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聞き間違いかと思った。
だがセレンティナは、間違いなく王妹の名を口にした。
今日は例によってレナトスが「聖女の伴侶」としての務めに出ている。一度アウレシェルムへ向かえば夜まで戻らないことも珍しくない。だからこそ、唯一王城に残っている直系王族が城を空けるなど、ガレスには到底信じられなかった。
「ちょっと待ってくれよ。本当にアルシェラがここに向かっているのか?」
「うん。そう言ったでしょ」
「それじゃあ王城は空っぽじゃねーか!」
「留守はアンソニーに任せてくるってさ」
「いやいやいやいや……それはまずいだろ」
「どうして? アルシェラが離宮にいた時だって、国王が留守にすることはあったでしょ?」
「あれは例外中の例外だ」
アルシェラが魔力暴走を起こした時、レナトスはよほどの緊急事態でなければ外出しなかった。
その時はアウレシェルムを訪問する回数も極力減らしていたはずだ。だが今は、その分を取り戻すかのように頻繁に呼び出されている。
ただの外出であればまだいい。
だが、危険な戦場に赴くなど正気の沙汰とは思えなかった。
すぐに引き返すよう伝えようとしたその時、耳元に王妹の声が響く。
『北西より小型の火竜の群れが接近中!!』
「……ちっ。さっきの叫び声に反応しやがったか」
「だってさ。ガレス、対応よろしくねー」
まるで子供にお使いを頼んでいるかのような気楽さで、セレンティナがひらりと手を振る。
さすがにむっとしたガレスは文句を言おうとした。だが今は、そんな小競り合いをしている場合ではない。
火竜サラマンドラの巨体は岩場の型に嵌められ、動きを封じられている。だが周囲に幼体や小型個体が集まれば状況は一気に悪化する。魔術師たちの集中が乱れれば、せっかく押さえ込んだ大型の火竜も自由を取り戻しかねない。
ガレスはせめてもの意思表示として大袈裟に溜息をつくと、一度は収めた大剣を手に取った。
そして四人の魔術師を無事に連れ戻した騎士たちへ向き直る。
「接近する火竜を蹴散らす。動ける奴は俺についてこい」
「はいっ!!」
脚を負傷した一名を除き、騎士たちが一斉に応じる。
アルシェラから伝えられた方角へ駆け出そうとした、その時だった。
岩の型に嵌められた巨大火竜の横で薄墨のローブがふらりと揺れる。
「おいっ! 大丈夫か!?」
サマリンダは杖を手にしたまま膝をついていた。
顔色は真っ青で唇から血の気が引いている。額には玉のような汗が浮かび、呼吸も荒い。巨大な氷壁を生み出し、さらに火竜の熱を押さえ込むために【凍結】を維持し続けた負荷が、一気に身体へ襲いかかったのだろう。
それを好機と取ったのか、身動きできないはずの火竜がわずかに顎を上げた。
赤黒い喉の奥に炎が灯る。
狙いは、穴の縁で膝をついているサマリンダだった。
「くそっ!」
ガレスが地面を蹴る。だが遠い。
火竜の口から吐き出された炎は、先ほどのように広く薙ぎ払うものではなかった。細く凝縮され、槍のような形を取っている。
灼熱の火槍がサマリンダへ一直線に放たれた。
当の本人も気付いているはずだった。だが限界を迎えた魔術師長は、杖を握り締めたまま動けない。ただ迫り来る炎をどこか呆然と見つめている。
――間に合わない。
ガレスがどれだけ急いでも救援は不可能だった。
一縷の望みに賭けて走るべきか。それとも接近してくる小型火竜の駆除を優先すべきか。
迷いが、ほんの一瞬だけ足を鈍らせる。
氷魔術を扱うサマリンダが、炎に貫かれる。
その寸前――。
薄墨のすぐ傍で純白が揺れ、次の瞬間――不可視の壁が火槍をあっけなく掻き消す。
火竜が放った灼熱の一撃は、まるで最初から存在しなかったかのように、透明な何かへ触れた瞬間に消え失せる。
セレンティナがサマリンダの隣に立っていた。
戦場に似つかわしくないほど涼しげな顔で片手を軽く掲げている。火竜へ攻撃を返すことはない。ただサマリンダと炎の間に、ほんの一瞬だけ遮断の壁を差し込んだのだ。
「お疲れさまー。戻ろっか」
まるで何事もなかったかのように、セレンティナが告げる。
サマリンダが何かを言おうと唇を動かした。だが声になる前に、その身体はふわりと銀紫の光に包まれる。
次の瞬間、セレンティナとサマリンダの姿は火竜の前から消えていた。
週末にイベント控えておりますゆえ、短めで失礼します!




