2-12
「それじゃ、しゅっぱーつ!」
朗らかな号令とともに一行は漆黒の森へ足を踏み入れた。
先頭を行くセレンティナは機嫌よさそうに、まるでピクニックにでも向かっているかのような足取りで進んでいる。その後ろに続く騎士たちはどこか戸惑ったような顔をしていた。
そして、それぞれの頭上には淡く光る球がふよふよと浮いている。
「すげぇ……ちゃんと付いてきてるぞ」
「これ、走ったらどうなるんだ?」
魔道具によってそれぞれの手から生み出された光の球は、所有者を追従するようになっている。事前に説明は受けていたものの騎士たちはどこか半信半疑だった。
だが実際に歩いてみれば光球はきちんと頭上をついてくる。歩調が変われば速度を合わせ、枝葉にぶつかりそうになれば、ふわりと高さを変えた。
あまりにも奇妙で不思議な光景に意識の大半が向けられているせいか、魔獣駆除に来ているという緊張感はあまり感じられなかった。
「元々この魔道具は、その名前の通り【照明】として使われていたんだよ。たとえば松明を使うのが危険な油田付近とか、火を焚きにくい狭い場所とかね」
「あぁ、なるほど」
「それから……」
セレンティナはさらに何かを説明しようとしたが、森の奥の一点を見つめるなり言葉を区切った。
「あそこに影霧の群れがいる」
騎士たちが一斉に目を凝らす。
濃い闇の中で黒灰色の靄が数体、ゆらゆらと揺蕩っているのが見えた。獣とも人ともつかない輪郭が木々の隙間を這うように動いている。まだこちらに気付いていないのか、逃げる様子はなかった。
「小さめだから、お手本を見せるのにちょうどいいね。ケヴィン、頼める?」
「お任せください!」
鼻息荒く進み出てきた騎士の手首には例のバングルが装着されていない。
つまり彼は、光属性の魔力を持つ者なのだ。
今夜のために練習してきたのだろう。ケヴィンは慣れた様子で、頭上に浮かべていた自前の光球を手元へ引き寄せた。
「ではでは、核を見つける方法を紹介しまーす」
「えっ、そんなことできるのかよ」
影霧の核は欠けた月のように薄く湾曲した黒い結晶である。
それは靄の奥に隠されているため、普通に目を凝らしただけでは見つけにくい。松明で照らしても靄を払うことはできず、これまでは武器を振るって偶然核に当たることを祈るしかなかった。
つまり、従来の戦い方は原始的かつ効率が悪い。
とはいえ、それ以外に有効な手段がなかったのも事実だった。
その問題をセレンティナはこの魔道具で解決できると高らかに宣言したのである。
「やり方はとっても簡単だよ。みんなが作ったこの【照明】を……」
セレンティナに目配せされたケヴィンが頷き、影霧の群れへ向き直った。
そして手元の光球を軽く持ち上げる。
次の瞬間、ケヴィンはそれを暗闇へ向かって思いきり投げつけた。
「ええっ!?」
騎士たちの驚きの声が重なる。
光属性の魔力を帯びた球が影霧の群れの中心で弾けるように輝いた。
黒灰色の靄がじりじりと掻き消えていく。輪郭を失った影霧の内側に欠けた月のような黒い結晶がいくつも露出した。
ケヴィンはその隙を逃さず、素早く剣を抜きながら地面を蹴る。
白い光に照らされた森の中で剣閃が幾筋も走った。露出した核が次々と砕かれ、形を保てなくなった影霧は黒い煙となって消えていく。
それは、ほんの一瞬の出来事だった。
駆除があまりにもあっけなく終わってしまい、騎士たちはぽかんとしたまま不穏な気配が消え去り、静けさの戻った森の闇を見つめていた。
「ね、簡単でしょ?」
セレンティナの声はどこか自慢げに響いた。
「それじゃ、このエリアから綺麗にしていこっか」
「…………散開!」
レオノーラの命令で騎士たちが三々五々に散っていく。
森のあちこちで小さな光が弾け、斬撃の音が響く。かと思えばまた別の場所で光が灯り、露出した核が砕かれていった。
最初こそ慎重に距離を取ってた騎士たちも、二体、三体と討伐するうちに少しずつ動きが軽くなっていく。
「おい、本当に核が見えるぞ!」
「見えさえすれば、あとは普通に斬れる!」
「なんだこれ。今までの苦労は何だったんだ……?」
戸惑いと驚きが、やがて明るい声へと変わっていった。
これまで影霧は騎士たちにとって厄介な魔獣だった。斬っても手応えが薄く、靄の中に隠れた核を偶然砕くまで何度も武器を振るうしかない。数が多ければ多いほど時間がかかり、疲労も焦りも積み重なっていく。
それが――今は違う。
光を投げれば靄が消えて核が見える。見えた核を砕けば終わる。
魔道具を使った駆除作戦はあまりにも単純かつ確実だった。
拍子抜けしたように笑う者もいれば、胸の奥に溜まっていた不安が抜けたように大きく息を吐く者もいる。中には「これなら今夜は早く終わるんじゃないか」と小声で呟き、隣の隊員に肘で小突かれている者までいた。
そして間もなく、指定された範囲に湧いた影霧の駆除が完了する。
「っていうか、あんた。いつの間に光属性の魔術が使えるようになったの?」
別のエリアへ移動しながら、レオノーラが不機嫌そうに問いかける。当のケヴィンは照れくさそうに金髪を掻いた。
彼は元々、レオノーラと同じ火属性だった。セレンティナに光属性への可能性を見抜かれていたことは知っていたが、まさかすでに習得しているとは思わなかった。
「それはもちろん、セレンティナ様に訓練していただいたんですよ」
「ケヴィンは筋がいいから、教えるのが楽しかったよー」
「本当ですか!? 俺、魔導騎士になれますかね!?」
褒められたケヴィンが、ぱっと目を輝かせて問いかけた。
それに対し、セレンティナはにこっと微笑む。
「魔力量的に無理」
「えっ……」
「まぁ、ある程度は訓練で上げられるから、頑張ってみてもいいかもね」
可愛らしい顔から飛び出したあまりにもシビアな回答に、浮かれていた騎士はあからさまに肩を落とした。
ケヴィン君、1-4に出てきている彼です。がんばれっ!




