺人事件の認知件数は?

王国では重大事件がほとんどない。ただ、平民の失踪は年間数件ほどあるため、殺人事件であっても認知されない可能性がある。

仮に存在したとしてもプリビレッジのロジックで片付けられるため、少なくとも重大事件の存在が平民に知れ渡ることはほとんどない。


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