第51話 借り
先日から立て続けに起きた件で、俺は少々気が滅入っていた。
代弁者として初めて壁にぶつかった気がした。
それもいずれも身内で起きた出来事だ。
自分の未熟さ、軽率な行動で周りの人間に迷惑をかけてしまったという気持ちが大きかったが、同時に代弁者としての無力さを嘆いていた。
だが、いつまでも沈んでいても仕方がない。
打開策を考えるんだ。
自分に何度も言い聞かせて、気持ちを立て直した。
父トシェルからはその後の状況を聞いても「問題ない」の一点張り。
だが、なんとか理不尽に耐えながらも仕事を続けている。
そうなると、先になんとかしないといけないのは、休業状態に陥っているマーガレットの母であるマーリアスの店の問題だ。
このままでは彼女の生活が成り立たなくなってしまう。
そのためにも、パンの原料である小麦を別のルートで調達できるように手配する必要がある。
まずは小麦の流通を調査するところから始めよう。
俺は早速、行動に出た。
そして、最初に学友であるリサリィの家を訪ねることにした。
以前、公証場で小麦の仕入れでプリビレッジと戦ったこともあり、リサリィの父メホマに話を聞けば、商人としての幅広い知見を得られ、何かヒントがあるかもしれないと考えたためだ。
家を訪れると、メホマとリサリィが快く出迎えてくれた。
「この前はありがとう。無事にお金も回収できたよ」
小麦の代金で争ったアルベルト・エーレスも魔術契約を結んだ以上、従う他なかったようだ。
挨拶も早々に、俺は本題を切り出したのであった。
「実は小麦を調達する方法を知りたいのですが。
プリビレッジの卸を避けるという前提で」
「卸商を通さないでということか⋯」
メホマはその問いに静かに語り始める。
「知っての通り、王都で流通する食料品から日用品は、ほとんどがプリビレッジが牛耳っていてね」
メホマが話すには、食品関係の大手の卸商は5つあるそうだ。
その一つは先日対峙したアルベルト・エーレスだった。
残りもハーモス派閥かズレッタ派閥に属する卸商となる。
「平民が卸商をすることはできないのでしょうか」
「プリビレッジが生産者からの流通を力で抑えているからね」
要するに、農作や鉱物、狩猟という一次産業は各プリビレッジ派閥が抑えており、王都で原資産を調達するには、プリビレッジを通す他ない。
やはりここでもプリビレッジ制度の問題に行き着いてしまう。
「この前みたいに、遠方からに調達したらええんやない?」
話が行き詰まっている中、ここでリサリィからアイディアがでてきた。
メホマが王国の東部から小麦を調達できたのは、独自のコネがあったためであった。
ならば今回もそれで乗り切れるのではないか。
「確かに、王都から離れた地域であれば平民の生産者がプリビレッジに縛られていないこともある」
こう話すメホマの表情を見ると、それも難しいということが一瞬にして感づいてしまう。
「小ロットで調達するのはあまりにも高くつく。パンは安価に提供してなんぼだから」
メホマは予想通り、残念そうな顔でやんわりと否定した。
結局、メホマから有意義な情報を得ることができなかった。
こうなると、良い方法が見つからない。
その後も小麦を調達する方法を模索し続けた。
そんな状況の中、別のアイディアがでてきたため、ある場所を訪れた。
そう、俺とゆかりのあるレストランフリーだ。
用件はレストランフリーが使用する小麦を多めに仕入れてもらい、一部を転売してもらうことを画策するためである。
卸商がだめならば、レストランから調達すればよいと考えたのだ。
レストランフリーにはそれなりにコネもあるので、少し希望を持っていた。
だが。
「そんなことがバレたら、うちも締め出されてしまう」
オーナーのシューストはこう話すと、首を横に振った。
さすがに、レストランの経営を危険にさらす無理を通すわけにはいかない。
この案は諦めるほかなかった。
こうなれば、生産者に直接掛け合ってみる他ない。
そう考えた俺は、王都近郊の生産者のところを回ることにした。
この件で相談にのってくれていた同期のパリシオンも同行してくれた。
初めに王都近郊にあるサーゲラス村という場所から実態調査を行うことにした。
ここは典型的なのどかな農村という光景が延々と広がっており、王都からも近い。
小麦の栽培をしている畑が無数にあった。
そこで、畑で作業をしている農夫に手分けして声をかけてみることにした。
「ちょっとお尋ねしたいんですが」
早速、畑で収穫作業をしていた人を発見したので、声をかけてみた。
肌が焼けており、穏やかな感じでザ・農夫という人である。
「ここで栽培されている小麦をほしいのですが、購入することはできますか」
唐突な質問に農夫は訝しげな表情だ。
「あんたはどこのプリビレッジの紹介かね?」
重苦しい一言であった。
「いいえ、ありません」
「んなら、売ってはあげられんよ。
この村はズレッタ様が全部取り扱うことになってるんでね」
メホマの話の通り、王都近郊の農村地帯は、プリビレッジが幅を利かせるようだ。
だが、それでも少し食い下がってみた。
「高い金額でも難しいですか。ほんの少量でも大丈夫です」
「魔術契約があるからだめじゃの。それに契約を破ったら、プリビレッジに何されるか分かったもんじゃない」
魔術契約でがんじがらめにされている様子だ。
そのため、俺が何を言おうとも、一切応じてくれそうになかった。
それでも、1%の可能性に賭けて、王都近郊を歩き回る。
だが、どこの農村でも答えは同じであった。
パリシオンも無駄足と分かっていながらも笑顔で付き合ってくれる。
本当に頭が下がる。
結局、努力の甲斐も虚しく、農村からの調達も諦めざるを得なかった。
生産者からの調達も難しいとすると、もはや選択肢は限られてくる。
本当に完全に行き詰まってしまった。
いや、まだ奥の手はある。
本来は頼りたくはないが、マーガレットの気持ちを思うと、背に腹は代えられない。
俺はそう考え、ある人物の元を訪れた。
「よく来たね」
「久しぶりですね。ニコル」
そう、俺は王城を訪れていたのである。
面談の相手は、第二王子ニコル・アーステルド。
王国中枢学院ではひょんな出来事もあり、強い絆で結ばれていた。
そんなニコルも何か困ったことがあれば尋ねてくるようにと話してくれていた。
ついにこの奥の手を使う時が来たということである。
早速、用件を切り出した。
「つまり、僕のルートで小麦を調達したいということだね?」
「はい。小さなパン屋で使用する程度です」
ニコルは突然の頼みに少し考えた様子だった。
「いいよ」
だが、あっさりこれを受け入れてくれた。
王城のプリビレッジ2派(シュタインファルト、トリキトス)は派閥として直轄地を保有し、流通に乗らない食糧の調達ルートをもっている。
そのおかげもあり、商業系プリビレッジ2派(ズレッタ、ハーモス)に食糧を握られるという心配もない。
食糧を引き金に魔法を用いた闘争を起こさないという政策的配慮もあったのことである。
つまり、王城ルートから小麦を調達することができれば、いくら商業系プリビレッジといえども、もはや調達を妨害することができない。
苦肉の策であるが、この問題を解決するうえで確実なものであった。
「だけど、条件がある」
ニコルはニコリと述べると、一つだけ俺に条件を出してきた。
「これは君と僕だけの秘密ね。いかなる人間にも口外してはならない」
ニコルが言うには、将来の王位継承戦のときに、派閥間の勢力争いが生じるため、ズレッタ派閥とこの件で敵対関係となることを避けたいとのことだ。
そのため、出どころは秘密にしてほしいとのことであった。
思わぬ条件であったが、私事でニコルに迷惑をかけるわけにはいかない。
ありがたくその条件を飲み、秘密を守ることを誓った。
「これは借りだからね。返すのを忘れないように」
ニコルが別れ際、不気味な笑みを向けてこうつぶやいたことがなぜか頭から離れなかった。
こうしてニコルの協力を得て、月に一度必要な量の小麦を受け取ることになった。
その日のうちに最初の小麦を受け取ると、その足でマーガレットの家に行った。
「小麦の件なんとかなったよ!」
「ありがとう!すぐにお母さんに伝えないと!」
マーガレットはマーリアスにこの朗報を報告した。
だが、マーリアスはなぜだか浮かない表情であった。
「アシェルさん、一体どうやって?」
「すみません、調達先は言えません。それに知らないほうが良いと思います」
マーリアスは妾であったこともあり、プリビレッジやその恐ろしさをよく理解していた。
だからこそ、不安を吐露する。
「あなたは大丈夫なの?」
「僕は代弁者です。いかなる圧力には屈しません」
俺の身を案じてのことだろう。
マーリアスは最後まで受け取ることに躊躇している様子だった。
「お母さん、アシェルはすごい人なの。信じましょう!」
それを見かねて、マーガレットが真剣な眼差しでマーリアスを説得した。
そして、しばらくやり取りを経て、躊躇しながらではあるものの、最終的にマーリアスはこれを受け入れた。
これでマーリアスはほそぼそとであるが、パン屋の営業が可能になる。
なかなか苦労はしたが、これで一つ問題をクリアできたはずだ。
終
魔法世界メモ51
王城の直轄地とは?
政治を担う政治系プリビレッジのシュタインファルト派閥、トリキトス派閥は、王城の公有地を割り当てられている。
そこで、平民を雇い、それぞれが食料調達などを独自に行っている。
他方、商業系プリビレッジは純粋に、金と力を用いて、農村地帯を手中に収め、魔術契約を根拠に、食料等の調達をほぼ独占している。
プリビレッジ個人が4派閥に所属するのは必要な物資の調達が派閥単位でなされる仕組みがあるためでもある。




