第48話 代弁者のやり方
先日の公証場での事件は、心に引っかかっていたモヤモヤを晴らすものであった。
不条理に抗える力のなかった少年時代。
しかし、今は違う。
改めて代弁者として変革を目指していく決意をもち、今回の事件が背中を押す機会となったのだ。
それからも、平民からの相談に忙しく対応する日々。
特にプリビレッジの不条理に対しては毅然とした対応をとる。
他の代弁者に負けない気持ちで仕事に取り組んだ。
「また公証場に申立をするの?」
ある日、再び公証場に仲裁を持ち込むべき案件があり、その準備をしていた。
そんな最中、先輩代弁者のイザベルが声をかけてきた。
「積極的にやっていきますよ」
俺の言葉に迷いはない。
「あまりやりすぎると、上の人に睨まれるわよ」
イザベルは苦笑いすると、意外な助言をしてきた。
イザベルの話では、1人の代弁者からの公証場への申立は年に3件やるかという程度。
多くの代弁者の考え方は、平民がプリビレッジを相手に全面対決しても、必ずしも良い結果に結びつかないというものだ。
したがって、公証場に申立を行うのはよほどの事情がある場合限り、基本は申立を避ける傾向にある。
だが、俺から言わせれば、そんな姿勢では法が担保する制度を自ら壊すようなものだ。
その姿勢がプリビレッジの横暴を許したのではないか?
そう思うざるを得ない。
ただ、一人の力では世の中を変えることができない。
これは、代弁者協会の風潮を改めていく必要がありそうだ。
今回は、スレリル地区とは異なる別の地区の公証場において、平民の借金問題について仲裁を求めることにしていた。
事案の概要はこうだ。
平民のユージリスがオーラス・クダンというプリビレッジから3万キルスを借り入れた。
借入の条件は、利息が10日で1割であり、返済できない場合にはユージリスの14歳の娘を5年間奴隷落ちとし、借金の肩代わりとするもの。
こうした取り決めは王国では珍しいことでもない。
だが、利息の条件が厳しく、最初から完済できる条件でないことが問題だ。
なぜ、このような無謀な借り入れをしたかのか?
なぜ、自分の娘を奴隷落ちさせることを是としたのか?
その理由は、ユージリスの妻が流行り病にかかり、治療費が必要だったため、やむを得なかったと、ユージリスが涙ながらに語っていた。
幸い、ユージリスの妻は一命をとりとめたそうだが、今でも寝たきりという状態だそうだ。
今回、娘の奴隷落ちを回避するため、どうすればよいか懇願をしてきたのであった。
王令には前世の消費者金融に対する規制のようなものはなく、利息の制限を定めるルールは存在しない。
つまり、こうした取引自体は基本的に当事者の自由意思による合意に委ねられる。
直接的な根拠がない以上、プリビレッジと話をしても良い方向に話が進む可能性は低い。
それならば、一か八か、公証場で奴隷落ちを回避できるような材料を引き出し、返済が可能な条件で、和解する他ないという結論にいたり、公証場に出ることにしたのだった。
この日、ユージリスとナンダン地区にある公証場に赴き、前回と同じ要領で仲裁の申立をした。
そして、しばらくの待機時間を経て、法廷にユージリスと足を進めていった。
「わしは、キース・ルーズベスじゃ。仲裁を始める」
公証人は、立派なヒゲを蓄え、図体がでかい。
だが、ナンダン地区の公証人は、スレリル地区のあの公証人とは違い、少し穏やかな雰囲気を感じられた。
もしかすると、スレリル地区の公証人よりは見込みがあるのか?
これはなんとなくの直感にすぎなかったが、ここでは少しはまともな審理をしてくれる可能性を信じるしかない。
早速、代弁者から相手方のプリビレッジであるオーラス・クダンに対する質問を行う。
オーラスは、表情がぶっきらぼうであり、冷酷な人物という第一印象であった。
「オーラスさんは、平民の所得がどれくらいだと認識していますか」
「月1万キルスくらいじゃないか?」
まず、ストレートに認識を尋ねたが、オーラスは静かに質問に答えていく。
「そうです。この家族も当然、その程度しか稼げないわけです」
「それで何が言いたい?こいつは条件を飲んで魔術契約をした。
それだけの話ではないのか」
オーラスは目を細めて静かに話す。
この人物は、卑劣なタイプというより、理屈が通れば何をしても許されるというタイプに感じらた。
こは少々厄介なタイプだ。
だが、それでも懲りずに質問を続ける。
「返済のアテがあるのか聞いていましたか」
「そんなものは知らん」
「でも、返済が滞ったら、あなた自信も困るのではないですか」
「そんなことはどうでもいい」
あくまでも一貫したスタンス。このままでは埒が明かない。
多少屁、理屈でもこの男の感情面で揺さぶる必要がありそうだ。
「返済できないと、娘が奴隷落ちするわけですよ。
何とも不条理ではないですか?」
「不条理であっても仕方がないだろう。それが魔術契約というものだ」
ここで俺は少し間をとった。
勝負どころだからである。
「2種王令には『何人も他人を不当に貶めてはならない』というものがあります」
「それがどうした?」
急に話が変わったため、オーラスも一瞬戸惑いの表情を見せた気がした。
「あなたは最初から分かって、返せるはずのない利息を要求している。
しかも、その結果は娘を奴隷落ちにする条件をつけて。そして、この不条理を仕方がないと話しました」
「・・・」
俺も自然と早口になり、場の雰囲気が重苦しいものに感じられた。
「つまり、あなたは意図して、できないことを求め、未成年者の奴隷落ちという不条理な結果を作り出している。これを言い換えると、あなたは『他人を貶めようとしている』といえるのではないでしょうか?」
「平民風情がいい気になるなよ!」
ここまでの発言をしたため、さすがのオーラスも先ほどまでの口調から一転し、大きな声をあげる。
ここで、黙って聞いていた公証人が口を挟んでくる。
「落ち着きたまえ。クダン氏もユージリスが返済できないという確信まででなかったのじゃろ?」
「ああ、そうだ」
公証人からはいつものプリビレッジに対する助け舟がでたのであった。
心のなかで、俺は思わず舌打ちをしてしまう。
だが、公証人の様子は、手で頬の右側あたりをかきながら、少し困ったなという表情をしていた。
少しの間、法廷内に静寂の時間が続く。
「返済可能な利息にまで減らすということで手打ちにするのは?」
そのとき、公証人から思わぬ形で提案が出てきた。
「どうじゃろうか。この仲裁で王令の判断をしなきゃいけないのが億劫じゃ」
筋がいいわけではないが、プリビレッジの行為が王令に抵触するという問題提起がなされている以上、白黒つけるのはプリビレッジの王令違反の有無を踏まえる必要がある。
だが、王令の解釈は判例として残るため、責任が重大だ。
そのことが公証人にこのような発言をさせたのだ。
「クダン氏はいかがじゃろうか?その平民に一度チャンスを与えてみては」
「ああ、いいだろう。その代わり納得行く案を期待する」
公証人の提案に、オーラスはしぶしぶこれを受け入れる旨表明した。
この後、公証人の仲介もあり、ユージリス一家が支払えるギリギリの利息まで減額することに合意し、魔術契約を結ぶことで決着した。
ただ、オーラスの要求もあり、今回の条件で支払えなかったときは、娘の奴隷落ち10年に伸ばすという条件がつけられ、これを飲むことになった。
公証場を出ると、ユージリスからは何度も感謝された。
というのも、今回の和解条件でも返済が苦しいことに変わりがない。
だが、14歳の娘が1年も経たないうちに成人し、職業訓練から本格的に将来働き手となる。
そのため、ぎりぎりではあるものの、今年を乗り切れば4年ほどで返済の見通しがつく。
もちろん、ユージリス一家の生活は過酷を極めるだろうが、娘のため、そして、病の妻のためにも死ぬ気で乗り切る覚悟がある旨、俺に約束をした。
こうして、一応ではあるものの、無事に仕事を完遂できたのである。
この出来事からも、俺はハイペースで公証場を活用し、プリビレッジを相手に何度も挑んだ。
もちろん、公証場ではうまく解決できないことも多かったが、プリビレッジや裁く側の公証人に対して、何があっても泣き寝入りしないという強い姿を見せつけることができたはずだ。
俺の姿勢に対して、平民の相談者たちからの声も上々だ。
結果はともあれ、全力でぶつかっていく姿をみて、「よくやってくれた」、「勇気をもらった」という言葉を幾度なくもらえた。
自分でも正しい道を進んでいると実感する
だが、一つ不満もある。
それは自分が奮闘すればするほど、他の代弁者の低調さを感じる点である。
なぜ、立ち向かわないのか?
それが代弁者の役割というのに。
この間、同期の代弁者であるパリシオンから聞いた話がある。
パリシオンはまだ独り立ちできておらず、、チューターの先輩代弁者ジムトリィについて回っている。
「可哀想な人が相談にきてね。僕は公証場にいくべきと話したんだけど⋯」
パリシオンはこう話すと、浮かない表情となった。
どうやら、チューターのジムトリィの強い反対で相談者に泣き寝入りさせてしまったことを後悔しているのだ。
代弁者といっても平民は平民。
プリビレッジに目をつけられると、辛い立場であることに変わりがない。
それだけ、プリビレッジの権力は王国において強大だ。
それでも、パリシオンはこう言った。
「やっぱり納得できない。平民の人、すごく悔しそうな顔だった。
僕も、アシェルみたいに立ち向かいたかった」
同期であり、親友のパリシオンはまだ代弁者としての本心を失っていない。
「パリシオンは真の代弁者なんだね」
「なにそれ?」
このとき、上の代弁者がだめなら、下っ端の代弁者から仲間を募り、この代弁者協会を徐々に変えていくべきだと感じた。
だが、代弁者協会において、少なからず自分に力を持っておく必要がある。
現状の課題が見えてきた。
終
魔法世界メモ48
王国の契約ルールとは?
王令では契約法のようなルールは存在しない。
たとえば、2種王令で「何人も他人を欺いてはならない」、「何人も他人を不当に貶めてはならない」という取引にも適用できる規範はあるが、基本的には合意がすべてであり、力関係による歪みなどを是正する法規範はない。




