第34話 仮の自由
身柄を拘束された日、牢獄の中、俺は一晩必死で考えていた。
ウィル・ハーモスらを殺害した真犯人は誰なのか?
だが、彼らの交友関係も分からないし、犯人の動機も想像がつかない。
与えられた情報だけで何かを導くにはとても足りない。
これは長丁場の戦いになりそうだ。
だが、これからどんなひどい目が待っているのだろうか?
この世界には、基本的人権なんて言葉はない。
取り調べには拷問が待っているのかもしれない。
徐々に自分の心が弱気にもなり、背筋がゾッと冷たくなる。
前世の自分ならきっとこの境遇であればすべてを諦めてしまっていただろう。
それでも脳裏に浮かんでくる家族の姿、恋人の姿、仲間の姿。
みんなのところに帰りたい。あの学院での生活を取り戻したい。
この気持ちは絶望よりも前にはっきりと出ていた。
だから、何があっても、やっていないことを「自白」だけはしてはならない。
自分の置かれた状況を理解し、自分の中でこう腹をくくった。
そして、次の朝を迎えた。
当然ではあるが、ほとんど眠れていない。
だが、ここで気持ちを切らせるわけにはいかない。
いつ取り調べが来てもおかしくないのだから。
自分を強く保つ必要がある。
それでも、覚悟とは裏腹に、いつまでたっても取り調べが始まらない。
窓もないため、時間は分からないが、感覚的には昼を過ぎた頃合いだ。
一体なぜ?
結局、この日は一切、取り調べも何もなく終わった。
平民と思われる看守が2回だけ入口までやってきて、簡素な食事と水を置いていったのみであった。
さらに次の朝を迎えた。
さすがの俺も疲労で集中力が切れかかっていた。
そのときだった。遠くから足音が聞こえてくる。
鈍い男を立てる足音は看守のものではないことがすぐに分かった。
ようやくその時がきたのだ。
「出ろ。ついてこい」
予想通りの言葉を告げられると、建物の中を移動させられる。
だが、一昨日の取調室を超えてなぜか外に連行されていく。
「乗れ」
そう一言だけ。
学院から護送されてきたものと同じ車に乗せられる。
どうやら、再びどこかに移送する意図のようだ。
外の様子がわからない中、車に揺られながらどこかに向かって進む。
重い空気は相変わらずだった。
そして、今回も1時間程度の乗車であった。
車が停まると、国王近衛隊の男からいきなり、目隠しを付けられた。
目隠しはさすがに⋯。
この行動には動揺したが、それでも言葉を発することはやめた。
果たして、俺の目に次に映るものは一体なんだろうか?
想像したくはないが、きっと望ましくない光景なはず。
絶望の淵に立つとはこのことだろう。
何も視界がない中、誰かに手を引かれて歩かされている。
車の外を歩いていたが、どこかの建物に入ったということくらいしか分からない。
15分ほど暗い中歩いていたのだが、突然足が止まった。
いよいよその瞬間だ。目隠しがはずされる。
これほど緊張することは一生ないというほどに心臓がなり響いている。
そして、俺の目に光が当たっている感覚をもった。
眩しい。
目が光を嫌ったため、目を細めた後、ゆっくりと目を開き、眩しさに目を慣らしていく。
そこに映ったものは⋯。
「ん?ニコル?」
一瞬、目を疑った。
あのニコル・アーステルドが俺の目に映ったのである。
「アシェル、お疲れ様」
ニコルがそう言うと、いつもどおりニコニコした表情で俺を見ている。
「これはどういうことでしょうか!?」
強い口調で問い詰めると、ここに連れてきた国王近衛隊の者が答える。
「殿下が、お前の無実を証明なされた。だから、ここで釈放だ」
どういうことなのかわけが分からなかった。
「僕が君のアリバイを証明したのさ」
俺が唖然としていたところ、ニコルがそう言葉にした。
だが、それでもこの状況は飲み込めない。
ニコルは混乱している俺の様子を見て、「こっちにおいで。」といって、とある部屋に案内した。
ここは一度も訪れたことのない地下の部屋だ。
「そこに座って」
ニコルの言われるままに、椅子に腰掛ける。
少し落ち着きを取り戻した俺の様子を確認し、ニコルは今回の件について説明を始めた。
「事件の日、君の行動をみていたんだ」
ニコルが何を言っているのか意味がわからなかった。
「ほら、女子二人に囲まれてハーレムみたいに楽しんでいたあの時間。
あのときのことだよ」
事件の時間はおおよそ取り調べで知っていたし、その時間はマーガレットとリサリィといたのも事実。
でもそれをニコルが知っているのはなぜ?
「使い魔だよ。小鳥をよく見なかった?」
その瞬間、思い当たる節が頭に浮かんだ。
あの雀のような鳥?
最近、よく目にしていた不自然な鳥であった。
それでもまだ腑に落ちない。
「悪かったね。でも仕方がなかったんだ」
俺の疑問を先前回りしたようにニコルが弁解を初めた。
ニコルが話すには、王城が俺を監視対象にしているという。
どうやら平民の魔力持ちだからのようだ。
まさか四六時中、俺のことを見ていたなんて。
ともあれ、無実は予想外の展開によって、晴らされることになった。
それからしばらくニコルと談笑をしつつも、今回の事件について情報を整理していた。
そんな会話が続く中、急に部屋のドアが開く。
俺が目を送ると、そこにはラフィーナの姿があった。
「ラフィーナ先生!」
「元気だったか」
ラフィーナがどうしてここに現れたのか、さっぱり事情が飲み込めない。
俺が不思議に思っていると、ニコルが話を切り出す。
「ラフィーナ先生は学生のことを一番把握されている。犯人は学院内部にいる。
だから、先生にも協力してもらう必要があるんだ」
なるほど、そういうことなのか。
担任のラフィーナがここに来た理由に一応の納得はした。
「犯人の目的って何なんでしょう」
俺がふと疑問を二人にぶつけてみる。
「私怨によるという線はまずないだろう。被害者はまだ14歳の子供だ」
ラフィーナは、犯行状況から計画的で強い殺意があったと思われるものの、私怨とは別のものだと見ているそうだ。
しかし、私怨でないとすると動機は一体なんだ?
ウィル・ハーモスは、プリビレッジ四大派閥の家柄なので、権力争いということも考えられるが、いくらなんでも子供相手にそこまでするとも思えない。
「一つ言えるのは、学院内でリスクを犯しても実行するほどの強い動機は必要ですね」
ふと浮かんできたことを発言すると、二人は食い入るように俺の顔を見る。
だが、これ以上は具体的に何も見えてこない。
依然動機も犯人像も分からない。
ただ言えることは学院関係者の可能性が高いこと。
3人は考えを巡らせた続けたが、やがて沈黙した。
「しばらくは捜査で新しい情報がでてくるのを待つ他ないね」
ニコルがこのようにまとめ、この日の話し合いは終了ということになった。
俺は丸2日拘束されていたこともあり、疲れが溜まっていた。
家族たちのためにも一度帰宅をしたかった。
しかし、ニコルからは思わぬことが告げられる。
「君にはしばらくここで生活してもらうことになるから」
ニコルの発言の意図が分からなかった。
家族や仲間、それにマーガレットが俺のことを心配している。
早く無事を伝えなければならないのに。
「なぜですか?」
俺は語気を強め、ニコルに問い詰める。
「アシェルが犯人であることは学院内でも知られている。
真犯人を油断させるためにも、当面犯人であることを演じてもらいたいんだ」
これはまさかの通告であった。
「そんなー。軟禁生活ですか」
「これは王城と学院の判断だ。当面、学生は早い時間に帰宅させる。
夕方以降ならば学院の敷地に出てもいいぞ」
ラフィーナは冷たい言葉を出しつつも、多少のフォローをしてきた。
だが、この二人に何を言っても無駄そうだ。
一刻も早く真犯人にたどり着かねば、俺の学院生活は戻ってこないということのようだった。
終
【魔法世界メモ34】
使い魔とは?
魔力の扱いに秀でた者の中には、主に小動物を意のままに操り、目にすることができる者もいる。
本人との間で一定の距離を離れると、それも難しくなるが、使い手によってその範囲は個人差がある。




