第44話 理事会
この日、代弁者から提出されていた陳情を選定すべく理事会が開かれた。
理事会は、代弁者協会の最高意思決定機関である。
6名の理事と協会長を加えた7名の合議体で構成され、ここで陳情の採否から代弁者の人事まですべての物事を決める。
陳情選定のプロセスはこうだ。
まず理事会で各代弁者の案を評価する。
そして、採用の可能性のある案をいくつかに絞り、その案を作成した者は1人ずつ理事会に呼ばれ、質疑応答、そして、最終審議となる。
例年であれば、5個前後に絞られて、最終的には2、3個の陳情が王城に提出される。
つまり、呼び出しを受けることになれば、約30の案から最終選考に入ったということになる。
この日ばかりは、代弁者が多く集まっているためか、協会内はいつもと違う雰囲気だった。
普段は顔を合わせない代弁者も多いため、少しよそよそしい空気が流れていた。
既に理事会が始まって3、4時間が経過した。
さすがに動きがあってもおかしくない頃合いだ。
最終選考に入っていれば受付係から声がかかる。
だが、いつ呼ばれるのかも分からないし、既に全員が呼ばれているのかもしれない。
時間が決まっていないので、どうしてもソワソワするし、仕事が手につかなかった。
「アシェル、もう3人呼ばれそうだよ」
そんなとき、休憩のために俺の元を訪れてきたパリシオンがこのように話をもってきた。
例年は5人程度というだけであって、今年は3人しか選ばれない可能性がある。
パリシオンからそんな情報も耳に入ってくるため、少々諦めの境地に入り始めていた。
あんなに頑張ったのに⋯。
残念な気持ちを自分の中で徐々に整理し始めていた。
だが、その瞬間は突然やってきた。
「アシェルさん、部屋にきてください」
パリシオンが去ってからすぐに受付係から理事会の部屋に向かうように告げられたのだ。
突然の朗報に、喜びの気持ちと、これから受けるであろう理事会での問答に少し不安を持ちながらも、急いで部屋に向かった。
そして、中に入ると、7人の理事が待っていた。
協会長テレスを中心に、円形のテーブルに7人が腰を下ろす。
そこに一人ぽつんと立たされる俺。
まるで圧迫面接というやつに似ている。
なんとも重苦しい空気だ。
「君の陳情案を理事会で討議した。好意的な意見も多かったが、反対意見もあった」
こう切り出してきたのは、最年少理事のネフィスだ。
普段は親身に話をしてくれるが、理事会の場ということもあり、少々他人行儀であった。
ネフィスの説明では、俺の案の懸念点として、急に税制が変わると、これまで苦労して納税してきた者の公平性が損なわれるとの反対意見が出たようだ。
「税は信頼があって成り立つ。急な変更はその信頼を裏切ることにならないか」
続いて、理事の一人であるトルキシアがその問題点を指摘した。
このトルキシアという人物はベテランの代弁者で、いかにも偉そうな態度であったが、実力は確かと聞く。
そして、彼が現協会長の路線を引き継ぎ、後継者になるとも言われている。
「もちろん、その側面はあります」
予想はしていた質疑ではあったが、緊張もあり、言葉が止まる。
だが、自分なりに検討を重ねてきた案である。
ならば、自然体で自分の考えを理事に伝えよう。
そう自分に言い聞かせると、不思議と緊張がとけ、自然と言葉が出てきた。
「ですが、例えば子供を3人以上成人にした者の税率は変えないなどの措置をとり、一定の範囲で調整が可能と思います」
税制度の変更による不平等を100%吸収することはできないが、措置次第ではそれを緩和することは可能だ。
結局、どの程度の案配がより合理的かという話になる。
「つまり、君の認識では公平性の問題はでてこないと?」
「いいえ、そうではなく、制度を変えることで得られるメリットと比較し、許容できるレベルにまでデメリットを下げられます」
その後も、力強い口調で弁を続ける。
しかし、次に理事の一人、バッハが別の視点を持ち出してくる。
このバッハという人物は、理事会の中では中堅であるが、現協会長と距離をとる代弁者とされる。
「子供がいない者や両親が既に他界した者には単純に増税になる。その者たちはどうやっても損をするじゃの」
どこか遠い目をしながらも、不敵な笑みを浮かべたバッハがこう指摘をする。
これはもっともな指摘である。
非労働者の税を労働者に負担させるので、非労働者が家族にいる場合とそうでない場合は事実上損得が分かれてしまう。
だが、それでも。
「人口を維持し、国力を保つには子供の数が不可欠です。
そこは王国全体の利益のため泣いてもらうことになります」
どの世界でも国策として人口を維持できなければ繁栄は続かない。
少子化となった社会においては、自然にそれを止めることは難しい。
国力を維持するためにも一定の政策をとり、そこから生じる個の不利益を凌駕する全体の利益がそこにあるのであれば正当化されるべきなのだ。
俺がこう述べると、「ふむ」という声がどこからか聞こえてきたものの、理事からはこれ以上の質疑がでてくることはなかった。
「アシェル、下がって良い」
協会長の言葉があり、こうして部屋を出ることになった。
その後の後の流れは、理事会の中で質疑をした結果を踏まえて陳情案の最終審議が行われる。
この段階で採用される確率は50%以上であり、期待感は徐々に出ていた。
自席に戻ると、パリシオンが心配そうに俺のことを待っていた。
「どうだった?」
「重苦しかったよ。でも、出し切ったよ」
偽りのない本音であった。
言いたいことはちゃんと伝えられたので、思いの外清々しい気持ちになった。
もちろん、結果を聞くまでは何かもが落ち着かない。
まるで試験の合格発表を待っていたときの心境だ。
そして、いよいよ理事会で採用された陳情が発表される頃合いになった。
理事会が行われていた部屋の前で、今年採用された陳情案が掲示される。
そのことは分かっているが、あえて見にいくのをやめ、自席で待機し、仕事を続けた。
すると、パリシオンが慌てふためいた様子で部屋に戻ってきた。
「おめでとう!」
「まさか?」
パリシオンの一言は、俺の陳情が採用されたことを告げるものだった。
それでも自分の目で確認するまではまだ信じられない。
俺は、急ぎ足で掲示の前に向かった。
「ほんとだ!ある!」
そこには俺の陳情が採用されたことを告げる掲示が貼り出されていた。
自信がなかったわけではない。
だけど、確信まではもてなかった。
3ヶ月の苦労が報われたと思うと、とても嬉しかった。
しばらく感慨にふけっていると、協会長が姿を現した。
「アシェルよ。なかなか良い陳情だったぞ。ほっほっほっ。」
協会長は視線を合わせてこなかったが、称えてくれた。
こうして、陳情の採用は俺にとって代弁者としての初めての成果となった。
新人が結果を出せるほど甘くはない世界。
それでも、1つ仕事をやり遂げることが出来た。
ほんの小さな一歩。されど着実な一歩。
その一歩がもしかすると、この不条理な世界を変えるきっかけになるのかもしれない。
終
魔法世界メモ44
協会理事の選定は?
理事会は協会長を含む理事7名で構成される。選挙で選ばれる協会長が理事を選定するが、年功序列の慣例もあり、自分に近い理事で固めることができるわけでない。




