3-6
「お待ちしておりました!」
国王と王妹の到着を認め、レオノーラがすぐさま騎士の礼を取った。
その後ろには第二親衛隊の騎士たちが綺麗に整列している。全員が背筋を伸ばし、隊長に倣って恭しく頭を下げた。
「骸憑の動きはどうだ」
「はい。痕跡がいくつか見つかりました」
そこまで告げたところで、レオノーラは右斜め後ろへちらりと視線を遣った。レナトスとアルシェラもつられるようにその先を追う。
かつて物見櫓の一部だったと思われる高い石柱。その先端に純白のローブ姿があった。
セレンティナは南西へ身体を向け、じっと遠くを見つめている。
人が立つにはあまりにも心許ない細い場所だというのに、不安定さなど微塵も感じさせない。風に銀紫の髪とローブを揺らしながら鳥のように佇むその姿は、やはりどこか現実離れして見えた。
「標の反応はまだ遠いとのことですが……」
「あ、あっちで馬車が追われてる」
セレンティナの呟きによって、場の空気が一瞬にして張り詰めた。
「距離は?」
レナトスが鋭く問いながら彼女の視線の先へ目を凝らしたが、すでに辺りは薄闇に沈みつつある。
セレンティナが指差した方向を見ても、遠くの地面と空との境すら曖昧で何も見えなかった。
それでも意識を集中させると微かな振動が足元から伝わってくる。
最初は気のせいかと思うほど小さかった。だが次第に馬が地面を蹴る音と重い車輪が土を削る音が混ざり合い、こちらへ近付いているのが分かるようになる。
「遠いですけど……あ、まずいかも。ちょっと行ってきまーす」
「待ちなさい、セレン!」
アルシェラが呼び止めるより早く、セレンティナはひらりと片手を振った。次の瞬間、石柱の上にあった純白のローブが薄闇へ溶けるように掻き消える。
レオノーラが反射的に一歩踏み出した。
「待て」
低い声がその足を止める。
「でっ、ですが!」
「迂闊に近付けば巻き込まれる。馬車の安全確保を優先しろ」
国王からの命令は絶対で、従うよりほかはない。
けれど、それだけが理由ではなかった。
レナトスはセレンティナの戦いを知っている。複数の属性の魔術を同時に放って合成獣を仕留めたり、聖女を狙った襲撃者たちを風で岩壁へ叩きつけ、瞬く間に氷で拘束した光景を目の当たりにしているのだ。
その威力を理解しているからこその制止なのだと気付き、レオノーラは走り出そうとしていた爪先から力を抜いた。
ほどなくして、南西の彼方で何かが弾け、轟音が遅れて届く。続いて暗く沈みかけた地平から土煙が高く舞い上がった。
「あそこ……!」
アルシェラが声を上げる。目を凝らせば、土煙の合間に小さな影がいくつも見えた。
数台の馬車が必死に街道を駆けている。その後方をひどく歪な動きをする人影や獣の影が群れを成して追っていた。
あれは間違いなく――骸憑。
次の瞬間、馬車の後方を追っていた影の群れへ横殴りの風が襲い掛かった。地面を這うように走った突風が土砂を巻き上げ、骸憑たちをまとめて街道の外へ吹き飛ばしていく。
遠く離れた場所からでも黒い影がいくつも宙を舞ったのが見えた。
だが、それだけでは終わらない。
吹き飛ばされた骸憑が起き上がるより早く地面が大きく隆起した。
土と岩が壁のようにせり上がって逃げ道を塞ぐ。その直後には眩い光が薄闇の中で何度も瞬き、骸憑の影が次々と薙ぎ払われていった。
それだけの魔術が立て続けに放たれているというのに、馬車へ向かう攻撃は一つとしてない。
骸憑だけを正確に狙い、逃げ道を空けている。
やがて戦場から吹き抜けた魔術の余波が、突風となってレナトスたちのいる場所まで届いた。
「うわっ……!」
あまりの強さにレオノーラたちは腕で顔を覆う。髪が激しく煽られ、外套が重い音を立てた。
風がようやく弱まると、舞い上がった土煙の向こうから馬車の隊列がはっきりと姿を現す。何台もの馬車が速度を落とすことなく、こちらへ向かって走ってきていた。
「旗を揚げろ!」
「はいっ!」
レオノーラの指示で拠点にグランヴィレア王国軍の旗が掲げられる。
鈍色の旗はそのままでは迫りつつある闇に紛れてしまいそうだが、セレンティナが周囲へ配置していったいくつもの【照明】によって明るく照らされている。
街道を走る馬車からも十分に見えるはずだった。
騎士たちが街道へ向かって走っていくと、それに気付いた馬車の隊列が少しずつ速度を落としていった。
先頭に掲げられているのはレイフェルト王国の国旗。馬車は隣国でも最大規模を誇る商会のものらしい。
ざっと見ただけでも十台のうち四台が半壊状態で、砕けた側板の隙間から積み荷の一部が露出している。
残る六台にも爪痕や何かがぶつかったような傷が無数に刻まれていたが、走行に大きな支障はなさそうだった。
「被害状況を確認しろ」
「はいっ!」
「怪我人の治療を優先してくれ」
「あぁ……た、助かりました…………!」
よほど恐ろしかったのだろう。特に被害の大きかった馬車の御者は、顔色が青いどころか真っ白になっていた。御者台から震える足で降りると、張り詰めていた糸が切れたようにその場にへたり込んでしまう。
周囲では商隊の護衛たちも騎士に駆け寄り、我先にと襲撃の状況を説明し始めていた。
「警戒を怠っていたつもりはなかったのですが、気が付いた時には取り囲まれていて……」
「なんとか突破して救難信号を上げようと思ったら、別の集団が待ち構えていたんです。もう駄目かと思いました」
死の恐怖から解放された反動なのか、護衛たちは妙に興奮していた。
身振り手振りまで交えながら早口で語り、互いの言葉に何度も頷いている。無事に助かったことを、まだ自分たち自身が信じきれていないようにも見えた。
「そうしたら、あの調律者が助けてくれたんですよ! いやぁ、格好よかった……!」
「あ、ほんとー? ありがと!」
「…………え?」
突然すぐ傍から返事があり、熱弁を振るっていた護衛が固まった。
つい先ほどまで誰もいなかった場所に、いつの間にかセレンティナが立っている。
しみひとつない純白のローブに宙をふわふわと漂う銀紫の長い髪。薄闇の中でも大きな銀紫の瞳は不思議な光を宿し、人形のように整った顔には嬉しそうな笑みが浮かんでいた。
自分を褒められたことが素直に嬉しいらしい。セレンティナは照れる様子もなくにこにこと護衛たちを見上げている。
その場にいた男たちは、しばし声を失った。
遠くから魔獣の大群を薙ぎ払っていた時には、ただ凄まじい魔術を操る調律者としか認識できなかったのだろう。こうして間近で見ると、あまりにも印象が違う。
先ほどまで興奮気味に喋っていた護衛まで口を半開きにしたまま、銀紫の髪を揺らして笑う少女に見惚れていた。
「あ、陛下ー」
だが当のセレンティナは護衛たちの反応などまるで気にしていない。レナトスを見つけるなり、ぱっとそちらへ顔を向けた。
そして軽やかな足取りで駆け寄ると、すぐ傍まで来て背伸びをする。
右手を口元へ添え、周囲には聞かせたくない内緒話でもするように声を潜めた。
「骸導、見つけましたよ」
次回、いよいよ親子対決(?)でございます!




