2-11
「それじゃあ……行ってくるわね」
「はーい、いってらっしゃーい」
アルシェラはこれから、スフリム王国の第二王女サフィーヤの成人を祝う宴に参加する。
儀礼用に誂えた華やかな騎士服を身に纏っているものの、その顔には「心配」の文字がべったりと張り付いていた。
魔導騎士団の設立を国王から許可されてから、一週間が経っている。
準備は水面下で、けれど着々と進められていた。
何度か話し合いを重ねた結果、人員集めよりもまずは騎士団に魔術の有用性を認識させることを優先する方針となった。
そして今夜、いよいよ作戦の第一弾が開始される。本来ならアルシェラも同行したかった。だが公務を優先しなければならないのは仕方のないことだ。
しかもこの作戦は今夜――新月の夜でなければならなかった。
「セレン。くれぐれも、レオノーラの言うことを聞いてね」
「はいはーい」
セレンティナの返事はいいが、どうにも信用ならない。
お目付け役を任されたレオノーラも同じ気持ちなのだろう。胡乱な目で眩い笑顔を浮かべる調律者を見下ろしていた。
「アルシェラ殿下、そろそろ出発のお時間です」
「ええ……」
宴の同行者である外交官から促され、アルシェラは大いに後ろ髪を引かれた様子で頷く。
それでも王妹としての務めを放り出すわけにはいかない。アルシェラは何度も振り返りながら、飛竜の待つ発着場へと向かっていった。
その背が建物の陰に消えるまで見送ると、セレンティナはくるりと振り返り、軽やかな足取りで王城の中へ戻っていく。
「ちょ、ちょっと! どこへ行くんですか!?」
「んー? だって夜にならないと何もできないから、ちょっと夕寝するね」
「はぁっ!? その前に打ち合わせを……あっ!」
今夜の手筈について、レオノーラはセレンティナからほとんど何も聞かされていない。
慌てて肩を掴もうとしたものの、その手は空を切った。セレンティナの姿がふっと揺らぎ、次の瞬間には遥か向こうの城の入口付近へ移っていたのだ。
「それじゃ、またあとでねー」
無邪気な笑顔とともに手を振る調律者を、レオノーラはしばし呆然と見つめる。
追いかけようにも距離がありすぎる。しかも相手は何度でも【移転】できるセレンティナだ。ここで追いすがったところでさらに遠くへ逃げられるだけだろう。
レオノーラは深く息を吸い、ゆっくり吐いた。
そして、引きつった笑みを浮かべながら拳を握り締める。
「……後で、絶対に説明してもらいますからね」
当然、その声に返事はなかった。
そして、すっかり日が暮れた頃に、第二親衛隊は王城にほど近い森の入口に集合していた。 第二親衛隊はアルシェラの護衛を務める騎士たちで編成された部隊である。隊長であるレオノーラを筆頭に腕の立つ者が揃っている。
とはいえ、今夜の任務に関しては誰もがどこか落ち着かない様子だった。
月明かりのない森はいつもよりずっと深く沈んで見える。
「それじゃあ、影霧の駆除方法について説明しまーす」
セレンティナが満面の笑みを浮かべて説明を始める。
その隣にはレオノーラが憮然とした顔で佇んでいた。あまりの温度差に騎士たちは困惑しているが、それを指摘する猛者はいない。
影霧は新月の夜に大量発生する闇属性の魔獣である。
身体は黒灰色の靄のようなものでできており、獣とも人ともつかない曖昧な輪郭で闇の中を動き回っている。
決して強力な魔獣ではないが、剣で斬っても槍で突いても靄がすぐに元へ戻ってしまうため、通常の物理攻撃だけでは討伐が難しい。
しかも、厄介なことにその靄は風で吹き飛ばすことも、火で燃やすこともできないのだ。
倒すには、靄の中に隠れている核を砕く必要がある。
影霧が新月の夜に必ず駆除されるのは、討伐しにくいからだけではない。
この魔獣は生き物に取りつき、少しずつ魔力を奪っていく。取りつかれた者は身体が冷え、力が抜け、やがて昏倒する。
そうして森の中で倒れたところを他の魔獣に喰われてしまうのだ。
一体一体は脅威でなくても、放置すれば確実に被害が広がる。だから新月の夜には、必ず討伐隊が編成されるのである。
「みんなにはこの魔道具を使ってもらうね」
セレンティナがぱちん! と指を鳴らす。
すると太めのバングルがいくつも姿を現した。ふわふわと宙に浮いているそれには白色の魔石が埋め込まれ、その周囲には細かな魔術紋が彫り込まれている。
「これは、【照明】を発生させるバングル。みんなに配るから左腕に着けてね」
そう言うが早いか、きちんと等間隔に並び立つ隊員たちの鼻先にバングルが現れた。
面食らって後ずさる者もいれば、恐る恐る宙に浮くそれへ手を伸ばす者もいる。
「使い方はとっても簡単。左手に魔力を集めるだけ! はい、レオノーラ。お手本を見せてあげて」
「…………はい」
セレンティナによっていつの間にかバングルを装着させられていたレオノーラは、明らかに怒っていた。
だが、ここで喧嘩をして討伐の開始時刻に遅れては元も子もない。そう必死に自分へ言い聞かせているのだろう。レオノーラは眉間に皺を寄せたまま、左手を前へ出した。
手のひらを上に向け、意識を集中する。
ややあって、そこにぽわりと白い光を放つ球が浮かび上がった。
柔らかな光が周囲を照らし、森の入口に落ちていた濃い影を薄くしていく。
「おぉ……!」
騎士たちがどよめいた。
これでようやく、夜間の活動に欠かせないはずの松明が用意されていなかった理由が判明した。
「それじゃ、みんなもやってみて。流す魔力の加減がわからない人は言ってねー」
セレンティナの呼びかけに応じて、隊員たちが次々と左手に意識を向ける。
一つ、また一つ。
白い光球が夜の森の前に浮かび上がり、周囲は徐々に明るさを増していった。




