第49話 踏み込んではならない場所
代弁者となって早くも10ヶ月が経とうとしていた。
仕事に没頭する日々。
怖いくらい順調に成果が出ていた。
新人でありながら、想定外に活躍できている理由は二つある。
1つは、俺自身が前世で近代的な法教育を受けていたことだ。
法も発明であり、磨かれるほど成熟する。
だが、この世界の法はお世辞にも高い水準とは言えず、法的思考力のある人材が皆無である。
平民の多くはまともな教育を受けず、勉学に切磋琢磨するこもないため、学力自体が低いというのも大きな要因だろう。
もう1つは、代弁者といえども平民であり、徹底的に争ってくる者はすくない。
だから、俺と対峙したプリビレッジは意表を付かれたという側面もあると思う。
プリビレッジが権力をたてに、徒党を組み、徹底して潰しにかかってこられると、苦戦するのも事実だ。
今は仕事に余力が出てきて、ようやく自分の時間も作れるようになっている。
願わくば何事もなく、この調子でやっていきたい。
今日は兼ねて約束していたマーガレットの家に行くことになっていた。
交際してもうすぐ3年が経つが、実は彼女の家を訪れるのは初めてだ。
もちろん、それには理由がある。
なんたって、マーガレットの父親は4大プリビレッジの長、ズレッタ本人であり、本来、結婚する相手すら父親の意向に逆らうことが本来難しい。
だからこそ、母親に俺の存在を話しにくいのは当然の心境だろう。
そんな事情もあったため、俺自身もマーガレットの母親と顔を合わせるのは緊張する。
家に向かう道中、マーガレットは心が揺らいでいるのか、なんだか不安そうであった。
「ねぇお母さん、なんて言うかな?」
「きっと応援してくれるんじゃないかな!?」
本音を言うと、俺のほうが不安だ。
もし強く反対されたら、二人の関係がどうなるのか・・・。
だが、これはいつか超えなければならない壁だ。
家に着くと、マーガレットが一呼吸置いてドアをノックする。
すると、ドアが開く。
姿を現したのは、40歳前後の女性。
「はじめまして」
俺は慌てて、挨拶をする。
母親の名はマーリアス。
マーガレットと同じく青いロングヘアーで目鼻立ちがよく似ている。
急な来訪に驚いたのだろう。
一瞬だけ固まってしまった様子だった。
だが、すぐに事情を把握したのか、ニコリとし、声を発した。
「あなたがアシェルさん?」
「え、なんで?」
マーリアスからの意外な言葉に、驚いたのはマーガレットだった。
「あなた、いつも学院での出来事を話す時、アシェル、アシェルって言っていたじゃない?」
俺のことをとっくに認識していた様子だ。
マーガレットはなぜ分かるの?
という驚きを隠せずにいたが、少し赤面した顔を手で隠した。
「そんなところに突っ立っていないで早く入って」
想像とは異なっているが、どうやら歓迎してくれたらしい。
マーリアスから自然な流れで家の中に通された。
「改めまして、はじめまして。アシェルです」
「いつもお世話になっています。
寝言でもあなたのことの名前がでてくるわ。本当に大好きみたいよ」
「もぅ!お母さん変なこと言わないで!」
マーガレットは、交際を隠していたそうだが、さすが母親というところだろうか。
この会話の流れではきちんと話した方が良い。
俺はそう思い、はっきりと告げることにした。
「マーガレットと真剣に交際をさせてもらっています。
このことをご報告をしに参りました」
「あなたたち二人のことを応援するわ」
マーリアスは何の迷いも見せずに即答する。
「でも、私がお父様に逆らったら、お母さんにもきっと・・・」
「あなたが幸せになると思う道を進んでほしいわ。だって母親ですもの」
マーガレットは応援してほしいという気持ちと、今後の不安で心の葛藤がある様子であった。
それでも、マーリアスは躊躇することもなく、交際を容認してくれた。
無事にマーリアスへの交際報告が済み、緊張が打ち解けて、マーリアスが準備してくれた食事を食べながら3人で色々な話をした。
学院での出来事、代弁者になってからの話。
マーリアスと会うのは初めてだったが、そうは思えないほど楽しいひと時を過ごした。
帰り際、マーガレットは外まで見送ってくれ、少しだけ言葉を交わした。
「本当は心配なの。お父様があなたの存在を知ったらお母さんに酷いことしそうで」
「大丈夫だよ。僕が強くなって、君のお母さんのこともきっと守ってみせるよ」
やはり、もっと強くならないといけない。
代弁者としてだけでなく、一人の男としても。
そう誓わずにはいられない夜になった。
次の日、いつも通り、午前の業務を終え、昼休憩をとっていた。
すると、10年目以下の代弁者が自然と集まってくる。
お姉さん的存在のイザベル、チューターをしてくれたトーレス、ジムトリィ、そして、同期のパリシオンだ。
俺を入れてこの5名が若手と呼ばれている。
最近は、こうして代弁者の仲間と軽食をつまみながら談笑をする事が多い。
徐々に若手同士仲良くなっていた。
ここでは他愛のない話をし、リラックスできる。
「ねぇ、アシェルの彼女ってどんな娘なわけ?」
「いや、普通ですよ。普通」
イザベルが人の身の上話に土足で突っ込んでくる。
イザベラは、こういう話にはグイグイ攻めてくる。
「ところで、昨日どうだったの?マーガレットのお母さん」
パリシオンはマーガレットの話題で思い出したのか、昨日の出来事を尋ねてきた。
「なになに?なんか問題でもあるわけ?」
「おい、お前には愛の障害でもあるのかよ」
イザベラとジムトリィがこの話題は逃さないぞとばかりに首を突っ込んでくる。
「昨日彼女の家に始めて行ったんですよ」
あまり語りたいわけではないが、仕方なく話をする。
「で、応援してくれた?」
「なんとかね」
パリシオンとは長い付き合いでこのあたりの事情はよく知っている。
「まぁ、父親が有名なプリビレッジですが、乗り越えていきますよ」
俺がこう補足をすると、ジムトリィがさらに尋ねてきた。
「どこのプリビレッジだ?」
「彼女の父親がズレッタ氏なんですよ」
俺は何気なく事情を話す。
すると、この場にいた先輩代弁者は驚きの表情となる。
「そ、それって。本当に大丈夫ですか?」
トーレスは「ズレッタ」というワードを聞いて、心配そうな様子だ。
悪名の高さは王国随一といっても良い。
ここにいる全員はそのことを危惧しているようだ。
「困ったことがあったら助けてくださいね!」
俺がこう言うと、頷きながらも苦笑いといったところであった。
マーガレットの家に訪れて、一週間が経った頃であった。
この日、仕事を終えて自宅にいると、マーガレットが突然、家を訪ねてきた。
俺の正面に立つマーガレットは浮かない様子だ。
「大変なの。お母さんのお店営業できなくなっちゃった」
「どういうこと?何があったの?」
思わぬ報告であった。
マーリアスはパンをこじんまりと販売することを生業としていたが、パンの材料になる小麦を急に調達できなくなったという。
「どこの卸業者にいっても『あんたに売れん。』の一点張りだって」
絶句してしまった。
しかし、急になぜそんな事態に?
理由が分からない。
いや、考えてみれば心当たりはゼロではない。
このタイミングで起こったということは・・・。
冷静に考えると、ズレッタ派閥のプリビレッジによる妨害の可能性を疑うべきだ。
「お母さんは何か原因について話していなかった?」
「お母さんは私には何も・・・。
もしかしてお父様の手が回っているってこと!?」
心配そうにマーガレットに尋ねると、マーガレットも俺の意図をすぐに汲んだ様子だ。
だが、それにしても解せない。
俺がマーリアスと初対面したのは、ほんの1週間前だ。
当然ながら、マーガレット母娘が話すはずもない。
それなのに、ズレッタ側に俺の情報がすぐに伝わってしまうのもおかしい。
正直、プリビレッジの情報網を侮っていたところもあった。
これからどう対処していくか、対策を考えなければならない。
終
魔法世界メモ49
王国の婚姻制度は?
王国は貞操観念に厳しく、婚姻も一夫一妻制となり、姦通に罰則があるほどだ。
だが、プリビレッジに関しては、妾も黙認されている。有力者ほど、平民の女の妾を持つ者も多い。




