第32話 日常の裏側で
変わらない平穏。
学院内では時間がゆったりと流れていた。
この日も講義の後、第二王子のニコル・アーステルドとの日課の談義だった。
それを終えて建物の外に出ると、そこにはマーガレットとリサリィの姿があった。
「遅い!王子様といつまで遊んでいるわけ?」
リサリィはお冠の様子だ。
実は今日、帰り道、三人でご飯を食べにいくと約束していた。
どうやらすっかり待たせていたようだ。
「ごめんごめん」
「こんな可愛い女の子を二人も待たせたのだから、もちろん奢ってくれるんよね?」
「え?そんな⋯」
商人の娘らしいリサリィの打算的な態度にたじたじとなった。
「さぁ行きましょう。リサリィもそんな意地悪なこと言わない!」
「そやなー。うちも早くご飯食べたいわ」
マーガレットがそんなリサリィをなだめてくれるので助かった。
そして、夕暮れのこの時間、学院を出て3人でレストランに向かった。
時を同じくした頃、ウィル・ハーモスは珍しく遅くまで学院内にあるプリビレッジ学生向け魔術研究室に残っていた。
魔法の授業で課題が出されており、それをこなすため、この場所で魔法の実験を繰り返していた。
「ウィルさん、あとどれくらいかかりますか?」
「もうちょっとだ」
ウィルの取り巻きであるシューリスト・フォークは当然のように終わるまで待たされている。
シューリストは手持ち無沙汰で、ウィルに話を振る。
「ところで、さっきあの平民見ましたぜ。あのアシェルとかいう。
楽しそうに女連れで。むかつきますね!」
「ああ」
ウィルはおよそ半年前、アシェルとの剣術実習の際に、大怪我を負わされてしまった。
4大プリビレッジの一つ、ハーモス家の子息である彼にとって、プライドを傷つけられる屈辱的な出来事であったが、その後は無関心を貫いていた。
このときも、アシェルの話題にも全く乗ってこずに、どこか他人事であった。
「なんとか報復できませんかね」
「バカ!トリキトスが目を光らせているのに、そんなことできるか。
親父に殺されてしまう」
「一体あのトリキトスがなぜあんな平民を囲っているんですかね?」
「魔法が関係してるんだろ」
ウィルは少し不機嫌そうに答えた。
事の真相はこうだ。
剣術実習の一部始終を見ていた第二王子のニコルがアシェルの魔力覚醒を察知し、自身の後見派閥であるトリキトス家にアシェルのことを監視するよう指示を出していた。
平民の魔力持ちの存在はプリビレッジ制度の根幹に関わるためである。
そして、王城の権力の一角であるトリキトスが学院内でアシェルに手を出すことを禁じる通達を他のプリビレッジ派閥に出したのであった。
ハーモス家でもいらぬ対立を避けるため、静観することとし、ウィル自身も不快ながらも家の方針に従わざるを得なかったのであった。
ウィルは、先ほどからはかどっていない実験をひたすら繰り返す。
シューリストはこれ以上あの平民の話をすると、ウィルの機嫌を損ねるだけだと察し、その話題をやめることにした。
それから、ウィルは2時間ほど実験を繰り返し、日が沈みかけた頃、ようやく作業を終えることにした。
「ウィルさん、学院の門外で待っている車、待ちくたびれてますよ」
「そうだな」
シューリストはようやくウィルの居残り実験から解放され、安堵した。
二人は研究室を出ると、学院の門を目指して、薄暗くなった敷地内をトボトボと歩いていた。
この時間になると、学院内に残っている者はおらず、普段は人の気配の多い学院もどこか寂しい雰囲気であった。
「すっかり暗くなりましたね」
シューリストがウィルを気遣ってそう言葉を発したとき、背後に何やら気配を感じ、シューリストがいち早くそれに気づいた。
そして、シューリストが人のいる方向に目を向けると、明らかに不穏な人物が二人に対し、視線を送っていた。
シューリストはそのただならぬ雰囲気をすぐに察した。
「ウィルさん、後ろ、やばめなやつがいます」
「ん?」
シューリストの耳打ちに、ウィルも後ろを振り返り、その人物に視線を送る。
ウィルの目に映ったのは、黒のフードを深めに被った人物。
10メートルほど離れた地点にいる。
薄暗いため、容姿は二人からよく見えなかった。性別も男か、女かまでは分からない。
少なくとも格好からは学院の関係者にはとても見えなかった。
二人は異様な雰囲気を醸し出している人物に対し、すぐに警告を発した。
「お前は何者だ。学院のものじゃないだろ。ここで何している?」
ウィルははっきりとした声で問いかける。
学院内は魔法による結界がはられているため、部外者が立ち入ることができない。
それにもかかわらず、関係者にはとても見えない人物の突然の出現に二人は少し虚を取られていた。
しかし、その人物はウィルの問いかけを無視し、2、3メートルほど前進し、二人に近づいてくる。
そして、そこで立ち止まると、急に思いもしない言葉を発してきた。
「お前、ウィル・ハーモスで間違いないな?」
「ああ。それがどうした?」
その人物はウィルのことをなぜか知っているようだった。
その言葉の後はしばしの沈黙が入る。
だが、次の瞬間、その人物が右手に持っていた杖らしきものを前に出してきたのをウィルたちは認識した。
「それは魔導具か。攻撃用の杖だろ?」
「なんのつもりだ!」
二人は7、8メートル先にいる人物が右手に持っていた杖から魔力を感知し、危険性を明確に察知する。
「シューリスト!こいつは敵だ。魔力を体に巡らせて強化しろ」
「は、はい!」
ウィルはシューリストに対して、こう指示し、二人は一気に臨戦態勢に入る。
「ハーモスの末裔よ。ここで仕留める」
その人物はこの言葉を発すると、杖を振りかざし、「はああ!」と言いながら、二人に向けて火を放った。
ゴォォォォ!
という音とともに物凄い勢いで炎が二人に浴びせられる。
「ぐっ」
ウィルはなんとか魔法壁の構築に間に合い、自身の体にまとわりついてきた火力をある程度無効化できていた。
しかし、隣にいたシューリストはそれが間に合わなかった。
「ぎゃあああああ」
「シューリスト!」
シューリストはウィルと比較すると、魔力コントロールに長けておらず、炎を十分に無効化しきれなかったのだ。
シューリストの体は大きな炎に包まれ、炎が鎮火したときには体中が黒焦げになっていた。
まさに一瞬の出来事であった。
ウィルはシューリストが瀕死の重症を負ったことを一瞬で察知し、倒れたシューリストの体を支える。
「おい、しっかりしろ!」
そして、ウィルは横たわるシューリストに対し、両手を心臓付近に当て、自身の魔力を送り、回復を試みる。
ウィルはシューリストの危険な状態に焦っており、必死であった。
そのためもあり、ただでさえ未熟であった魔力探知をうまく使いこなせていなかった。
そのときだった。
「死ね!」
ウィルはこの言葉を聞いた次の瞬間、自分の背中に何かを刺されたのを感じる。
不覚にもその人物の接近を許し、鋭利な刃物のようなもので心臓付近を一突きされてしまったのであった。
ウィルは痛みを感じるまもなく、この一撃で完全に意識を失い、時間をおかず、絶命してしまう。
致命傷として十分な一撃であった。
その人物は時を置かず、横たわるウィルとシューリストの両名が絶命したことをその場で確認し、気配を消すようにどこかに消えていった。
ちょうどその頃、アシェルはマーガレットとリサリィと3人で、とあるレストランで美味しい料理を堪能していた。
学院史上、最大の事件が今まさに起きているなんてこのとき知る由もなかったのであった。
終
【魔法世界メモ32】
プリビレッジ学生の学院生活は?
プリビレッジの子息は10歳から15歳の5年間、全員が学院に通い英才教育を受ける。
王国の統治者としての知識を得ると同時に、魔法を磨く。
王国は、学院生活を通じて、プリビレッジ派閥を超えた関係を築くことを期待しているが、それはあまり機能していない。




