2-13
投稿時間の設定を間違ってしまったのですが、これは8月31日の10時更新分でした。
でも推敲が間に合ったら31日の夜にも更新するかもです。
第二親衛隊が影霧の駆除に奮闘していた頃、アルシェラは五大国の一つであるスフリム王国の王宮にいた。
スターラ大陸の南西に位置するスフリムは国土の半分を砂漠に覆われている。
植物の育ちにくい土地ではあるものの、塩や宝石、リン鉱石をはじめとした貴重な地下資源が豊富に採れるため、王国は長く豊かさを保っていた。
煌びやかな王宮はオアシスから離れた場所に建てられている。
それにもかかわらず、中庭には見事な噴水があり、澄んだ水が月明かりを受けて銀色にきらめいていた。今夜は第二王女サフィーヤの成人を祝う宴ということもあって、会場のあちこちには色鮮やかな花々が惜しげもなく飾られている。
砂漠の国において、水と花は富の象徴だ。
贅の限りを尽くした料理が並ぶ会場にグランヴィレア王国の王妹の入場が宣言されると、参加者たちの間にざわめきが広がった。
扉が大きく開かれ、凛々しい騎士の礼装を纏ったアルシェラが姿を現す。
その瞬間、会場のあちこちでひそひそと囁き合う姿が見えた。魔術を封じられていた王妹が魔力に関わる騒動を起こしたらしい。そんな噂が間者や商人を通して国外へ漏れていることは承知している。
好奇や憐れみ、そしてわずかな侮りを含んだ視線が降り注ぐ。
それらを肌で感じながらもアルシェラは姿勢を崩さなかった。背筋を伸ばし、王妹としての歩みを乱さずに会場の奥へと進んでいく。
「おお、アルシェラ! 久しいな」
「ザフィール陛下、ご無沙汰しております。本日はサフィーヤ王女殿下のご成人、心よりお祝い申し上げます」
スフリム国王ザフィールが豪快に笑い、グランヴィレアの王妹を迎えた。
その声は広間の隅々までよく通る。幼い頃から王族同士の交流があったためだろう。格式を保ちながらも、そこには懐かしい相手へ向ける親しみが滲んでいた。
「堅いな。昔はもっと勢いよく駆け寄ってきたものだが」
「わたくしも、いつまでも子供ではいられませんので」
「ははっ、それはそうか!」
ザフィールの隣には、たおやかな微笑みを浮かべる王妃ライハーナが座っている。
その傍らには第一王女シャムサ、そして宴の主役である第二王女サフィーヤもまた、晴れやかな笑顔を浮かべていた。
王家総出で歓迎の姿勢を示されたことで、アルシェラへ向けられていた不躾な囁きはいつの間にか鳴りを潜めていた。
「グランヴィレアより、ささやかながら祝いの品をお持ちしました。どうぞお納めください」
アルシェラがそう告げると、傍らに置かれたワゴンから掛け布が取り払われた。
そこに並べられていたのは、軽装防具一式である。
胸当て、肩当て、籠手、腰帯、脛当て。そして砂除けと日除けを兼ねた外套。
儀礼の場にふさわしい美しさを保ちながらも飾り物ではないことは一目で分かった。薄く加工された鱗は重なり合うように留められ、動きを妨げないよう関節部には柔らかな革が使われている。砂漠で長く戦うことを前提とした、実戦用の軽鎧だった。
武国らしい贈り物に周囲からどよめきが上がる。
「まさか、その鱗は……」
「はい。火竜の成体のものです」
アルシェラの声には、わずかな誇らしさがあった。
「火竜の鱗は灼けた砂や熱風から身を守ります。砂竜の熱息に対しても、通常の革鎧や金属鎧より高い防護効果が見込めるはずです」
「やはりそうか!」
ザフィールの目が輝く。
今にも玉座から身を乗り出しそうになった国王の手に王妃の手がそっと重なった。たったそれだけで、豪快な王がわずかに動きを止める。
アルシェラは続けた。
「さらに、こちらの外套にはヴィルナタール鉱山で採掘されたシュルヴァイトを合金化し、糸状に延ばしたものを織り込んであります。強い魔力を遮断しすぎれば着用者の動きも阻害しますので、あくまで外から受ける魔力干渉を減衰させる程度に調整されています」
砂竜は土属性の魔獣である。
吐き出すのは炎ではない。体内で圧縮し、摩擦と魔力で高温化させた灼熱の砂と熱風だ。さらに砂鎧や砂塵幕を纏うため、討伐する者にとっては熱だけでなく、魔力を帯びた砂そのものが厄介な障害となる。
火竜鱗は熱を遮り、シュルヴァイトを織り込んだ外套は、魔力を帯びた砂の干渉を鈍らせる。
その二つを組み合わせた防具は、砂漠の戦場に立つ者にとって極めて実用的な贈り物だった。
「戦場に立つサフィーヤ殿下の御身を、少しでもお守りできれば幸いです」
アルシェラがそう結ぶと、広間に感嘆の声がさざ波のように広がっていった。
その時、シャムサがゆっくりと立ち上がる。玉座の周囲にいた者たちがはっと息を呑む。
第一王女は周囲の反応を気にした様子もなく、ゆったりとした足取りで階段を下り、アルシェラの方へ近付いてきた。
長いスカートの合間に入った深いスリットからすらりとした脚が覗く。その浅黒い素肌にはうっすらと黒紫の罅割れたような模様が浮かんでいた。
伸ばされた腕を飾る装飾品が、しゃらりと澄んだ音を立てる。
シャムサは胸当てに張られた火竜の鱗を指先でなぞり、続いて外套の布地をそっと撫でた。
「素晴らしい防具だわ……ありがとう、アルシェラ」
「これで、サフィーヤ殿下の砂竜討伐がはかどることを祈っております」
もしかするとシャムサが気を悪くするかもしれない。
そんなアルシェラの懸念は、どうやら杞憂だったらしい。
戦う王女であり、次代の王として砂漠に立つ妹への祝い品。そこに含まれる意味をシャムサは正しく受け取ってくれたのだろう。
それだけではない。
彼女自身、周囲が余計な憶測を抱くことを知っている。だからこそ、わざわざ玉座の傍を離れ、自ら防具に触れてくれたのだ。
アルシェラが肩に入れていた力をそっと抜くと、シャムサは昔と変わらない柔らかな眼差しを向けた。
そして声には出さず、唇の動きだけで告げる。
――またあとで。
アルシェラは小さく頷き、同じように唇だけで返した。
――ええ、またあとで。
それを見届けると、シャムサは静かに微笑み、王族の席へと戻っていった。
お姉さんじゃなくて妹が王位継承第一位の理由は次回!




