第52話 はじめてのやり方
―代弁者として一人前になるのにはどれくらいの時間が必要?
パリシオンは王国中枢養成学院を卒業し、代弁者になって既に10ヶ月経過したが、歯がゆい思いを胸のうちに抱えていた。
同期であり、学友でもあるアシェルが一人成果をあげていく姿に、内心焦りを感じていた。
「なんだここにいたのか。お前が主導して相談対応ね」
「はい」
今日もチューターについてくれている先輩代弁者のジムトリィについて仕事をこなす。
ジムトリィは強面で気性は激しいが、実は面倒見の良い先輩である。
それゆえ、いつまでも期待に応えられない自分に不甲斐なさを感じていた。
パリシオンは、相談開始までの間、アシュルのことに思い耽っていた。
パリシオンが記憶を回帰させたのは、遡ること半年前の出来事。
新人であるアシェルの陳情案が異例にも採用されたことであった。
ーアシェルは学院時代から只者じゃなかった
アシェルは、学生の頃から、王国の矛盾を次々と誰もが想像しない発想で高い理想を語っていた。
政治、経済、そして、法。まるで長年研究している学者と思えるほどだ。
なぜ平民であるアシェルに、そんな高度な知恵がでてくるのだろうと不思議であった。
ーそれに
「パリシオンは、僕の陳情聞いてどう思った?」
「正直、本質的に変わらないように思ったよ。貧富の差が解決しないし」
アシェルが提出した陳情案は、単に子どもと高齢者の税負担を労働年齢の平民に税負担を移し換えただけだった。
これは、アシェルが学生のときに語った税の理想、累進課税と呼ばれる制度で緻密に平等性を担保するというものとはかけ離れたもの。
アシェルがなぜ理想を追わずに、こんな安っぽい陳情にしたのか理解ができなかった。
「そう思うよ。制度や政治を変えることは容易じゃないんだ」
このとき、アシェルはただ苦笑いしていた。
そして、既得権益に対抗できる力を得るまでは地に足をつけた仕事に集中すると話していた。
パリシオンは、アシェルのそんな言葉を聞き、尊敬をもつと同時に、少し狂気じみた怖さも感じていた。
「パリシオン、そろそろだ」
相談時間になったため、ジムトリィが部屋まで呼びに来ていた。
気を取り直して、パリシオンは相談部屋に入った。
2人が部屋に入ると、25歳くらいの女が待っていた。
女の名はナナミという。
パリシオンは早速、話を聞き始める。
「あるプリビレッジの男性との間に子供を授かったのですが、その人にほったらかしにされて困っています」
これは妾のトラブル相談だ。
プリビレッジの名前はアズーレ・ガムリッシュという。
パリシオンはこの段階である程度結論が想像できていた。
ーこれはなかなか厳しい話になるかな⋯
王令には婚姻関係をもった夫婦が子を扶養する義務を定めているが、妾の子の扶養などは想定されていないためである。
それでも、パリシオンは相談者のために親身になって話を聞いた。
「アズーレさんとの間で援助の約束を取り付けたいということですね」
「ええ、まぁ。アズーレさんは私と関係を持つときに、一生困らないように支援をすると約束してくれていました」
パリシオンは王令に根拠がない以上、プリビレッジと任意の交渉で打開する他ないと認識した。
結局、この日は、代弁者として二人の間に介入して、交渉を代行するという方針で結論付けたのであった。
チューターのジムトリィはというと、パリシオンの相談対応中、じっと後ろで座って眺めており、特に相談に入ってくることはなかった。
だが、相談者のナナミが帰った後、一言だけ釘をさしてきた。
「簡単に公証場に申立をしようなんて考えるなよ。
法的な根拠がないのに、プリビレッジの怒りを買うのは危険すぎる」
パリシオンは、ジムトリィの指摘に納得できない気持ちだった。
それはアシェルであればどうするかを考えたとき、その指摘とは全く違う結論にたどり着くと考えたためである。
この事案については、チューターの意向に反しても、自分なりに工夫してみようと密かに誓っていた。
後日、パリシオンはナナミ母子のことを考えると、事を急ぐ必要があり、アズーレ本人と一度話をしてみることにした。
パリシオンは、早速家を訪れてみる。
この日は、ジムトリィが時間を取れず、パリシオン一人での訪問であった。
パリシオンは不安な気持ちを押し殺して、ドアを3度ノックし呼びかけた。
「こんにちは。アズーレさんはいらっしゃいますか?」
パリシオンがドアの前で緊張した様子で待っていたところ、すぐに金髪のロングヘアーの細身の女が応対した。
「あなた誰?」
「代弁者のパリシオンと申します。アズーレさん、いらっしゃいますか」
女は突然の代弁者の来訪に少し怪訝な表情をした。
「アズーレに何の用?」
「ちょっと仕事の相談がありまして」
パリシオンは咄嗟に、本人と内密で話をしたほうが良いだろうと判断し、用件をふせることにした。
「いいわ。そこでちょっと待ってなさい」
その女は、代弁者ということもあってか、しぶしぶという様子で了解した。
パリシオンはアズーレが出てくるのを待っている間、考えを整理していた。
応対した女性はおそらくアズーレの本妻だと思う。
気品はあるが、プライドの高そうという印象だった。
こんな女性が平民の妾をもつことに何も言わないのだろうか?
ーこれはもしかすると
パリシオンはこのとき、解決につながる糸口を見つけたような感覚を持った。
そして、5分ほどが経過した頃、アズーレらしき人物が家の中から出てきた。
「お前が俺に話があるという代弁者か」
「はい。そうです。ナナミさんの件でお話があります」
パリシオンからナナミという言葉を聞いた瞬間、明らかに動揺した様子が伺えた。
アズーレの様子を見て、パリシオンはここが攻めどころと感じていた。
「ナナミさんに子供が生まれたことはご存知でしょうか。女の子です」
「知っている。それでお前は何を言いたいんだ?」
「率直に言いますと、母子にはあなたの支援が必要なんです」
アズーレはパリシオンの言葉を聞くと、バツの悪そうな様子で、少し何かを考えているようである。
明らかにイライラした様子である。
「平民の妾に対して、援助しなければならないという義務があるというのか?」
アズーレから出てきた言葉はパリシオンの想定どおりであった。
パリシオンは思い切って立ち向かう。
「道義的な義務はあるのではないでしょうか。
あなたはナナミさんに約束をしていたのでは?」
「俺がここで断ったらどうなる?」
「そうですね。公証場で仲裁を求めることもあるかもしれません。
ナナミさんがここに直談判にくることもあるかもしれませんね」
このとき、パリシオンはまるでアシェルであれば言いそうなセリフを自然と口に出していることに内心気づいていた。
「⋯プリビレッジに楯突いてくる平民なんて聞いたことないぞ。正気か?」
アズーレはこの言葉を発したとき、高圧的というより少し何か不安そうであった。
パリシオンは勝機があると感じ、話を続けた。
「援助してくれたら、あなたの前に勝手に訪れるようなことはありません。
あなたの本妻に対して秘密も守ります」
「・・・」
少しの間、アズーレは沈黙する。
明らかに、何かを天秤にかけ始めていた。
最後の一押しだ。
「女の子はあなたのお名前から拝借して、アミーレとしたそうです。
きっと可愛らしい子と思いますよ」
パリシオンは、アズーレが妾のことを本妻にバレたくないという心理を巧みについた。
プリビレッジは平民のことを気にもとめないが、同じプリビレッジ、本妻は明らかな弱みであった。
「分かった。援助する⋯。月2万キルスでナナミと話をつけてくれ」
こうして急な交渉であったが、うまく話がついた。
その後、ナナミの了承を得て、無事にアズーレと養育費の支払いにかかる魔術契約を結んだ。
「パリシオンさんに相談して本当によかった」
ナナミは涙ながら、何度も感謝の意を伝えてきた。
パリシオンはこの言葉を聞いて、ようやく自分も代弁者になれたのだと感じた。
そして、事の顛末をチューターのジムトリィに報告する。
「まさかお前がそんな強引な手を打つとは思わなかったな」
報告を受けたジムトリィは、頭をかきながら少し信じられないという表情であった。
「既に協会長から了承を得ているんだが、そろそろ独り立ちしてくれ」
「本当ですか!?」
パリシオンにとって思わぬサプライズが待っていた。
アシェルに遅れること約半年。
ようやく独り立ちするときがきたのであった。
パリシオンは落ち着かない気持ちで協会内をウロウロしていた。
ー早くアシェルにも伝えたい
そして、外回りから戻ってきたアシェルにこのことを伝えると、アシェルも自分のことのように喜んでくれた。
「パリシオン、おめでとう!今日は夕食をレストランフリーでごちそうするよ!」
アシェルからねぎらいの言葉をもらい、すぐ祝いの場を設けてくれることにさらに喜びが高まっていた。
そして、その日の夜。
「パリシオン、おめでとう!乾杯!」
その日の夜、アシェルの音頭で、学友のマーガレットとリサリィも駆けつけていた。
「集まってくれてありがとう」
パリシオンは少し照れながら、3人にお礼を言った。
「で、パリシオンに何があったん?」
「パリシオンが独り立ちすることになったんだよ!
ちゃんとそう言って連絡したから」
リサリィのボケにアシェルがすかさずつっこみ、笑いが起きる。
この日、パリシオンは人生の中でも忘れられない一日となったのであった。
終
魔法世界メモ52
パリシオン 16歳
銀色の髪に灰色の瞳の1年目の代弁者。
アシェルとは王国中枢養成学院で一番親しかった。
パリシオンの両親も学院を出て、統治省で働いていたが、パリシオンが生まれてから退職し、商人としてほそぼそとやっている。




