第35話 届かない声
ううう……。
マーガレットは自宅で一人、泣き崩れていた。
あの日、アシェルがプリビレッジ殺害容疑で連行されたという情報が、学院内で一気に広まった。
この衝撃的な出来事を、一人で消化するのはあまりにも辛い。
それでも、マーガレットにはアシェルが犯人ではないという確信があった。
―あなたは、私に立ち向かう勇気をくれた
「今度は私があなたを守る番。泣いてばかりはいられない!」
マーガレットは胸に込み上げる想いを押し固め、決意を新たにした。
アシェルが連行された翌日、マーガレットは無心のまま学院へ向かった。
その目的は、事件に関する情報収集だ。
事件から二日が経っていたが、学院はいまだ事件の空気に包まれていた。
そんなとき、マーガレットは担任のラフィーナの後ろ姿を見つけ、声をかけた。
「ラフィーナ先生!」
「……なんだ?」
マーガレットは意を決し、問いかける。
「事件について、何か教えていただけませんか」
「捜査中だ。何も話せない」
ラフィーナはそう言い残し、マーガレットを振り切るように立ち去った。
信頼しているラフィーナの冷たい態度にマーガレットは少し落胆した。
昼休み、マーガレットはいつもの仲間たちと集まっていた。
「アシェル……犯人なんやろか」
「そんなはずないだろ。俺たちまで疑ってどうする」
不用意なリサリィの言葉に、パリシオンが珍しく声を荒げた。
「落ち着け。何かの間違いだ」
「ああ。アシェルが人を殺すなんてありえねえ。裏があるはずだ」
ラリオンとフューゲルも、アシェルを疑う様子は一切なく、冷静に言葉を発した。
「何かできることはないかな」
「できることと言われても……」
ヒルメスがこう前のめりになるが、ガリンソンの言葉どおり、誰も具体案を出せずにいた。
「マーガレット、大丈夫?」
「うん……ありがとう」
フリーラは心配そうに、マーガレットの様子を気にかけている。
そのとき、マーガレットは意を決して一歩前に出た。
「みんな、お願い。手分けして情報を集めてほしいの」
頭を下げて頼むと、その場にいた全員が迷いなく頷いた。
こうして仲間たちは静かに動き出した。
教室に戻る途中、そんな彼らに心ない声が耳に届く。
「前から思ってたんだよ。あいつ、危ないやつだって」
「だよな。アシェルって変だったし、やりかねない」
イーゲルとフォールスが、あえて聞こえるように言い放つ。
普段あまり接点のない平民学生だ。
マーガレットの胸に怒りが込み上げる。
だが、ここで騒ぎを起こしても、事態は悪化するだけだと彼女は踏みとどまった。
しかし、隣にそれを我慢できない男がいた。
「おい、てめぇ! 今なんつった! ろくに知らねぇくせに!」
フューゲルが鬼の形相で怒鳴りつける。
その迫力に圧されたのか、二人は言葉を失った。
その後、学院内で時間の許す限り、マーガレットたちは手分けして情報収集を続けた。
それでも事件について親切に話してくれる人間はいなかった。
だが、数日後、ようやく事件の概要が見えてきた。
判明したことは、犯行時刻、魔導具を用いた殺害方法、そして計画的な犯行であったという点だった。
「マーガレット、あの日って……」
「うん。あの日はずっとアシェルと一緒だった。
その前はニコル殿下と一緒だった……。あの時間に動けるはずがない」
リサリィとマーガレットは、確信を深める。
「アシェル、何か持ってなかった? 例えば魔導具とか」
二人は首を大きく首を振った。フリーラの問いに、さらに自信が強まった。
善は急げ。
三人はすぐに、学院内に詰めている国王近衛隊の男に話を持ちかけた。
「すみません。この前の事件のことでお話が……」
「学生か。何の用だ」
マーガレットは必死に、男にアリバイの事実を伝えた。
「わかった。責任者には伝えておく。必要なら、改めて呼ぶ」
反応は悪くなかった。
これで、アシェルは戻ってくる。
マーガレットは、そう信じていた。
だが、それから数日経ってもアシェルが戻ることはなかった。
「どうなってるの……!」
マーガレットは、思わずリサリィにきつい口調でぶつけてしまう。
改めてラフィーナに状況を尋ねると、予想外の答えが返ってきた。
「アリバイ? 何の話だ。王城の牢獄にいると聞いている。
アシェルのやつ、自白もしたそうだが」
冷ややかな言葉に、マーガレットは言葉を失った。
その夜、マーガレットは一人、頭を抱えていた。
このままでは、アシェルに二度と会えない。
そんなの、耐えられない。
こうなったら、もうあれしかないわ。
その翌日、マーガレットはフリーラとリサリィを学院の裏に呼び出していた。
いつもは清々しい風が通るこの場所。
だが、今は無風で少しどんよりしている。
「……大事な話があるの」
二人は、マーガレットの思いつめた表情を察し、息を呑む。
「私、王様に直訴しようと思うの」
「マーガレット、やめて!」
「お願い、考え直して!」
平民の直訴は重罪だ。
フリーラとリサリィは間髪入れずに必死に制止を図る。
必死の説得。だが、今のマーガレットには届かなかった。
「二人の気持ちは嬉しい。でも、やるしかないの」
説得する二人に対し、マーガレットは静かに話した。
そんなマーガレットの覚悟を悟り、リサリィが口を開いた。
「……だったら、うちも行く」
「リサリィ……!」
だが、そんなリサリィに対し、フリーラが冷静に割って入る。
「落ち着いて。すぐ処刑されるわけじゃない。まだ時間はある」
フリーラは静かに続けた。
王国で処刑の事例は少なく、仮に処刑の場合でも相当な時間を置くものとされる。
ただし、平民の処刑執行の前例はない。無期奴隷の刑が事実上一番重いためだ。
「もし無罪になったとき、あなたたちがいなかったら……アシェル、どう思う?」
フリーラの言葉は、二人の胸に深く刺さった。
「アリバイは確かにある。今は、ニコル殿下を通じて働きかけるべきよ」
マーガレットは深く息を吸い、ゆっくりとうなずいた。
「ニコル殿下は、事件後も学院に来とるらしい。尋ねてみよう」
リサリィから、貴重な情報がもたらされる。
衝動に任せた行動を抑え、今は耐える。
マーガレットはそう思い直したのであった。
終
【魔法世界のメモ35】
王国の刑罰は?
プリビレッジと平民では刑罰の内容が少し異なる。
最高刑が死刑であることは同じであるが、プリビレッジの場合、無期、有期の投獄となる。これは魔力資源を有効に獲得することが狙いでもある。
平民の場合は、第一種王令による魔力干渉があるため、国家転覆や殺人という重い行為が起こることはない。暴行すら起こらない。
そのため、盗みや金銭の未払いなどが中心であり、刑罰は無期、有期の奴隷刑にとどまっている。




