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「し、失礼いたします」
アルシェラは慌てた様子で一礼すると聖女の天幕から退出した。
急いでセレンティナを追いかけなければ、と思ったのだが探すまでもなかった。
天幕の外へ出た途端、純白のローブ姿がすぐ目の前にある。
セレンティナは少し離れた岩の上に腰かけ、何事もなかったかのようにブーツに包まれた足を揺らしていた。先ほどまで一刻も早くこの場から離れたそうにしていたわりに、本当に置いて帰るつもりはなかったらしい。
アルシェラはほっとしたような、どっと疲れが増したような気分になった。
「セレン……」
「ねぇねぇ、【移転】で送るメンバーって、行きと同じ?」
声をかけようとした瞬間、セレンティナが先に問いかけてきた。
天幕の内側に残っているであろう険悪な空気など、すでにどうでもよくなっているらしい。銀紫の瞳はいつものようにきらきらしていて、関心はもう帰りの段取りへ移っていた。
「ええっと……そうね。基本は同じよ。ただ、警備の都合で何人かは残るかもしれないわ」
「そっか。じゃあ減った分は文官さんとか追加してくれていいよ」
「いいの?」
「うん。契約したのは移転させる人数だから。行きと同じくらいなら問題ないよ」
適当そうに見えるセレンティナだが、契約に関しては驚くほどきっちりしている。
何人までをどこからどこへ移転させるのか。そういった条件を一つ一つ正確に覚えていた。
だからこそ、人数の範囲内であれば第二親衛隊の騎士に限らず、文官を加えても構わないと言っているのだろう。
アルシェラは誰を同行させるかを考えながら小さく息を吐く。
聖女の誘拐未遂が起こり、功労者であるセレンティナが聖騎士と衝突した。思い返せば胃が痛くなることばかりだった。
それでも、慰霊祭そのものは大きな混乱もなく終えられた。聖女も無事で、襲撃者も捕らえられている。
最悪の事態だけは避けられたことに、アルシェラはひそかに胸を撫で下ろす。
「分かったわ。戻る人数が決まったら、すぐに伝えるわね」
「はーい。じゃあ集合場所に行こっか。お腹空いたなー」
セレンティナは軽やかに岩から飛び降りると、何事もなかったかのように歩き出した。
その後ろ姿を見つめながら、アルシェラはもう一度だけ深く息を吐く。
そして気持ちを切り替えるように背筋を伸ばし、セレンティナと共に集合場所へ向かった。
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グランヴィレア王城のほど近く。かつて砦として使われていた一角に巨大な魔術紋が浮かび上がった。
夕焼けにも負けないほどの強い光が周囲を照らす。地面を這うように広がっていた光がゆっくりと収まると、それまで無人だった場所に大勢の人影が突如として現れた。
「到着しましたよー」
陽気な声と共にセレンティナが魔術紋から一歩抜け出す。そのままくるりと振り返ると、警備のため現地に残った隊員たちに代わって同行した文官たちの顔を一人ずつ覗き込んだ。
「眩暈とか大丈夫?」
「あ……はい。初めてだったので戸惑いましたが、まったく問題ありません」
「私も問題ありません。いやぁ、本当にあっという間ですね!」
文官たちは思いのほか好意的な反応を示している。アルシェラが顔見知りに声を掛けて集めた者たちとはいえ、長距離の移転を経験した直後にここまで喜ぶとは思わなかった。
セレンティナも褒められて気をよくしたらしい。可愛らしい顔いっぱいに輝くような笑みを浮かべている。
「この後はパーティーがあるんだっけ?」
「そうです。慰霊祭に出席できなかった方々もお招きして追悼する会ですね」
慰霊碑が設置されたのはかつて鉱山の入口があった場所だ。遺族全員が集まれるほどの広さはなく、そこへ向かう道も足腰がしっかりしていなければ移動が難しい。
そのため高齢の遺族や大きな怪我を負った関係者たちは、王城で開かれる追悼の会へ参加すると聞いている。
「そっか」
事情を聞いたセレンティナが小さく頷いた。そして何かを思いついたようにアルシェラへ顔を向ける。
「ねぇねぇアルシェラ。それなら私はいなくても大丈夫だよね? 魔塔に帰ってくるよ」
「それは、構わないけど……」
アルシェラは思わずセレンティナの顔を見返した。
城で宴が催される日は滞在している客人に出される食事も普段より少し豪華になる。特にデザートの品数が増えることを知ってからというもの、セレンティナは密かに楽しみにしていたはずだ。
それを諦めてまで魔塔へ帰るというのは少し意外だった。
とはいえ引き留める理由もない。
アルシェラが了承した途端、セレンティナの周囲を濃密で鋭い魔力が包み込んだ。
「もし何かあったら、伝書器を使ってねー」
「わかったわ」
アルシェラは胸元へ手を伸ばし服の下に隠していたペンダントを引っ張り出す。そこに伝書器があることを確かめると、セレンティナも満足そうににこりと笑った。
「じゃあね。明日には戻って来るよー」
軽い別れの言葉を残し、その姿が陽炎のように揺らぐ。
次の瞬間にはセレンティナの姿は跡形もなく消えていた。




