第45話 代弁者の初陣
魔法世界メモ45
王国の経済活動の統制は?
王令では経済活動をターゲットにしたものはなく、ルールは特にない。
独占禁止法や各種営業の規制がないため、商業系プリビレッジが資金と権力で多くのビジネスを寡占し、健全な競争が働いていない。
代弁者になって早くも半年が経過した。
チューター制度のおかげもあり、代弁者の仕事に馴染みやすかった。
そして、代弁者としての最低限の知識・技能を得ることができたと実感する。
ちょうどこの頃から、チューターをしてくれた先輩代弁者のトーレスから外れて独り立ちとなった。
通常は一年ほどはチューターにつくことになるが、俺の場合、覚えが早いためか、異例のスピードでチューターが免除となったのだ。
そのため、今は一人、慣れないながらも平民からの相談業務に追われる日々だ。
「近所の家から夜になっても騒音がおさまらず、困っています」
これは30歳前後の女からの相談だ。
「王令に『何人も他人の生活の平穏を乱してはならない。』という定めがあります」
魔法による強制力をもつ第1種王令は数が少ないが、生活の守るべき規範、私人間の権利関係の調整については、前世ほど緻密でないものの、第2種王令で一定のルールが決められている。
そのため、正しく王令を解釈し、事案にあてはめて結論を導いていくことが相談業務の核である。
これはまさしく前世でやりたかった法律相談業務だった。
「近所の人に王令のことを説明してみてください。
そうすれば、少しはおさまるのではないかと思います」
「代弁者さん、有難うございます!」
女が深々とお辞儀をし、協会から帰っていった。
徐々に、頭の中に王令の知識が蓄積され、手応えを掴みつつある。
もちろん、走り出したばかりの新人であり、力不足感は否めないが、自分としては仕事にやりがいと充実感を覚えていた。
そんなある日、いつものように仕事を終えて自宅に帰ると、姉のカナディから不意に相談を持ちかけられた。
「お店に言いがかりしてくる人がいて困っているの」
お店とは以前から世話になっているカナディの働くレストランフリーのことである。
食用油を使った料理が大ヒットし、一躍王都でも大人気のレストランとして名を轟かせている。
「それってどんな言いがかり?」
「うちの名物料理を食べて、体調が悪くなったって!」
油で揚げた料理だから、食中毒が起こるとは考えにくい。
一体どういうことなのだろうか?
カナディからクレームの内容を詳細に聞いても、全然ピンとこない。
「それで、その人はレストランに何か要求してきているの?」
「う、うん。プリビレッジの人がやってきて、レシピと材料を開示せよと要求してきたわ。
食中毒の原因を調べる必要があるからって⋯」
カナディはこう言うと、少し不安そうな表情だった。
出る杭は打たれるとはいうが、いよいよレストランフリーもプリビレッジに目をつけられたということなのだろう。
カナディには自分が動くようにする旨告げ、早速対策をとることにした。
そして、まずは食用油をレストランフリーに納入するユリウスと話をすることにした。
「食用油作りは順調?」
「よ!順調だね。今日はどうした?」
幼馴染のユリウスは、15歳で食品加工の職に就き、すっかり技術者として逞しくなっている。
ユリウスは、俺が王国中枢養成学院に入学して以降、完全に引き継ぎ、食用油作りを一人で回している。
今でも利益の20%をライセンス料として俺に払ってくれている。
本当にユリウスには感謝の思いだ。
せめてトラブルのときには、ユリウスの役に立ちたい。
ユリウスに今回の経緯を説明する。
「プリビレッジに目をつけられたってことか。そろそろとは思っていたよ」
ユリウスは意外にもこの事態を想定していた。
ユリウスの落ち着きに、逆に俺の方が少し動揺したくらいだ。
「で、アシェルはどうやって解決してくれるの?」
ユリウスはニンマリと俺のことを見ている。
なんだか全幅の信頼を感じ、今度は少し照れくさくなった。
こうして、この問題にどう対処すべきかユリウスと入念に対策を練った。
ユリウスとの別れ際、レストランフリーのオーナーであるシューストに、クレームを入れてきたプリビレッジが来店したときには、納品業者の名を告げ、レシピや材料の詳細は何も知らないのでそちらに聞くようにと言伝した。
後に、シューストから聞いた話では、プリビレッジはズレッタ派閥に属するケリー・ウイーグという人物であることが分かった。
どうやら、飲食業を生業とする商業系プリビレッジのようだ。
魂胆は最初から分かっている。
レシピと材料を自分のものにしようということだろう。
実に、プリビレッジらしいやり方をとってきたというところだ。
その後、数日が経過し、自宅でカナディから例のプリビレッジが来訪したので、作戦通り、シューストがユリウスのところに行くように伝えた。
いよいよ本人と対峙するときだ。
そして、次の日のことだった。
いつものように協会で代弁者業務を行っていたところ、伝書鳥が届けられた。
その内容を聞くと、ユリウスからケリー・ウイーグがついに訪ねてきたという連絡だった。
そこで、俺は満を持して、急いでユリウスのもとに向かった。
そして、ユリウスの作業場にたどり着くと、人だかりができていた。
「ユリウス!この騒ぎは?」
「このプリビレッジの方がうちが納入する商品のせいで食中毒が起きていると言うんだ」
俺がわざとらしく事情を尋ねてみたところ、ユリウスもこれに合わせるように答えた。
「なんだ、お前は?部外者は引っ込んでいろ」
これがケリー・ウイーグ本人のようだ。
白髪頭で、ザ・商人という身なりの人物である。
「私は代弁者です。私人間のトラブルが生じているので、事情を伺いたいと思います」
「お前は代弁者なのか。ちっ」
代弁者は私人間の争いごとに介入する権限が王令で明確に謳われている。
それが例え、プリビレッジと平民の間でも同様だ。
そのため、代弁者の存在を無視して話を進めるわけにはいかない。
「レストランフリーという店で食事をした者が食中毒を起こした。
だから、調査に来た」
少し苛立った表情でこう告げてくる。
「では、食中毒があったことを当局に申告したほうがよろしいのではないでしょうか。
別に、あなた自身が直接調査する必要もないかと思いますが?」
俺の言葉に対し、ケリーはすぐさま反論をする。
「それは不要だ。俺の家族や従者が立て続けに食中毒になったんだ。
これはあくまでも私人の問題だ!」
さすがはプリビレッジといったところか。
苛立ちながらも一応理屈を繰り出してくる。
「じゃあ、ユリウス、材料をみせてあげて」
俺がユリウスにこう指示すると、ユリウスは容器に入った食用油を差し出した。
ケリーはこれを手に取り、見慣れない液体を観察すると発言した。
「この見たことのない妙なものが食中毒の原因に違いない。
この材料は一体何だ!?」
本音では食用油の正体に興味津々といったところであった。
「僕も食していますし、安全ですので教える必要はないかと思います」
「とにかく教えろ!うちの者が被害にあっているんだぞ」
ユリウスがやんわりと拒否したが、それでもケリーは詰め寄ってくる。
このようなやり取りがしばらく繰り返された。
そろそろ俺が出る頃合いか。
「先程から食中毒とおっしゃられていますが、具体的症状を教えてください」
俺がケリーにこう質問をしたところ、ケリーの後にいた者たちがケリーの指示に従って、その回答をした。
「食事をして30分ほどで、お腹に激しい痛みと吐き気がありました。
2時間くらい気持ち悪かったです」
ケリーはこの場に従者を3人ほど引き連れてきていたが、その3人が食中毒を申告する者であった。
そして、3人とも似たような証言をする。
「つまり、共通点は30分程度で症状が出たということですね。
食あたりと嘔吐の症状も同じ」
「何が言いたいんだ?」
ケリーは俺の発言の意図がみえていない様子。
「つまり、症状は短時間で生じ、かつ、明確ということです。
実験してみればわかるのではないかと思います」
「は?実験だと?」
俺からの突然の提案に対して、ケリーの表情が一瞬曇った。
だが、それを隠すように声を荒げ始めた。
それでも意に介さず、俺はこう続けた。
「目の前でこの液体を食べてみましょう。
平民10人が同時に食べてみるのはいかがでしょう?」
俺がこう言うと、ユリウスに事前に用意させていた軽食と、近所の平民を連れて来るように指示した。
ケリーはぐうの音もでないのか、顔をしかめ、これ以上言葉を発することはなかった。
「揃ったよ!」
ユリウスは10分程度で準備を終える。
近所の平民にはあらかじめ、協力を承諾してもらっていた。
「それでは皆さん、パンにたっぷりと食用油をつけて食べてみてください」
俺の音頭に対し、近所の平民10名が一斉にパンと食用油を口にする。
もちろん、俺とユリウスも同様に口にして見せる。
これを食べた者はみんな口々に「おいしい。」と声を揃える。
「食べ終わりましたら、1時間程度待機してもらえませんでしょうか」
平民たちはその場に留まってもらい、観察をすることにした。
ケリーたちもこの場に30分ほどとどまっていたが、しびれを切らしたようだ。
「もういい!帰る!」
こう言葉を吐き捨てると、連れてきた従者たちを連れて引き上げていった。
この瞬間、俺とユリウスはお互いの目を合わせて、勝利を密かに喜びあった。
こうして、プリビレッジから食用油のレシピを守ることができた。
商業系プリビレッジは豊富な資金と権力で強引に商売を推し進める者が多い。
平民に商売敵が出ると、このように不当な妨害をしてくる例も後を絶たないと聞いている。
本来であれば自由競争の中で商売が育ち、ひいては王国の経済を発展させる礎になるのだが、商業系プリビレッジがこれを阻害している。
これからは、代弁者として、この経済面の歪みを正していく必要がありそうだ。
終




