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異端の調律者は天秤を持たない  作者: うつおぎ
第二章 調律者の改革
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2-28

深夜の密会回です!


 セレンティナがグランヴィレア国王の執務室を訪れたのは、その日の深夜だった。

 いつでも構わない、と言われていたのでそれに甘えた結果、深夜に若い女性を執務室へ迎える形になってしまったことに気付いたのは、扉がノックされた時だった。


「入ってくれ」

「失礼しまーす」


 レナトスが応じると間髪を容れずに扉が開かれた。姿を見せたセレンティナは普段とまったく変わらない。純白のローブを揺らし、銀紫の髪をふわりと弾ませ、深夜であることなど少しも気にしていない様子で部屋へ入ってくる。

 妙な含みも、こちらを意識した気配もない。そのあまりの自然さにレナトスは密かに胸を撫で下ろした。


 こちらが一瞬でも深夜に二人きりという状況を意識したことの方が馬鹿馬鹿しく思えてくるが、それで気を抜ける相手ではなかった。

 目の前にいるのは、謎多き調律者であることを忘れてはいけない。レナトスはさりげなく腰に帯びた剣の柄へ左手を添えた。抜くつもりまったくないが、ただ無意識のうちにその存在を確かめてしまう。

 セレンティナはそんな警戒にも気付いているのかいないのか、にこにこと笑ったまま執務机の前に立った。


「そういえば、聖女を誘拐しようとした犯人は分かりましたか?」

「いや。襲撃してきた者がどこで依頼を受けたかは判明したが、依頼元まで辿るのは難しいそうだ」


 本来であれば、事件が起きた国が犯人の身柄を預かるが、今回は聖女を攫うことが目的だったので神殿から身柄の引き渡しを強く要請された。本音ではグランヴィレアで預かると突っぱねたかったものの、事情が事情だけに応じざるを得なかった。


 そこでふと、レナトスはあることを思い出した。


「そういえば、あいつらの口元を凍らせたのはわざとか?」

「もっちろんですよ。自決なんかされたら面倒じゃないですか」


 セレンティナによって岩壁に磔にされた男達は氷の鎹によって四肢と首を固定されていた。

 手足を留めていた氷はしっかり自由を奪っていたものの、時間が経てば拳で割れる程度まで溶けていた。

 だが首を押さえていたものだけは、しつこく残っていたのだ。

 それだけではない。

 顎から口元まで凍らされ、動かせないようにされていた。

 そのせいで聖騎士達は「これでは話せない」「非道だ」と、セレンティナを遠回しに非難していた。

 だが、首を留めるものだけがそうなっていた以上、レナトスには単なる威力の調整ミスとは思えなかった。


「奥歯に毒か、自決用の魔術紋が入っていたんじゃないですか?」

「ああ。お陰で使われる前に除去できたそうだ」

「やっぱり! そのあたりの手口って変わらないですよねー。まあ、あれが一番手軽でお金もかからないから当然といえば当然なのですが」


 セレンティナは両手を腰に当てて胸を張り、自慢げに語る。報告によれば、調律者セレンティナ・ロシュフォードは妹のアルシェラとほぼ同い年だという。

 そんなうら若き彼女がどれだけの経験を積めばそこまで判断できるようになるのか。レナトスはまた内心で驚いた。


「ちなみに、あの人達が持っていた麻痺毒はリザナブールで作られたものだと思いますよ」

「その根拠は?」

「リザナブールでよく流通している薬瓶と同じ形でしたし、グリムルから抽出された毒が主原料ですからね」


 グリムルはリザナブール近海に棲む麻痺毒を持つ魔魚である。

 青黒い鱗に銀色の細い縞が走り、興奮するとその縞が淡く発光するという。体内、とりわけ肝臓や血液、背びれの棘には魔力を帯びた強い毒が蓄えられており、噛まれるだけでなく棘が刺さったり、血液が傷口に触れたりしても麻痺が起こる。

 小型なら手足のしびれ程度で済むこともあるが、大型個体の毒は呼吸に関わる筋肉まで麻痺させる危険がある。

 しかも魔力を帯びた毒であるため、通常の解毒薬は効きにくい。加熱しても毒性が完全には失われないことから、基本的に食用にはされていなかった。


 件の襲撃者は故意か偶然か、小瓶を落として割ってしまった。そのため中身の詳細を確かめることはできなかったと聞いている。

 だが今の情報は重要な手がかりになるかもしれない。そう期待すると同時に、レナトスは警戒を強めた。


「契約せずに重要な情報を渡すとは、一体何を企んでいる」

「あらら。バレちゃいましたねー」


 レナトスは表情を険しくし元々低い声に凄みを含ませた。普通の女性であれば震え上がるであろう気迫である。それでもセレンティナはやはり動じなかった。

 むしろ、最初からそう切り出されるのを待っていたかのように微笑んでいる。その姿に腹立たしさを覚えると同時に、うっすらとした恐怖もあった。

 この調律者が笑顔で差し出すものはいつも厄介だ。

 それはきっと、この先に起こるであろう出来事に対する恐れなのだろう。


「実は、陛下に提案したい契約があるんです」

「…………なんだと」

「決して損はさせない内容ですよ」


 セレンティナは、少しだけ身を乗り出した。

 銀紫の瞳をきらきらと輝かせ、どこか商人めいた笑顔を浮かべている。上等な品を前に置き、さあ買うべきですよと勧めてくるような顔だった。


 あまりにも軽い口調だが、その軽さの奥に「なにか」があるのを感じる。

 レナトスは剣の柄に添えた指へわずかに力を込めた。警戒は解かない。だが、彼女がここまで回りくどく話を運んできた以上、無視できる内容ではないのだろう。

 厄介だと分かっている。それでも、耳を傾けずにはいられなかった。


「実はですね、ジャルク王が見つかったんです」


 まるで世間話でもするかのような口調で告げられた事実に、レナトスは小さく息を呑んだ。


忘れている方が多いと思うので補足しますが、ジャルク王はレナトス&アルシェラのお父さん(行方不明中)です。

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