第47話 再戦
その日、メホマ、リサリィ親子と共に、決戦の地、スレリル地区公証場を訪れた。
この公証場は、白を基調とした堅牢な建物、見た目に変わりはなかった。
早速、建物に入ると、受付で申立を行い、以前のように、案内された待合室で待機する。
6年前に経験した流れのまま事が進む。
あのときの経験、代弁者として学んだ知識。
今回は十分な準備をしてきた。
それでもこの待合室にいると、どうしても重苦しい気持ちになる。
隣にいる二人はとても不安そうだ。
口数の多い二人は沈黙気味であった。
だが、無理もない。平民がこの場所にくることは人生で一度あるかないかだから。
「二人とも表情が硬いよ。リラックスリラックス」
今回はプロとしてここに来ている。
彼らが冷静に手続きに臨むことができるようしっかりしなければならない。
待機時間はおそらく2時間程度だ。
この間に、手続きの流れとこちらの戦略をしっかり説明し、その時に備えてもらう。
そして、2時間程度が立ち、受付の人に法廷にいくように促され、いよいよその時が来たのだった。
法廷に入ると、相変わらずの光景。
神ソディーネを祀る独特な壁画がでかでかと飾られており、それを背景としてあの公証人が高い位置から見下ろしている。
既に、一度顔を合わせた相手方のアルベルト・エーレスと、そして、公証人のイグニスター・ファベットの姿がそこにあった。
6年ぶりの対面だ。
シワが増え、少し老けた印象をもったが、平民を見下すような表情は相変わらずのものだった。
この公証人は俺のことを覚えているんだろうか?
早速、手続きが始まる。
イグニスターの指揮のもと、メホマとアルベルトに対する人定質問がなされ、続いて血の宣誓に移った。
「神の庇護のもと、偽りを述べることなく、裁定に従うことを宣誓する」
そして、ついに審理が始まる。
「申し立てでは、双方代金に隔たりがあり、1000万キルスと600万キルスで食い違っている点に間違いないか」
まずは争点の確認だ。
「確かに、アルベルトさんから1000万キルスで問題ないと言われました」
メホマは少し緊張した面持ちで、アルベルトとのやり取りを証言する。
これに対し、アルベルトは真っ向から否定する。
「そんな話は記憶にないし、何の証拠もない。でたらめだ」
アルベルトは予想通りあくまでもしらを切る構えだ。
しばらく事の経緯について双方から証言がなされたが、金額に対する認識の食い違いがより鮮明化されていった。
しばらくして、公証人から一言入る。
「これじゃ、どちらが正しいか判断できん。
証明は申立した者にしてもらわないと困るのだが」
公証人がこう発言すると、一瞬だけアルベルトに目配せをしたように感じた。
いかにも「予定通りだ」と言わんばかりのように。
やはりそうきたか。
公証制度は公証人の裁量に委ねられている部分が多く、あくまでも厳格に申立側に証明責任を求めるという発言だった。
ルールとして明確であれば理解できるが、恣意的に判断手法を変えていることが容易に想像できる。
だが、想定の範囲であり、ここからが本番だ。
ここで俺は代弁者としてメホマの代わりに発言を始める。
「公証人、代弁者からいくつか質問をさせてください」
「見ない顔だな。お前は新人か?手短にやるように」
公証人は新顔の代弁者に対して、軽く忠告を出してきた。
どうやら俺のことを覚えていない様子だ。
だが、そんなことはお構いなく、準備通り尋問を始める。
「現在の王都の小麦の流通価格はいくらでしょうか」
「そんなのはまちまちだ」
まず、小麦の価格に対するアルベルトの認識を確認するが、彼は慎重に発言する。
簡単にボロを出せなさそうだ。攻める他ない。
「王都では小麦が不足していますが、価格を釣り上げて販売したことはありますか」
「なんだそれは?愚弄しているのか」
アルベルトは、代弁者とはいえ、平民からの無礼な質問であることに少しムッとする。
「王令でも、食糧品の価格を吊り上げ、暴利を貪ることが禁止されています。
あくまでも念の為の確認です」
「商人の平均的な掛率で販売している!」
アルベルトは語気を強める。
「メホマさんから仕入れた小麦は既に転売していますね」
「ああ、そうだ」
「いくらで販売されましたか」
「営業の秘密だ。言えないわけがない」
しばらく今回の小麦の転売について質問を続けるが、アルベルトはのらりくらりとかわしてくる。
それでもここで勝負をかける。
「調べたところ、シールド商会という店舗が東部産の小麦を販売していました。
王都では東部産の小麦は流通していません。あなたが卸していますよね?」
「…それは記憶にない。何せたくさんの取引先があるからな」
調査をしていたことが予想外だったのだろう。
シールド商会の話を出した瞬間、アルベルトの目が泳いだのに気づいた。
「食糧品の平均的掛率は3割程度とされています。暴利とならない範囲とされています。
特に主食の小麦ですから、先ほどの王令との関係で問題が生じます」
俺がここまで言うと、アルベルトは冷静さを失いつつあった。
シールド商会の販売価格を調査したところ、1キロあたり2000キルス。
とすると、シールド商会はキロ1400キルス程度で仕入れていなければ計算が合わない。
つまり、そのシールド商会に販売した卸売は1000キルス程度で仕入れているはず。
もちろん、いくつもの卸商が入っていればこのロジックは成り立たないが、王国におけるプリビレッジの寡占経済では、中にいる卸商は1つか、2つしか考えられない。
そろそろ、最後の詰めに入ろうとした。
だが、ここで横槍が入る。
「代弁者、質問が長過ぎる。一方的な発言をやめなさい」
イグニスターは咳払いをし、俺からの尋問に割り込んできた。
そして、続けて、イグニスター自らがアルベルトに質問を始める。
「あんたは代金を全く支払っていないのか」
少しだけ間が空く。
「いや、300万キルスを前金として渡している。
商慣習では大きな取引を行う場合、半額を前払いすることになってる!」
あからさまな助け舟だった。
確かに、商慣習では半額を前金で支払うというのが相場なのは知っていた。
つまり、300万キルスの倍額である600万キルスが商慣習上、代金であったものと推論されるという話だ。
一方的な肩入れをする公証人。
相変わらず、同じことを繰り返している事実に、昔の記憶がフラッシュバックし、怒りを覚えた。
だが、じっと我慢をする。このまま引き下がるわけには行かない。
「では、代弁者からはシールド商会を証人として求めます。
誰からいくらで小麦を仕入れたのかを明らかにして白黒をつけるべきです」
「な、なんだと!?」
突然の証人の召喚要求に対し、イグニスターは物凄い形相で俺のことを睨みつけてくる。
だが、徹底的に争い、白黒をつけることが必ずしも良い結果を生むことでないことを理解している。
特に、プリビレッジと平民の力関係を考えると、仮に公証場で勝利を収めたとしても、後にどのような報復が待っているかは分からない。
俺は先ほどまでのトーンを落とし、発言をする。
「メホマさんの仕入れ額を超えるように和解することもご検討ください。
このままではかなりの大赤字です。900万キルスでお願いします」
「いいだろう!商人間の取引は初めから和解が妥当だと決まっている!
仲裁を休止する」
俺の提案に対して、イグニスターはこう述べると、法廷の場から一旦引き上げていった。
「リサリィの言うとおり、君はすごい代弁者だ」
待合室に戻ると、メホマ、リサリィ親子はそろって俺のことを持ち上げてきた。
「シールド商会の件もあるので、それなりの金額を提示すると思います。
一矢報いるためにも800万キルスあたりを提示してくるかと」
代弁者である俺は、宣誓の対象ではない。
だが、明確な虚偽を述べるわけにはいかない。
そのため、メホマの原価である800万キルスであったが、希望する和解額を900万キルスとして、少しふっかけた金額を巧みに提案したのであった。
そして、1時間ほど経過した頃、受付の者から連絡が入る。
「公証人は、800万キルスで当事者間で和解することを奨励しています」
予想通りのラインだった。
これならばメホマも赤字を被ることがないし、アルベルトも十分な利幅を維持できるため遺恨は残りにくい。
メホマはすぐにこれを受け入れ、最終的にアルベルトとの間で魔術契約を締結し、これにて仲裁は終了となった。
以後、イグニスターとアルベルトと俺が顔を合わすことはなかったが、悔しがっている姿が目に浮かぶ。
完全勝利というわけではなかった。
だが、依頼人である平民をプリビレッジの不当な手法から救う事ができた。
その意味では、十分な成果は達成したのだと思う。
それも少年の頃、辛酸を嘗めさせられたあの公証人相手だ。
あの時のリベンジが少しは果たせたのかもしれない。
終
魔法世界メモ47
公証場での宣誓とは?
魔術契約としての宣誓であるため、違反するとプリビレッジといえども重い制裁を受けることになる。
したがって、客観的に虚偽の事実を述べることはできない。
ただし、記憶については主観的なものであるため、「記憶にない」「そう認識していた」という発言があっても、制裁の対象にはならない。




