第30話 約束の代償
マーガレットと二人で森の中を歩いている。
気持ちはウキウキした。
薄暗い中でもなぜだか視界が良好だ。
だが、そんな良好な視界の中でかすかに茂みの奥で何かが動くのが目に映った。
俺はマーガレットを制止し、立ち止まると、その様子をうかがう。
次の瞬間、本能が告げた。
―これは危険だ
「マーガレット! 後ろへ!」
すると、案の定、茂みが割れ、魔物らしきものが姿を現した。
あれは?
1匹であるが、トゲールだ。
まさか王国騎士の討伐漏れが残っていたのか!?
剣を携えていたのは不幸中の幸いだが、この魔物を一人で相手にしなければならない。
だが、俺は本当にマーガレットのことを守れるのか?
早速、訪れたピンチにも少し自分の中で動揺があったが、それでも頭は妙に冷静だった。
この状況の中で、魔物の特性を分析している自分がいた。
―トゲールは遠距離で硬いトゲを撃つ
―深く刺されば止血できない
―しかも、群れというわけではない
一瞬で状況を整理したとき、あの説明が脳裏をよぎった。
『魔物は魔力に引き寄せられる』
この魔物は、もしかして俺の魔力に引かれて?
「マーガレット、この魔物は遠距離攻撃をしてくる!
絶対に俺の後ろから出るな!」
語気を強め、剣を右手に構える。
もうやるしかない。
自分の中にある『何か』を、今度こそ意識して掴むんだ。
守りたい。 いや、絶対に守る。
その気持ちと一緒に息を整え、意識を内に集中する。
トゲールが俺達の存在に気づいていた。
威嚇しながら、攻撃の構えに入るのがわかった。
仕留めるべく、少しずつ距離を詰める。
遠距離攻撃を食らい続ければ、たとえしばらく防げていてもいずれは当たってしまうからだ。
だからこそ、剣が届く距離まで、一気に踏み込む他ない。
「うぉぉっ!」
駆け出した瞬間、トゲールが硬そうなトゲの物体を三、四発撃ってきた。
肉眼でも、俺を狙って飛んでくるのがわかる。
―くる!
トゲが三本、右太もも、右脇腹、左腕へ。
体に命中した感触があった。
その瞬間、頭が真っ白になりかけた。
(このトゲが刺さったら終わる。血が止まらない―)
だが、このまま止まれない。止まるわけにいかない。
この一撃で、仕留める!
勢いのまま剣を振りかざし、力のまま全身で振り下ろした。
ブン―!
その瞬間、確かな手応えがあった。
だが、ちゃんと確認するまではわからない。
恐る恐る視線を向けると、トゲールは真っ二つになり、すでに息絶えていた。
やった……なんとか倒せた。
―しかし、俺の体はどうなっている……?
急いで命中した箇所を目で追う。
腕が少し赤くなっている。
けれど、トゲは刺さっていない。出血もない。
……防げた?
これは魔力で、体を守れたのか?
「アシェル!」
マーガレットが駆け寄ってきて、勢いよく後ろから抱きついた。
俺はようやく息を吐き、彼女の頭を撫でながら、無理にでも平気なふりをする。
「ほら。絶対守るって言っただろ?」
マーガレットは、安心した表情で俺を見つめてくる。
大事に至らず、本当に良かった。
トゲが当たった瞬間、正直死んだと思った。
なんとか危機を脱し、改めて二人でコテージへ戻る。
そして、戻ったときには、王国騎士たちが出発準備をしているところだった。
「二人とも、どこ行ってたんだよ?」
パリシオンが手を振り、声をかけてくる。
先ほどの魔物の件を王国騎士に報告すべきか、一瞬迷った。
だが、変に怪しまれるのは厄介だ。報告はやめることにした。
「さあ、王都に向けて出発する」
隊長のハーベズル・フラックの号令で、五台の車が一斉に動き出す。
帰りの道中では、遠征に疲れているためか車の中で寝ている学生が多かった。
そんな中、フリーラが俺の隣に移動し、小声で話しかけてきた。
「……マーガレット、少し軽くなった顔をしてる」
「え?」
予想外の言葉に、思わず間の抜けた声が出た。
「顔を見れば分かるわ。……あなたが何か言ったんでしょ?」
さすがに鋭い。
フリーラがどこまでマーガレットの家庭事情を知っているのか分からないため、下手な返答はできない。
「マーガレットは私の親友よ。
プリビレッジの親に悩まされてることくらい、知ってたわ」
俺の顔色を見抜いたように、フリーラはさらりと言った。
「なんとかね。彼女のためにもこれから頑張らないと」
フリーラは俺の言葉を聞いてにっこりした。
せっかくなのでこの機会に、前から気になっていたことをフリーラに聞いてみる。
「フリーラって、気品があるけど……家は何をしてる?」
「聞きたい?…特別に何かをしたことはないわ。一般的な平民よ」
相変わらず、のらりくらりとかわす。彼女の素性は正直あまり知らない。
だが、俺の心を察したのか、話を続ける。
「昔ね。祖先が商売をうまくやってたの。そのせいかも」
……それだけ?
だが、普段は決して自分を語らないフリーラが、ほんの一歩だけ踏み込んだ気がした。
正直、フリーラはプリビレッジ出身なんじゃないかと疑っていた。
もしかすると、それは図星かもしれない。
けれども、なんだかこれ以上詮索しない方がいい気がした。
その後も復路はひたすら移動だった。
だが、往路ではうんざりした景色も、今は不思議と楽しめる。
車の中でマーガレットと目が合うだけで、胸が浮き立つ。
道中、引率してくれている王国騎士のユーロス・ジュリアスからも色々と話を聞いた。
これまで出くわした魔物のこと、王国騎士の仕事のこと、王国のこと。
「王国の機関に入れば、みんな歓迎してくれる。これからも励め」
少なくとも彼からは平民だからどうこうという偏見を持っていないのは伝わった。
そして、出発から五日。
ようやく王都が見えてきた。
王都は百万人都市だけあって、遠くから見ても大きい。
ひときわ中心にある王城が、異彩を放っている。
こうして予定通り、遠征は終わった。
色々なことがあった。いや、ありすぎた。
得るものが、あまりにも大きい遠征だった。
終
【魔法世界メモ30】
王都アーステルドシティとは?
リコーラ大陸の西に位置し、地形がなだらかで気候も良い場所である。
人口は100万を超え、王国最大の都市である。




