2-15
魔塔の調律者は十二人いる。
それぞれ得意分野があると聞いているので、魔力制御に関係する依頼はセレンティナが請け負っているのかもしれない。
とはいえ、どちらも急を要する件だったから本当に偶然なのだろう。
陽気で愛らしい。けれど途轍もなくドライな調律者を知る者が友人にもいると知って、アルシェラはなんだか嬉しくなってきた。
シャムサも同じ気持ちだったのか、美しい顔に笑いの気配を残したまま口を開く。
「あの子は元気かしら?」
「ええ。毎日レオノーラが振り回されて怒っているけれど」
「ふふっ、久しぶりに会いたいわ」
連れて来ればよかった。
アルシェラが少し後悔しているとバルコニーの扉が勢いよく開く音がした。
「姉様、アルシェラ様!」
第二王女サフィーヤがこちらへ駆け寄ってくる。
彼女は本日の主役らしく、煌びやかな装飾品を身に付けていた。歩くたびに金細工や宝石が触れ合い、しゃらしゃらと華やかな音を立てる。
二人の前まで来ると、まだ幼さを残す可愛らしい顔に少しだけむっとした表情が浮かんだ。
「もうっ。二人だけでお喋りしているなんてずるいです」
「ごめんなさいね。そろそろ戻りましょう」
シャムサはさりげなく左腕に手を遣り、装飾品に紛れ込ませた魔道具を起動した。
土属性の魔力が淡く全身を巡り、ゆっくりとした所作で立ち上がった。
サフィーヤとアルシェラはそれぞれ第一王女の左右に立ち、自然な動きで彼女の手を取る。
そうして三人は、まだ賑わいの残る会場へと戻っていった。
◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇
グランヴィレア王城のほど近くに設置されたキャンプ地は、影霧駆除を終えた騎士たちで賑わっていた。
あちこちで松明が焚かれ、夜の森を背にした天幕の群れを赤々と照らしている。任務を終えた騎士たちは装備を外し、用意された水を飲み、治療を待つ者たちもどこか気の抜けた顔をしていた。
レオノーラは治療を受けるべく大勢の騎士が待機している様子を横目に見ながら、作戦の責任者が詰めている天幕へと足早に向かった。
「第二親衛隊長、レオノーラ・ディラックです」
「はいれ」
許可が下りると、レオノーラはすぐさま「失礼します」と告げて天幕の中へ入る。
そこには騎士団長のガレスと、なぜか宰相補であるアンソニーの姿もあった。思いがけない兄の同席にレオノーラは目を瞠る。
「どうだった? そういや、第六小隊の担当エリアの半分も肩代わりしてくれたんだよな」
ガレス自身も作戦に出ていたのだろう。上着を脱ぎ、首にタオルを掛けている。額に浮かんだ汗を拭いながらこちらへ大股で歩いてきた。
「はい。【照明】の魔道具を用いたことで、確実かつ短時間での駆除が可能でした」
「へぇ!? そんなに違うか」
「はい。両手が自由に使えるうえ、光属性の魔力を帯びた光で核を露出させられます。慣れてしまえば、現在の四分の一ほどの人員でも対応できるかと思われます」
レオノーラがそう報告すると、ガレスは感心したように口笛を鳴らした。
「四分の一か。そりゃ大したもんだな」
「隊員に被害はありませんか?」
それまで黙って聞いていたアンソニーが、静かに口を挟んだ。
問いかけてくる声は穏やかなものの、まるで粗探しをするかのような口ぶりに聞こえて、レオノーラは腹の奥からかっと怒りが湧き上がってくるのを感じた。
けれど、ここで兄妹喧嘩をするわけにはいかない。
レオノーラは深く息を吸い、少しだけ落ち着きを取り戻すと、兄を真っ直ぐに見据えた。
「三名ほど軽傷を負いましたが、すべて勢い余っての転倒によるものです。影霧から受けた被害ではありません」
「……なるほど」
アンソニーは短く答えたきり、難しい顔で黙り込んだ。
レオノーラには、兄が魔術の導入にあまり積極的ではないように見える。
きっと費用や手続き、管理体制の整備で仕事が増えることを懸念しているのだろう。確かに一時的には負担が増える。だが長期的に見れば、討伐に必要な人員も治療の手間も減らせるはずだ。
どうしてそこまで渋るのか、レオノーラには分からなかった。
「次回から治癒士の派遣数を減らしてもいいんじゃないか?」
「そうですね。ただ、魔道具を本格的に導入するとなると費用が掛かりますので、単純な経費削減にはなりません」
「それだけではありません。治癒薬の消費も減らせます」
ガレスとレオノーラがメリットを語っても、アンソニーの表情は相変わらず晴れない。
むしろ、彼は何か別のものを測っているようだった。
魔道具の費用でも、治癒士の派遣数でもない。もっと厄介で、もっと国の中枢に関わる何かを。
けれどその思考の先をレオノーラが汲み取ることはできなかった。
――一体、何が不満なのよ。
兄に食ってかかりそうになる衝動を、レオノーラは必死で堪えていた。
9月もどうぞよろしくお願いします!




