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ヴィルナタール鉱山を魔獣から奪還した――。
その報せを耳にした者の大半は、嘘だろうと一笑に付した。
なにせ、歴代最強と謳われたブロディ将軍ですら太刀打ちできなかったのだ。いくら十年以上経っているとはいえ、あの合成獣が弱っていたなどとは到底思えない。
むしろ長く閉ざされた鉱山の奥でさらに禍々しいものへと変わっているのではないか。そう考える者の方が多かった。
だが一方で、王城の騎士たちはその報せを素直に受け取り、歓喜していた。
彼らは調律者、セレンティナ・ロシュフォードの力を知っている。
騎士団長を一瞬にして地面へ縫い留めた少女。訓練場に土人形を無数に生み出し、対魔獣戦の訓練をまるで遊びのように成立させてしまう魔術師。あの憎き合成獣を斃すことができる者がいるとすれば、彼女しかいない。
そんな願いにも似た期待に、セレンティナは確かに応えてくれたのだ。
ほどなくして調査隊の派遣が正式に発表されると、噂は事実だったのだとグランヴィレア国内に衝撃が走った。
これでようやく、国のために命を散らした者たちの追悼ができる。
そして、いつの日か採掘が再開されれば、長く低迷していた経済も回復するかもしれない。
安堵と希望が、グランヴィレアの民の胸に芽生えはじめていた。鉱山で家族を失った者たちは静かに涙し、商人たちは閉ざされていた未来に光が差したことを実感した。
王城に勤める者たちの表情にもどこか明るさが戻っていく。
だが当のセレンティナは、そんな国中のざわめきなどどこ吹く風。残る「契約」を完了させるべく、王城のあちこちに出没しては愛らしい笑顔を振りまいている。
人離れした美貌と、神秘的な銀紫の髪と瞳を持つ彼女はいつしか王城で働く者たちの間で、神出鬼没の妖精のように認知されるようになっていった。
廊下の角を曲がれば、そこにいる。
中庭を見下ろせば、白いローブの裾を揺らして歩いている。
書庫の奥で古い魔道具を眺めていたかと思えば、次の瞬間には騎士団詰所で土人形を生み出している。
そのたびに城の者たちは驚き、見惚れ、そして少しだけ笑った。
グランヴィレア王城に、調律者という名の小さな嵐がすっかり馴染みはじめていた。
◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇
グランヴィレア王城に新たな魔術阻害の魔道具が設置されたのは、セレンティナたちがヴィルナタール鉱山から帰還して五日後のことだった。
「随分と小さいのですね」
騎士団によって設置作業が進められている魔道具は、これまでのものよりふたまわりほど小さい。
壁際に据えられていた古い装置は、重厚な金属箱のような形をしていた。内部にはシュルヴァイトを組み込んだ複雑な術式盤が収められており、見るからに扱いづらそうだった。
対して新しい魔道具は、磨かれた石板と金属枠を組み合わせた薄い箱のような形をしている。側面には淡い紋様が刻まれ、中心には小さなシュルヴァイトの結晶が嵌め込まれていた。
作業を見守っていたアンソニーの言葉に、隣に並び立っているセレンティナがぱあっと表情を明るくする。
「これはね、カヤ姉様が開発した最新の魔道具なんだよ。すごいでしょ!」
「えぇ。これであれば置き場所の確保が楽ですし、何より一元管理できるのが素晴らしいです」
今回設置される魔道具は、これまでのものとは根本的に仕組みが異なっていた。
まずフロアごとに親機となる魔道具を置く。その親機が魔術阻害の基準となる波を作り出し、さらに小さな中継用の魔道具がそれを受け取って範囲を広げていくのだ。
これまでのように一つ一つが独立して効果を発揮するわけではない。親機を中心に、子機が網の目のように効果を広げていく。そうすることで城内のどこか一箇所だけ効きが弱くなることを防ぎ、管理も格段に容易になる。
しかも古い装置と違い、内部に使われるシュルヴァイトの量も少なくて済む。
魔力を遮断し、術式の発動を阻害する希少鉱物であるシュルヴァイトは決して安価ではない。財政に余裕のないグランヴィレアにとって、少量で広範囲を管理できる新型装置はありがたいものだった。
「おい、設置が全部終わったぞ」
「はいはーい。それじゃあ起動しよっか」
設置の指揮を執っていたガレスの報告に、セレンティナが一階の親機となる魔道具へ弾むような足取りで近付いていく。
城内なので銀紫の髪は今日も緩く編み込まれており、純白の背で元気に揺れていた。毛先に結ばれた小さな花がふわふわと踊っている。
それを眺めながら、アンソニーが隣に立つガレスを見上げた。
「彼女から稽古をつけてもらう対価ですが、あれは本当なのですか?」
「なんだよ。嘘を報告したって言いたいのか」
「そういうわけではありません。ただ、信じがたい……というのが正直なところです」
「そうだろうな。俺も頼んだ時は驚いた」
ガレスは宣言した通り、対魔獣戦の訓練をセレンティナへ依頼した詳細を報告書にして提出してきた。
ちなみに報告書を作成したのは、当然ながら副官である。
受け取ったアンソニーはすぐさま目を通した。だがそこに書かれている内容を理解するまでに、少々時間が掛かった。
理解できなかったわけではない。書かれている文字は読める。文章としても破綻していない。けれど、どうしてそれが対価として成立するのか、頭が追いつかなかったのだ。
そのせいで同じ箇所を何度も読み返し、別の書類を届けにきた文官に心配されたほどだった。
「しっかし、民話なんか集めて何になるんだろうな?」
「そういった話の中には史実が含まれていると聞きますが、検証は難しいですね」
騎士団が調律者へ対魔獣戦の訓練をしてもらう対価として差し出したのは、グランヴィレアの各地から集まっている騎士達が知る民話や伝承だった。
村に伝わる古い魔獣退治の話。
山奥の湖に棲むという光る鹿の伝説。
旅人を惑わせる石塔の噂。
子供の頃に祖父母から聞かされた昔語りでも構わない。それぞれが記憶している内容をそのまま提出してほしい。
そう告げられたガレスは大いに戸惑った。だが、そんなもので貴重な経験が得られるのであれば断る理由はない。騎士たちに聞き取りを命じたところ、予想以上の量が集まりはじめている。
「知れば知るほどわからん奴だ」
「えぇ……」
騎士団長と宰相補の視線の先では、セレンティナがご機嫌な様子で魔道具の最終確認をしていた。
親機に手をかざすと、刻まれた魔術紋が順に淡く光っていく。やがてその光は壁際に据えられた中継用の魔道具へ移り、廊下の先へ、階段の上へ、城の奥へと静かに広がっていった。
目には見えないはずの魔術阻害の効果が、まるで薄い膜となって王城を包み直していくようだった。
「うん。いい感じ!」
セレンティナが満足げに頷く。
王城を守るための重要な魔道具を起動させているというのに、その表情は新しい玩具がうまく動いたことを喜ぶ少女のようだった。
アンソニーは小さく息を吐く。
やはり調律者は不可解で底が知れない。
けれど今、グランヴィレアは確かに彼女の力によって前へ進みはじめている。
その事実だけは疑いようがなかった。
一章は残り一話で終了です。
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