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思いもよらない提案に、執務室の空気が止まった。
骸憑の――しかも骸導によって統制されている集団を、たった三人だけで討伐するなど正気とは思えない。
だが言い出したセレンティナは、名案だと言わんばかりに目を輝かせていた。
「これから人を集めると時間が掛かっちゃうだろうし、戦力的にも十分だし」
「待ってちょうだい。戦力はどう考えても足りないでしょう?」
アルシェラの意見は至極真っ当だった。だが、それが不満だったのかセレンティナはむっと唇を尖らせる。
「えー。正直なところ、私一人でも十分なんですけどー?」
「それは、そうかもしれないけど……」
アルシェラの語気が急に弱くなった。
実際、セレンティナの実力はこれまで何度も目の当たりにしている。
今の彼女はグランヴィレア国王の婚約者だ。契約に定められた範囲であれば、その力を国のために振るうこともできる。
だからといって、骸憑の大群を相手に三人だけで向かうという話に素直に頷けるはずもなかった。
どう言えば納得してもらえるのか。アルシェラが必死に言葉を探していると、レナトスが軽く身を乗り出した。
「戦力だけを考えるなら問題はないのだろう。だが私とアルシェラが揃って王城を出るとなれば、それなりの体制を整える必要がある」
「なるほど。王族ともなると面倒ですねぇ」
セレンティナはあっけらかんと言い放つと、すぐに納得したように頷いた。
勝てるか負けるか。彼女が考えていたのは、どうやらそれだけだったらしい。
国王と王妹が同時に魔獣討伐へ赴くとなれば、護衛も連れずに出発するなど許されない。まして目的地は魔獣による被害が相次いでいる場所だ。
「通常の討伐隊を編成するなら、どれほど掛かる?」
レナトスの問いにアンソニーがすぐさま考え込む。
「騎士団と魔術師団へ招集を掛け、装備と物資を整えるとなれば……どんなに急がせても数時間は必要です」
「それじゃあ間に合わないですよー? せっかく居場所が分かってるのに、今日を逃したらまた移動しちゃうかも」
セレンティナが困ったように眉を下げながら抗議した。
骸導は骸憑の群れを従えて移動している。標によって追跡はできても、今と同じ条件で接触できるとは限らない。
その言葉に誰もすぐには反論できなかった。
しばらく考え込んでいたアンソニーが口を開いた。
「でしたら、第二親衛隊はいかがでしょうか。今日はレオノーラもおりますし、新たに討伐隊を編成するより、遥かに早く動かせるでしょう」
アルシェラもすぐに同意する。第二親衛隊であれば自分との連携にも慣れている。影霧の討伐を経験したことで、以前より魔術を使った戦闘への理解も深まっていた。
何より、今から新たに人員を選び、装備を整えさせる必要がない。
「そうね、レオノーラ達ならすぐに出られると思うわ」
「ですが全員を連れていけば、王城内の警備にも影響します」
エドガーが慎重に付け加える。
「必要な人数だけ選抜しましょう。陛下とアルシェラ様の護衛という名目であれば、それほど大規模な編成にする必要もありません」
「あぁ、それで構わない」
レナトスが頷く。アルシェラも異論はないらしく、すぐに首を縦に振る。
四人の視線が最後にセレンティナへ集まった。
「セレン、それでいいかしら?」
「もちろん大丈夫ですよ」
セレンティナは楽しそうに答えた。
こうして話し合いの結果、レナトスとアルシェラ、セレンティナの三人に加えて、すぐに動かせる第二親衛隊から人員を選抜して帯同させることになった。
「それじゃ、準備ができたら教えてくださーい」
セレンティナはそう言い残すとソファーから立ち上がり、さっさと国王の執務室を出ていった。その背では緩く編まれた銀紫の髪が、弾む足取りに合わせて楽しげに揺れている。
そして、一時間後――。
騎士詰所のほど近くにある待機所には、第二親衛隊から選抜された十名の騎士と隊長のレオノーラ、そしてアルシェラが集まっていた。
それぞれ軽装ながら実戦用の武器を携え、腰には最低限の携行品を下げている。急な出立にもかかわらず、すでに準備を整えているあたりはさすが王族の護衛を務める部隊だった。
「あれっ、陛下は?」
遅れてやって来たセレンティナが人数を数えるように周囲を見回してから、こてんと首を傾げた。
それと同時に緩く結われていた銀紫の髪がするりと解け、いつものように重力を忘れたかのように宙をふわふわと漂い始める。
「まだ執務中よ。合流地点は私から伝えるわ」
アルシェラがそう説明すると、セレンティナは特に気にする様子もなく軽く頷いた。国王が後から飛竜で追ってくるというのに、その態度には予定が少し変わった程度の気軽さしか感じられない。
「りょうかーい。じゃあ、私と一緒に移動する人はこっちに集まって」
セレンティナが手招きすると、レオノーラを先頭に八人の騎士が近付いていく。
残る二人はレナトスとアルシェラの護衛として飛竜で移動し、現地で合流する手筈になっていた。
「えーとね。このあたりだと分かりやすいかな」
セレンティナが左手を宙へかざす。
次の瞬間、何もなかった空間に淡い光の線が走り、ラグゼノル街道周辺の地図が浮かび上がった。
山や森、街道の位置まで細かく描き出された光の地図に騎士たちが揃って息を呑む。セレンティナはそんな反応を気にすることなく指先を動かした。
ラグゼノル街道の中でも、レイフェルト王国寄りに位置する一角へ赤い光点が灯る。
「まずはここを目標にして来て。もし変更があったら伝書器で伝えるね」
「ええ、分かったわ」
アルシェラは光点の位置を目に焼き付けるように見つめてから、しっかりと頷いた。
「それじゃ、また後でねー」
セレンティナは、まるで近所へ散歩にでも出掛けるような口調で告げると、ひらひらと手を振った。
これから向かう先には骸憑の大群。その中心には、父ジャルクの亡骸を依代としている可能性が高い骸導までいるのだ。
アルシェラにとっては胸が押し潰されそうなほど重い出立だというのに、目の前の調律者には悲壮感の欠片もない。
ほどなくして、セレンティナとレオノーラたち八人の足元に銀紫色の魔術紋が広がった。
光が一際強く輝きだす。
純白のローブと騎士たちの姿がその中へ溶け込むように人影が薄れ、次の瞬間には跡形もなく消えていた。




