2-6
セレンティナはサマリンダと共に元いた場所へ戻っていた。
【移転】の魔術を初めて目にした者たちは、皆一様に呆気に取られている。先ほどまで火竜の前にいた二人が瞬き一つの間に離れた場所へ現れたのだ。常識では到底理解できない光景だった。
だが、その驚きは長く続かなかった。
火竜の唸りが岩場を震わせ、我に返った騎士たちは慌てて顔を引き締め、己に課せられた任務を遂行すべく再び動き出した。
ガレスが走っている方角の空に、飛竜のシルエットが浮かんでいる。
最初は小さな影だった。それが瞬く間に大きくなり、翼が風を裂く音まで届くようになる。
『左の坂を上がってきている。挟み撃ちにして!』
アルシェラの指示が【拡声】によって岩場に響き渡った。
了解したという意味でガレスは手にした大剣を大きく振る。すると上空の飛竜が鋭く旋回し、さらに速度を上げた。
その先では巨大な火竜が全身に火を纏い、周囲の岩を焼き壊している。
岩場の型に嵌められてなお、その力は衰えていなかった。太い前脚が縁を砕き、真っ赤に燃え盛る鱗が岩肌を焦がす。穴の内側から這い上がろうとするたび、周囲の地面が不穏に揺れた。
飛竜がその上空へ差し掛かる。
次の瞬間、アルシェラが空へ身を躍らせた。
普通の人間が飛び降りれば命など助かるはずもない高さに騎士たちは一瞬息を呑む。だがすぐに、彼女が風の魔術を使えるのだと思い出し、強張った肩から力を抜いた。
弓を手にした王妹は、落下しながら身体に風を纏わせる。
風が騎士服の裾を押し上げ、金の髪を大きくなびかせた。落下速度は徐々に落ち、危なげなく岩場に着地したアルシェラは素早く身構える。
目の前には今にも穴から這い出てきそうな火竜がいるというのに、アルシェラは逃げも隠れもしなかった。
まるで訓練場で的を狙っているかのように、凛とした居住まいで弓へ矢を番えて素早く引く。
火竜の喉は半分ほど膨れていた。
間もなく灼熱の炎を吐き出す準備が整う。口の端から熱が漏れ、周囲の空気が揺らめいた。
火竜は穴に落とされた苛立ちを、突如として目の前に現れた弓手へぶつけるつもりらしい。
喉をさらに膨らませるべく、火竜が首を大きく反らした。
その瞬間をアルシェラは見逃さず、指が弦を離れる。
放たれた一矢は凄まじい速度で飛び出した。
だが、真っ直ぐには飛ばない。
風を纏った矢は不自然なほど急激に降下した。火竜の視界から消えるように低く沈み、岩場すれすれを走っていく。
地を這うように迫り、火竜が炎を吐き出そうと喉を晒した瞬間――鋭く跳ね上がった。
ガレスは思わず立ち止まってしまった。
騎士も、魔術師も、誰も声を出せなかった。
核に繋がる最も薄い一点、逆鱗へと矢が吸い込まれるように突き刺さった。
火竜が炎を吐き出す姿勢のまま動きを止める。
膨れ上がっていた喉の奥で赤い光が不自然に揺れた。次いでくぐもった音が響く。
炎になり損ねた熱が内部で弾け、巨大な身体がびくりと震えた。
赤黒い爪が岩場を掻き、鱗の隙間から熱が噴き出す。
だが咆哮は上がらなかった。
喉を射抜かれた火竜は声を失い、ゆっくりと傾いていく。
そしてそのまま――巨体を岩場へ横倒しにした。
土煙が舞い上がり、赤く燃えていた岩片がばらばらと転がる。騎士たちは盾を構え、魔術師たちは息を詰めたまま倒れた火竜を見つめていた。
その地響きの中に、遠くから小型の火竜の鳴き声が重なった。
イベント参加中につき(以下略
もしかすると明日はお休みするかもしれません!




