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第31話 何一つ曇りのない日常

あの思い出深い、早くも遠征から数ヶ月が経っていた。

気づけば学院生活ももう1年になる。


遠征以降は、至って平穏な日々であった。

剣術演習での出来事に対して、プリビレッジ側から恐れていた報復もなかった。

実に拍子抜けするほどであった。


張本人のウィル・ハーモスとは、何度か学院内で顔を合わせた。

しかし、向こうが明らかに俺の存在に気づいているのに、目すら合わせてこない。

まるで、俺のことを「見てはいけないもの」であるかのように。

これは本当に気味が悪い。


それにプリビレッジ学生から平民学生に対する嫌がらせ自体かなり減っており、目立たなくなっていた。

まるで何らかの力学が働いているのではないかと疑うほど不気味であった。


まぁ何にせよ、平和なら問題はない。

仲間と絆を深め、勉学に励んでいくだけだ。


学院生活も中盤に入ったこともあり、講義もかなり実践的になっていた。

今日は王国で流通する貨幣の話だ。

ラフィーナがいつものように熱弁を振るっている。


「王国の経済は、貨幣の存在で成り立っていると言ってもいい」


王国はキルスという通貨単位を採用しており、すべてコインでその価値を表している。

1キルス硬貨から1万キルス金貨まで合計7種類のコインがある。


貨幣を使用した経済という点では前世と同じであるが、この世界では魔法の力で貨幣が偽造される心配もない。

つまり、貨幣に対する信用が絶対的であり、また、1国しかないため、同じ貨幣がどこでも使用でき、安定的に価値を保っている。


このように講義も知識レベルが上がってきており、初期の座学ばかりだった頃とは異なり、知的な日常を楽しめるようになった。


この日、講義が終わり、昼休みの時間を迎えた。

最近は恋人となったマーガレットと、敷地内のベンチでパンを食べながら共に時間を過ごすことが日課になっている。


「ニコル殿下に聞いたんだけど…

  王国騎士は魔法を使って宴会芸をすることもあるんだって」

「なにそれ?魔力の無駄使いじゃない」


俺が持ってきた話のネタに対して、マーガレットが苦笑いする。

会話はいつもこのように他愛もないものばかりである。


マーガレットは遠征が終わってからもちょくちょくズレッタ家からちょっかいをかけられている。

だが、その度に俺が親身になって励まし、彼女自身も未来をポジティブに捉えることができるように変わってきていた。


「アシェル、見慣れない鳥が多いね。何かしら?」

「雀?いや、愛らしい小鳥だね」


穏やかな気候であり、鳥たちも嬉しそうにさえずっている。

本当に学院生活を満喫している。

このままずっと続いてほしいくらいに。

前世でろくな学生生活をしていなかった自分自身にこの気持ちを教えてあげたいくらいだ。


だが、そんな幸せな俺たちを見て、茶化してくる者もいる。

どの世界でもこれは共通している気がする。


「二人の世界に行ってたん?あんたたち見てると、うちまで恥ずかしくなるわー」

「ちょっとお話してただけじゃないの!」


リサリィだ。

飽きもせずに毎日いじってくる。

さすがにもう、平民学生の中では俺たちの交際を知らない者もいない。

マーガレットがこんないじりを上手にかわしてくれるから助かっている。


学院生活の日課として、俺はニコル・アーステルドの部屋を訪れている。


「こんにちわ。ニコル」

「やあ、今日もきたね」


ニコルがいつものようににこやかに出迎える。

この人物は王族である。

平民の身分でこのラフさ、本来は許されない。

しかし、ニコルは俺にラフに接するように求めてくるため、いつの間にか警戒心も薄れていた。

それでもこれを面白くないと感じる者もいる。


「こら、平民付勢が。殿下と呼べ。殿下!」


こう注意してくるのは、エドワード・トリキトスだ。

王国騎士と変わらない迫力で、とても同じ14歳には見えない身なりをしている。


トリキトスという家名は、4大プリビレッジの1つであり、有名だ。

つまり、このエドワードも有力者の子息ということになる。

トリキトスは第二王子派とされており、そのため、エドワードがニコルの側近として学院内では身辺に目を光らせている。


「まぁまぁ。僕がそう呼んでとお願いしているんだから」

「ですが・・・」


ニコルがフォローしてくれるので、なんとかエドワードから制裁を受けずに済んでいる⋯。


「それで、今日はどんな話をしようか」


ニコルとは、王国の様々なことについて意見交換をする。

彼はなぜか平民の意見を聞きたい様子だ。


「では、王の面前裁判について聞きたいです」

「面前裁判ね」


以前、統治の講義でも触れられたことがあった王の面前裁判。

これはプリビレッジを唯一裁くことのできる法の手続きだ。


「もうずいぶん開かれていないね」

実際に、10年ほど面前裁判は開かれていないという。

過去の歴史を見ても、プリビレッジが殺害されるような重大事案のみが面前裁判の対象だ。


「どういう条件があれば開かれるのでしょうか?」

俺が質問すると、ニコルは面前裁判の制度について静かに説明を始めた。


面前裁判は犯罪行為が発生した場合に、プリビレッジからの申立で開かれるが、実は平民からも代弁者協会からもその申立が可能という。

だが、宰相職につく者が実際に面前裁判を開くかどうかの裁量をもっており、申立イコール開かれるというわけではない。


「プリビレッジには4大派閥があるのは知っているね」


ニコルの言う4大派閥とはズレッタ、ハーモス、トリキトス、シュタインファルトの4家が首長のプリビレッジ派閥である。

プリビレッジはいずれかの派閥に属している。


「プリビレッジを裁くということは、その派閥の対立を生じさせることと同義なんだ」


プリビレッジは魔力をもつ者たち。

もし、派閥間で激しい戦いが起きたとしたら?

それは紛れもなく、あの魔法大戦争に逆戻りすることになる。

それほど魔法という力は強大なものである。

まるでそれぞれが核兵器を保持している国のような力をもっているのだ。


「王家の役割はプリビレッジ派閥の均衡を保つことなんだ」

この視点は持っておらず、ニコルの話を聞いて絶句した自分がいた。


「だから、残念だけど王の面前裁判は機能していない。

  犯罪が発生したとしても派閥の根回しがなければ難しいのだよ」


プリビレッジはよほどのことがなければ、権力の傘に守られてしまう。

そして、その犯罪の被害者が平民ということであれば絶望的だ。

つまり、プリビレッジに対しては、法が機能していないのが現実なのだ。


「これを変えていくには相当の時間と労力が必要ですね」

俺が思わず言葉を漏らすと、ニコルは黙り、少しばかり頷いたように見えた。


どうしようもない現実。

だが、少しでも変えていこうとするニコルの姿勢。

ニコルとは日に日に信頼関係が深まっている。

いつかこの人と共に、何かを変えることができるかもしれない。


学びも順調。

仲間、恋人との生活も謳歌。

未来のコネクションも確保。


俺の目には、今の学院生活に何一つ曇りはなかった。

だが、この後の事件が俺を地獄に突き落とすことになるとは、このとき予想だにしていなかった。


【魔法世界メモ31】

4大プリビレッジとは?

プリビレッジも一枚岩でなく、魔法という武力での小競り合いが起こっていた。

そこで、プリビレッジは4つの塊に分かれ、それぞれが不可侵を貫き、平和を維持してきた。

シュタインファルト、トリキトスという政治勢力、ズレッタ、ハーモスという王国の経済を牛耳る勢力の4つの派閥がそれぞれの利権を守り続けている。


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