第29話 守ると決めた日
魔物討伐も無事に終え、遠征の目的は果たし、王都へ戻る朝を迎えた。
昨夜は王国騎士も遅くまで宴会をしていたし、学生も夜更かししていた。
そのため、日が昇って間もない時間であったが、起きている者はいなかった。
1人早く目覚めてしまったため、コテージの中でぼんやりする。
すると、外で人影が動いたことに気づいた。
―こんな朝から誰だ?
不審に思い、急いで入口へ向かい、外の様子をうかがう。
―青いロングヘアーをなびかせるあの人影は……マーガレット!?
こんな朝っぱらから一人で、何をしている?
昨夜は一人沈んだ顔をしていた。
彼女が何かに悩んでいるのは明らかだった。
きっと眠れなかったのだろう。
だが、これはチャンスだ。
今なら彼女から悩みの真相を聞けるかもしれない。
俺は自分の中で決意を固め、慌てて外に出てマーガレットの後を追った。
「マーガレット!」
声をかけると、彼女は少し驚いたように振り返る。
「ちょっと話せる? 昨日、浮かない顔をしてたから心配で」
「うん……」
ここで話すのは人に聞かれる。
そう判断して、コテージから離れ、森の奥へ歩くことにした。
そして、15分ほど歩いただろうか。
少し気まずい空気が残っていたが、マーガレットは、急に思いを吐き出し始めた。
「アシェルって、本当に……すごく強い人」
「いきなりどうした?」
その表情は、切なさを含んでいる。
「だって、どんな状況でも必死で考えて、苦難も乗り越えちゃうんだもん」
すぐに否定しようとしたが、言葉が出てこない。
「私ね、弱いの。どうしようもなく」
「マーガレットだって、十分頑張ってきたじゃないか」
できる限りの言葉をかけたが、マーガレットはこれに反応しなかった。
そして、少しの沈黙を経て、重い言葉が出てきた。
「プリビレッジの父に逆らえないよ。そんなことすると、お母さんも困らせてしまうし。
学院を卒業したら、好きでもない人と結婚させられてしまうわ」
この言葉でおおよその察しがついていた。
最近、鳴りを潜めていたマーガレットの父ズレッタ側から再び釘を刺された。
そういうことらしい。
マーガレットは自身にかかえている問題を話し終えると、目を真っ赤にして泣き崩れた。
この状況で、軽い慰めが正解だとは思えない。
この世界でプリビレッジ、それも相当な有力者に逆らうことがどんな目に遭うことになるか想像に難くない。
だからこそ、上辺じゃなく、本音をぶつけないと彼女の心に届かないだろう。
―では、彼女に何をどう言えばいい?
答えが見つからないまま立ち尽くしていると、そのときだった。
「私、アシェルが好き。……でも、結ばれることは一生無理。
この想いを、私はどうすることもできない。できないよ!」
突然の告白。まさかの言葉であった。
マーガレットの言葉はかすれつつも、救いを求めるような強い叫びにも聞こえた。
だが、この言葉を聞いた瞬間、心の底にあった臆病さも、打算も全部が吹き飛んだ気がした。
―ここで伝えられなければ男じゃない
「マーガレット、僕の話を聞いて!」
一世一代の覚悟で、正直な気持ちをぶつける。
「僕もマーガレットのことが大好きだ。
マーガレットのことを、いつも考えてる!」
こんな言葉、前世でも言ったことがない。だが、もう引けなかった。
「親の言いなりになる必要なんてない。プリビレッジだろうが関係ない。
僕たちは、自分の意思で生きるべきなんだ!」
もちろん、わかっている。マーガレットの家は、あのズレッタ。
悪評の限りを尽くす、プリビレッジ派閥の長だ。
―だが、それが何だと言うんだ?
世界を変えてやると言いながら、女の子一人すら守れないなんて。
そんなことでどうする?
「マーガレット、『プリビレッジに従わないといけない』っていう先入観は捨てよう。
きっと二人で頑張れば超えられる!」
頭に浮かんできた正直な気持ちを投げかけた。
だが、彼女からの答えはない。涙だけが止まらない状況であった。
それでも泣き続けたあと、沈黙していたマーガレットが、ようやく口を開いた。
「……アシェルが、私のこと守ってくれるの?」
「必ず守る。命に替えても!」
この言葉を待っていましたとばかりに即答した。
これは偽りのない気持ちだ。
たとえ死んだとしても、マーガレットのことは守ってみせる。
だが、言葉だけでは彼女のことを安心できないだろう。
説得力のある根拠を出してあげなければならない。
それほどプリビレッジの権力は大きい。
「実は、ニコル・アーステルド王子と個人的なパイプが出来たんだ。
困ったときは、きっと力を貸してくれる」
王家との個人的なコネクション。
これにすがるのは少し躊躇するところもある。
だが、相手が権力である以上、こちらも対抗する術は必要だ。
後、もう一つ。
このことを告げるか一瞬迷ったが、伝えるべきだと思った。
「それに……実は、魔力が覚醒したんだ。あのときのウィル・ハーモスとの一戦で。
この力があればプリビレッジから君を必ず守れる!」
平民は魔力を探知できない。
だから、あの日の出来事が魔力覚醒によるものだと、平民のみんなは気づいていない。
平民の自分が魔力をもつことはこの世界の理を変えうるものだ。
そのため、誰にも言えずにいた。
マーガレットはこの言葉を受けて、目を大きく開いて泣き顔のまま固まった。
まるで時が止まったみたいに。
思いの丈を伝えた以上、もう待つ他ない。
そして、一分ほど経っただろうか。
少し落ち着きを取り戻した彼女が言う。
「…ありがとう。びっくりする話もあったけど…
やっぱりアシェルって、すごい!」
吹っ切れた笑顔を見せたことで、俺の気持ちが届いたのだとわかった。
「私は、あなたについていく。どんなときでも。だから―」
「うん。ずっと君のそばにいる」
言葉を交わすと、自然と抱き合うことになった。温かい。
マーガレットのぬくもりが、胸の奥まで染みてくる。
それからどれくらいの時間が経ったのかはわからない。
二人は確かな『愛』を感じて、落ち着きを取り戻していた。
「そろそろ戻ろっか。探してるかもしれないし」
「うん」
手を繋いでコテージへ戻る。
今まで溜め込んでいた気持ちを吐き出して、そしてマーガレットがそれを受け入れた。
こんなに幸せな気持ちで歩いたことはなかった。
…しかし、世の中は甘くはない。
そんな幸せを邪魔する者は、すぐに現れてくるのだった。
終
【魔法世界メモ29】
王国の貞操感は?
王国では神ソディーネの教義のもと、厳しい貞操感を説く。
婚姻までの男女の触れ合いや夫婦生活の言及は固く禁じられており、王令でも明確に禁止する。




