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異端の調律者は天秤を持たない  作者: うつおぎ
第三章 婚約者は調律者
67/73

3-7


 驚くほど軽い口調で告げられた報告に、レナトスは携えた槍を握る手に力を込めた。

 意識してゆっくりと視線を下げると、そこには得意げな表情を浮かべる愛らしい顔があった。

 まるで褒めてほしいと言わんばかりに、大きな銀紫の瞳をきらきらと輝かせている。レナトスはしばしその顔を見つめ、それからおもむろに口を開いた。


「どこにいる」

「馬車を襲った場所の西側にある森に身を潜めているんですが、困ったことに結構な数の骸憑が周りを固めているんですよ」

「自分の身を護らせているということか」

「そうだと思います。あの集団を突破して骸導に会いに行くとなると……どうしようかなぁ」


 セレンティナには珍しく、すぐに答えが出ないらしい。つんと唇を尖らせて腕を組み、難しい顔で考え込んでいる。

 そんな仕草すら人目を惹きつけるのか、先ほどまで彼女に見惚れていた商隊の護衛たちは仕事へ戻りながらもちらちらとこちらを窺っていた。


「骸憑ごと焼き払っちゃえば楽なんですけどねー」

「……それは許可できない」


 闇属性の魔獣である骸憑と骸導は相反する聖属性と火属性を弱点としている。

 死した肉体を依代とする性質上、炎で肉体そのものを焼き尽くすのは有効な討伐方法なのだろう。危険な骸憑の集団を殲滅することだけを考えるなら、それが最も手早いのかもしれない。

 だがレナトスには、それよりも優先しなければならないことがあった。


「分かってますってば。まとめて丸焼きにしたら、陛下が来た意味がないですもんね。だから方法を考えているんです」


 周囲では破損した馬車の応急修理が始まっていた。割れた車輪や外れかけた側板を騎士と商隊の者たちが確認し、あちこちから指示を飛ばす声が聞こえる。少し離れた場所では怪我人が座らされ、傷の手当てを受けていた。

 誰もが慌ただしく動き回る中、セレンティナだけがその場に留まっている。

 きゅっと唇を窄め、組んだ腕を胸元へ引き寄せたまま、頭を右へ、左へと小さく揺らす。


 あれは駄目。

 これも違う。


 そんなふうに頭の中で一つずつ案を振り分けているようだった。

 普段なら「面倒だからやだ」と切り捨てそうなものなのに、今回は珍しく真剣に答えを探しているらしい。

 セレンティナはしばらくの間、銀紫の瞳を宙へ彷徨わせたまま思案を続けていた。


「骸憑だけを引き離すのであれば、誘獣香《ラグナ》を使うのはどうだろうか」


 誘獣香は、魔獣が本能的に惹かれる魔力や瘴気の気配を人工的に再現した誘引物である。

 主な材料は砕いた魔獣の核と魔力結晶の微粉末。それらを混ぜ合わせた粉末を地面へ撒くと周囲の熱や空気中の魔力に反応し、魔獣にしか感じ取れない独特の魔力臭を放つ。

 やがてその気配に引き寄せられ、周辺にいる魔獣が集まってくる仕組みだ。討伐対象を一か所へ誘導したり、進行方向を逸らしたりする際に使われることが多い。


 セレンティナはぱっと顔を上げ、提案したレナトスを薄く唇を開いたまましばし見つめる。それから、何かが繋がったように表情を明るくした。


「それがいいですね! ちょうど骸憑の核を使った誘獣香があるはずです」


 ふわりと魔力の気配が揺れる。純白のローブの袖から覗く左手には、いつの間にか小さな布製の巾着袋が握られていた。


「陛下。馬車は準備ができ次第、出発させる予定ですが、警護を付けてもよいでしょうか」

「構わない」


 先ほどまで荷物の積み直しを手伝っていたアルシェラが足早にこちらへやってくる。

 その視線がセレンティナの手元へ落ちた。小さな巾着袋を見るなり、何に使うものか気付いたのだろう。すっと眉根を寄せる。


「例の骸導が見つかったそうだ」

「……はい」

「多数の骸憑に身を護らせているらしい。だから誘獣香を使って群れを引き離し、その隙に突破する」

「承知しました。レオノーラに伝えておきます」


 アルシェラはそれ以上何も尋ねなかった。 一礼するとすぐさま踵を返して去っていくその横顔はひどく硬かった。

 一見すれば怒りを押し殺しているようにも見える。だがおそらくは、これから父の亡骸と対峙することへの苦しみや悲しみを、どうにか胸の奥へ押し込めているのだろう。


 足早に去っていく妹の背を見送りながら、レナトスは無意識に槍を握り直した。

 次の瞬間、何の前触れもなく目の前に光が広がる。

 驚きの声を辛うじて呑み込むと、中空にラグゼノル街道周辺の地図が浮かび上がっていた。


「今日は風が弱いので、アルシェラにこの位置から香を風で撒いてもらいましょう」


 セレンティナが指先で地図の一点を示す。そこから少し離れた場所には骸導が潜んでいるという森が描かれていた。


「数は対処できそうか」

「私がいるんですから、当然大丈夫ですよ」


 どうしてそんなことを心配するのか。そう言わんばかりの口調だった。

 セレンティナは胸を張り、大きな銀紫の瞳を自信満々に輝かせている。

 あまりにも不遜な態度だが、それが紛うことなき事実である以上、レナトスには反論のしようがなかった。


今回はだいぶ短めで申し訳ない!対決は次回に持ち越しです。

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