第46話 公証場再び
今日も代弁者協会で仕事をこなしていく。
実務は毎日が新しいことに満ち溢れている。
なんとも刺激的な日々だ。
先日のレストランフリーに対するプリビレッジの妨害もどうやらおさまったようだ。
少しずつではあるが、仕事の成果も出始めていた。
これからもプリビレッジと平民の歪な歪みを是正できるように尽力していきたい。
「伝書鳥が届いていますよ」
業務を続けていると、受付係から伝書鳥を受け取った。
誰からの伝言なのかは想像がつかなかった。
「うち、リサリィ。今、プリビレッジとうちの親が揉めてる。
一度お店に来てくれん?」
伝言を聞いてみると、学友のリサリィからのものであった。
リサリィは仲の良いグループの女子で、学院を卒業後は財務省で働いている。
しばらく会っていなかったが、恋人のマーガレットは定期的に会っているため、彼女の話を耳にすることはあった。
だが、この話は特に耳にしていなかった。
実家がスレリル地区で調理器具などの金物を卸売しているという話だったが、商売で商業系プリビレッジといざこざが起きたということなのだろう。
早速、仕事帰りにリサリィの家を訪ねてみることにした。
そして、スレリル地区の商業地域の近くまで行くと、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「おーい、アシェルー!」
手を大きく振る小柄なリサリィ本人の声だった。
「久しぶりだね!」
「忙しいところわざわざごめんね。こっちだから」
久しぶりのリサリィは髪を伸ばして大人っぽくなっていた。
だが、テンションは相変わらずで、ノリの良さは変わっていなかった。
店は、所狭しと調理器具が陳列されており、平民の家庭でお馴染みのものが多い印象だ。
店の中で待っていると、50歳くらいの身長の低い男が姿を現した。
「リサリィの話していたアシェル君?」
「代弁者のアシェルです」
「うちの父さん。メホマね」
目元がリサリィと似ており、笑顔多き人という感じだ。
さすが親子、そっくりだった。
「早速ですが、プリビレッジとの問題が?」
本題に入ると、メホマは笑顔が消え、少し肩を落とした。
「普段取り扱わない小麦の売買をしたのだが、代金に食い違いがでている」
メホマが言うには、相手はアルベルト・エーレスという名のプリビレッジで、ハーモス派閥に属する。
アルベルトから、1キロあたり1000キルスで1万キロの小麦を受注したが、納品後、1キロあたり600キルスだと主張し、譲らないそうだ。
「なぜ、本業でない商材を扱ったんですか」
そもそも、金物屋がなぜ小麦をこんな大量に取り扱ったのか疑問が生じる。
「王都近郊では不作で小麦が不足している。
私に遠方の商人にツテがあるのを知っていたアルベルトさんから懇願されたんだ」
詳しく聞くと、王都では不作の影響で小麦の供給が不足し、価格が上昇している。
だが、王国東部地域では小麦の生産量が例年通りであったため、そこから調達し、相場より安価に仕入れたいと考えたらしい。
そこで、メホマに東部地域で小麦を扱う商人が親族にいたので、普段取引をしていたアルベルトがこれを知り、調達を頼まれたという話だ。
「アルベルトさんは金物業界では強い影響をもつハーモス派閥でしたので、断れませんでした」
だが、1000万キルスという大きな取引をするのだ。
商人間の取引であれば当然「あれ」を準備するはずだ。
「魔術契約は結ばなかったんですか」
こう質問すると、メホマは静かに首を振った。
「うちの父さん、アホやろ?」
隣で会話を聞いていたリサリィが呆れた顔でこう嘆いた。
「つまり、プリビレッジとの隔たりは金額にして400万キルスですね」
沈黙した重たい空気の中、話をまとめる。
「前金として300万キルスもらっているのだけど⋯」
メホマの採算ラインは、調達価格と輸送代で800万キルス程度になるそうなので、仮にアルベルトの主張どおり600万キルスとなれば大赤字となってしまう。
つまり、残金700万キルスを払わせることができれば完璧だが、最低限500万キルスはなんとしても支払わせたいところだ。
本人同士では何度も話し合いをしているが、埒が明かないため、俺が代弁者としてアルベルトと接触するということで話はまとまった。
それから3日が経過した。
多少なりのアルベルトという人物について下調べをしたうえで接触を試みる。
アルベルトが経営する店を訪れてみると、小柄で狡猾そうな見た目の男の姿。
メホマから聞いていた特徴と一致しており、アルベルト本人であるとすぐに分かった。
「アルベルト・エーレスさんですね?」
早速話しかけてみると、アルベルトは訝しげな様子で俺を見る。
「何だお前は?」
「代弁者です。メホマさんの件で相談を受けています」
「いつもの代弁者じゃないな?まぁいい。
600万キルスの支払い義務しかない」
アルベルトは、代弁者が訪ねてきたというのに、特に驚く様子もなく、ただ交渉の余地が一切ないとばかりの即答であった。
「不満ということなら、出るところに出ればいいだろ」
アルベルトはこう言葉を吐き捨てる。
メホマの話の通り、肝が座っており、代弁者が直接交渉するのは難しい印象だった。
結局、アルベルトとの話し合いは1分にも満たず終わってしまった。
その後、メホマとは話し合い、もはや公証場に仲裁を申し立てる他ないという結論に至った。
こうして、ついに代弁者という立場で、公証場に向かうことになる。
公証場は、少年のときにこの世界の不条理を教えてくれた場所、そして、代弁者になるきっかけをくれた場所だ。
あの時とは立場も異なれば知識も異なる。
戦うための武器を磨いてきたつもりだ。
しばらくは改めて公証場についてよく調べ、メホマのために仲裁申立の準備を整えていた。
そんなとき、あの人物が声をかけてきた。
「公証場に行くらしいな。今回が初めてか」
「代弁者としては初めてですね」
代弁者のネフィスだ。
ネフィスは俺を代弁者に導いてくれた人物。
そして、少年の頃の公証場での出来事を唯一知っている代弁者だ。
「あれ以来か」
ネフィスも少し感慨深そうであった。
せっかくの機会であったので、ネフィスからも情報収集をしておくことにした。
「スレリル地区の公証場になりますが、あそこの公証人は変わっていませんか」
「イグニスター・ファベット氏のことだな?変わっていない」
王都には5つの地区ごとに、公証場があり、居住地の公証場に申立を行う必要がある。
メホマの自宅がスレリル地区であるため、奇しくもあの公証場で、あの男と再び相まみえることになる。
あの公証人の名前と、アルベルトと同じハーモス派閥のプリビレッジであることをこのとき初めて知った。
プリビレッジの派閥の団結は強いと聞く。これは物凄く嫌な予感がする。
チューターだった先輩代弁者のトレースが心配をしてくれてか、声をかけてくれた。
「早くも公証場の案件をやるのですか」
「そうですね」
トーレスからも公証場に対する代弁者の向き合い方を聞いた。
代弁者が公証場にいくような案件は、一人につき年に数回あるかないか程度であること、やはり、プリビレッジである公証人はあくまでもプリビレッジ側に肩入れする傾向があることなどを聞いた。
「それで、何か作戦でもあるのですか」
「宣誓がありますので、明確な嘘は罰せられるリスクがあります。
なので、尋問でプリビレッジを詰めていく他ないですね」
お互いの見解が異なっている以上、どちらが正しいかは、双方の証言を獲得し、白黒つける他はない。
つまり、俺は公証場で尋問を成功させる以外、勝機はないだろう。
ただ、どのように証言を引き出すかは難しいのも事実だ。
そして、ついに公証場でのリベンジの日がやってきた。
今度はあのときと違う結果に導くことができるのだろうか?
代弁者としての真価が問われる。
終
魔法世界メモ46
公証場の位置付けは?
公証場は、私人間の紛争があるとき、仲裁という形で権利義務を強制的に確定させる制度である。
仲裁を受ける権利は王国民に保障されているが、審理過程などがプリビレッジが担う公証人の裁量に委ねられているため、王国民からの信頼を得られておらず、利用件数は人口に対して多くはない。




