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エピローグ1 ブーゲリア英雄伝

 西方歴 985年 帝国最後の皇帝が即位。


 西方歴1012年 帝都にて『悪夢の一夜』と呼称される大規模な民衆による大暴動が発生。


 西方歴1013年 自由革命軍決起。


 長い年月を掛けて力を蓄えてきた反乱軍は、自由革命軍と名を変え、帝国全土で一斉蜂起をし、革命軍主力軍は帝国辺境から中央にある帝都に向けて侵攻を開始し、以後、帝国全土を巻き込んだ内戦時代に突入する。


 西方歴1015年 ブーゲリア帝国滅亡。貴族制度が廃止される。


 帝都最終決戦にて勝利した自由革命軍が帝都を陥落させ、皇帝及び帝国軍上層部は革命軍に降伏したことで三年間続いた内戦が終結する。皇帝は獄中にて自害。宰相以下、帝国政府の上層部並びに腐敗した帝国の象徴でもあった貴族のほぼ全てが公開処刑される。


 西方歴1016年 ブーゲリア共和国建国宣言。


 自由革命軍は、大陸西方の歴史上、初となる民主主義国家ブーゲリア共和国を建国。また初の国民議会が開かれる。


 西方歴1017年 大陸東方との交流が本格的に始まる。


 共和国最大規模の港の沖合に、東大陸統合連邦国の蒸気船艦隊が来航し、銃や大砲などの近代国家の軍事力を見せつける。武力による一方的な降伏を迫る連邦に対し、共和国側は、西方諸国に顔が利くという理由から当時の外務大臣の職に就いていた元皇族であるアリア・フォニア・ブーゲリアを連邦艦隊に派遣、連邦大統領代理書記官ヒガン・タチバナと歴史的な会談を行う。会談の結果、多くの不平等条約を結ぶことになったが、共和国は連邦との開戦という最悪の事態の回避に成功する。


 これ以降、不平等条約によりブーゲリア共和国は長年に渡って辛酸嘗めることになるものの、大陸西方において最も早く東方由来の先進的な技術を獲得するに至る。


 銃、戦車や戦闘機の開発や大量量産により、これまで戦場において絶対的象徴であった魔術師の優位性が失われ、魔術師は兵器としての役割から解放される。


 西方歴1042年 東西大陸大戦勃発。


 ブーゲリア共和国を盟主とする大陸西側の国家の連合体である西海同盟と東大陸連邦による東西大陸大戦が勃発。八年にも渡って続いた戦争は、両陣営に甚大な被害をもたらす。


 西方歴1050年 大戦終結宣言。


 運命の悪戯か、戦争の終盤に共に就任した第八代共和国首相アリア・フォニア・ブーゲリアと連邦大統領ヒガン・タチバナによる和平交渉により、戦争の終結が宣言され、同時に、連邦が共和国と結んでいた不平等条約のほとんどが撤廃された。






 西方歴1100年 共和国宇宙局が世界の初の有人宇宙飛行に成功する。


 大陸中を巻き込んだ大戦から五十年が過ぎた。共和国では、戦争に回していた資金や人材を、貧困や国民の生活の向上に当てた結果、科学技術が発達し、国民の暮らしが豊かになり、帝国時代では貴族などの上位層しか楽しめなかった娯楽の多くを一般人でも享受できるようになった。




 その年の暮れ頃に、とある居酒屋の個室を貸し切って、会社勤めのサラリーマン達が、日ごろの苦労を愚痴にしながら飲み食いしている。


 そんな中、一人の男性社員が、ふと思い出したかのように尋ねる。



「そう言えば、来年のブーゲリア英雄伝って誰が主役でしたっけ?」



 ブーゲリア英雄伝。それは共和国中央放送局が休日の夜に放送する時代劇テレビドラマの総称であり、毎年、歴史上の人物にスポットを当てて、その人物の生涯を描いている。


 ブーゲリア共和国を代表するテレビ番組であり、この番組を見て、歴史に興味を持った若者も多い。



「ええと、今年はアレクザード帝の帝国建国記だったよな。来年はなんだ?」


「課長、来年は、オド・フランシスコですよ」


「げ、また、帝国末期時代かよ。あの時代は人気があるけど、しょっちゅうやるから飽きてくるな」



 今でこそ、共和国と名乗り、かつての帝国時代とは別の国家と共和国政府は宣言しているが、平和な世を生きる大多数の今の人間達にとっては、共和国時代も、帝国時代も、その前の戦国時代も、そのさらに前にあった時代も皆、等しく自分達と同じ土地に住んでいた先人が紡いできた歴史という意識が強い。



「確かに、三年に一回くらいは、帝国末期から共和国建国の頃をやっていますからね。自分も最近、少し飽きてきました」



 課長に同意し、多くの平社員達が頷くも、口には出さないが、時代のターニングポイントであり、多くの英雄や偉人がいたあの時代が面白いのは事実だということは理解していた。



「オド・フランシスコって言えば、あの時代を代表する悪役の一人だろう。面白そうではあるが、僕としては、革命軍側の誰かの方がよかったな」



 東西大陸大戦戦争の勃発以前から、あの時代を題材にした多くの小説や物語が細々と書かれていたが、社会全体が娯楽を追い求めるようになった、ここ数十年で、膨大といってもいいようなほどの書籍や映像作品が生み出された。


 それらの作品の大部分において、主人公もしくは正義の側として扱われるのが、後に共和国を建国することになる自由革命軍に所属する英雄達だ。



「三年前に知将クロード・バリスタ。五年前には氷姫シェス。七年前には、初代首相ロマネスク」


「それに、今年公開された連邦映画のヒガンとアリアは、我が国でも今年最高の興行収入を出しましたね」


「そう考えると、悪役側の帝国に焦点が当たるのは珍しいですね。共和国政府の税金が投入されている中央放送局が、帝国側を主人公に選んだのには、少し笑っちゃいます」


「どうせ、あの時代の腐敗した貴族共が如何にして、無様に負けたのかを描きたいのだろうよ」



 歴史は生き残った勝者が紡ぐ。多くの作品が、腐敗しきった帝国を打破し、自らが正当な政府であることを内外に示したかった共和国政府に都合の良いようになっていたのは事実だ。


 それ故に、今の時代を生きる人間の大多数の心の中に、あの時代の帝国に属していた人間は悪だという一種の先入観が刷り込まれていた。



「オド・フランシスコ。確か、あの時代を代表する三大悪人の一人だな」


「そうですね。一部の歴史家や軍人の間では、千年帝国の最後の守護者や軍神などと評価されていますけど、一般庶民である我々から見れば、あの時代のラスボスみたいな奴ですね」


「そういえば、他の三大悪人って誰だ?」


「インペリアルナイツのトップ、ジークフリード・ロイヤルと悪夢の一夜を引き起こしたと言われる謎多き犯罪組織のボス、ファントムですよ」



 あの時代を題材にしたほぼ全ての作品において、正義の主人公側の自由革命軍の行く手を阻む強敵が、銃や戦車もない当時、絶対的な強さを誇り、様々な属性の魔術を使うインペリアルナイツ達だ。


 当時戦った自由革命軍の兵士達から見ても、怪物だったインペリアルナイツだが、後世の作家や脚本家達が「正義が最後に勝つとは言え、敵がそれなりに強くないと話が面白くない」や「話を面白くするために、少し設定を盛ってやろう」としたせいで、物語の中では、本物以上の化け物集団となったが、それだけに、それほどまでに強い敵を、反乱軍の知将クロードや、美少女魔術剣士として極めて人気が高い氷姫シェスがバッタバッタと倒していく様が、読者には受けた。


 その一方で、インペリアルナイツ側で、唯一かませ犬役を演じることがなかったのが、インペリアルナイツのトップに立つ人物であり、帝国最強の男、光の魔術師ジークフリード・ロイヤルだ。


 現代兵器ですら未だに再現できない光線を放つこの男は、帝都最終決戦にて、氷姫シェスとの死闘の末に戦死したが、もしも、この決戦の前に彼が不慮の事故で右腕を失っていなければ、シェスはおろか、革命軍が敗北していた可能性もあるとされるほどの強者だ。



 そして何より、インペリアルナイツや帝国軍を裏で率いていた人物こそが、帝国最後の宰相オド・フランシスコ。


 腐敗貴族の象徴でもあり、軍略家として有能な人物でもあったオド・フランシスコは、病でほとんど登場しない皇帝の代わりに、この時代を題材とした様々な作品において自由革命軍の前に立ち塞がる最後にして最悪のラスボスの地位を確立している。


 戦場におけるラスボスがジークフリード・ロイヤル。政治や軍師面のラスボスが、オド・フランシスコと言えば、現代人のほとんどが肯定するだろう。


 しかしながら、この二人は、ほぼ全ての作品の中で悪人として登場するのだが、正義の主人公達の見栄えを良くするために、多少のファンがつくほどには魅力的なキャラクターとして描かれているせいで、後世の人間達に、一方的には嫌悪されてはいない。


 むしろ彼らが、その後、共和国側に立って戦っていたならば、引き分けに終わった連邦との戦争に勝てたかもしれないという声さえある。


 その一方で、三大悪人の最後の一人には、ファンがつくほどの評価すべき点がほとんどない。



「仮面のボス、ファントムか……こいつのファンっていう奴だけは見た事も聞いたこともないな」


「僕もです。三大悪人の内の二人、オド・フランシスコは軍師としての才能で、ジークフリード・ロイヤルはその圧倒的な強さのおかげで、それなりにファンがいますけど、ファントムだけはいませんね」


「今年公開されていた映画『ヒガンとアリア』に出てきたジークフリード・ロイヤルの光線を嵐を放つシーンとかヤバかったよな。銃も大砲もミサイルもないのに、革命軍の連中はあんなのどうやって倒したんだか」



 仮面のボス、ファントム。実のところ、この人物に関する資料は、何故かほとんど残っていない。一番有力で確かな情報は、この人物がいつも仮面を被っていたことと、当時、奴隷商売と麻薬を栽培し売買していた一大犯罪組織のボスだったことだ。


 それ以外の事となると信憑性は薄いが。


 曰く、仮面で顔を隠していたのは、美しい女性だったから。


 曰く、顔を隠していたのは、醜い火傷の痕があったから。


 曰く、魔術とは別の未知の能力を使う。


 曰く、異常なまでに強かった。


 曰く、麻薬の過剰な接収、もしくは持病のせいで、長生きできなかった。


 曰く、ファントムという名前以外にも、マックス・ガエインやセルケトという幾つかの別の名前が存在していた。


 曰く、帝都に住む若い女性をさらっては暴行を加えていた。


 曰く、『悪夢の一夜』を引き起す前までは、憲兵隊もうかつに手が出せない大物だった。


 曰く、オド・フランシスコを始め、帝国貴族と強い繋がりがあった。


 などが存在するが、何分資料がないので、確かな事を知る術がない。


 それにも関わらず、ファントムが、時代を代表する悪役の一人に数えられているのは、この人物が引き起した大事件のせいだろう。


 『悪夢の一夜』


 命が長くないと悟ったファントムが、どうせ死ぬなら最後に皇帝の座を簒奪せんと企み、配下の犯罪組織を使い、民衆を焚き付けて大規模な暴動を発生させ、その隙に帝城に攻め入ろうと画策したクーデター。


 かなり惜しい所まで行ったらしいが、最終的には失敗に終わり、首謀者であるファントムは、失意の内にアジトで自害したそうだが、このクーデターの余波によって、何も罪のない貴族や平民を含め、当時、世界最大の人口を誇っていた帝都の人口の一割近くが死亡したとされる。


 一晩という括りの中で死亡した民間人の犠牲者の数で考えると、世界史上で見ても、今でも、ぶっちぎりのトップに君臨している最悪の事件だ。自由革命軍の侵攻を遅らせるために、避難指示すら出していない街一つを焼き払ってみせたフランシスコですら、一度に出した犠牲者数だけで言えば、ファントムの足下にも及ばない。


 そのため、後世の歴史家の多くが、ファントムのことを、多数の民間人を巻き込んだ世界的にも類を見ない壮大な自殺をした救いようのない極悪人と辛辣な評価を下している。


 もっとも、民間人に対し残忍な行いをしたという点では、ジークフリード・ロイヤルやオド・フランシスコも同じなのだが、正義の主人公を迎え撃つ、魅力的な悪役として描かれているジークフリード・ロイヤルやオド・フランシスコとは違い、ファントムはクーデターの失敗直後に自害したせいで、後に起こる内戦に登場しないので、後世の作家や脚本家達が、ファントムの見せ場を作れなかったのもファントムの人気が皆無の原因だろう。


 そればかりか、この時代の腐敗貴族達の悪逆な振る舞いを、作品を面白く、または話に整合性を持たせるために、後世の作家達が、ファントムにさせたことも、人気のない要因に違いない。



 このように、理不尽な行いのせいで、人気のないファントムだが、『悪夢の一夜』の結果、帝国の崩壊が始まったとするならば、評価すべきという声もある。


 軍神として名高く、帝国軍からも絶大な支持があったオド・フランシスコ宰相の御膝元である帝都で、インペリアルナイツ二人を失い、帝都を防衛する親衛隊、憲兵隊にも多大な損害が出してしまった事に幻滅して、一部の帝国軍がフランシスコ宰相を完全に見限ったのは確かなので、ファントムが引き起こした『悪夢の一夜』がきっかけで、帝国が滅亡することになったという見方もできなくはない。


 しかしながら、それはあくまで結果論であるため、ファントムを再評価する材料にはならないのが実情だ。



「そう言えば、あの映画『ヒガンとアリア』に出てきた若い日のヒガンの恋人が、アリアの兄貴って言う設定は、実際の所どうなんだ?」


「ヒガンの恋人とされる男性とは別に出てきた弟子の方が、ヒガンの恋人を殺したシーンですね。あのへんは、なんか設定がめちゃくちゃでしたけど、代わりにアクションシーンが凄かったからいいと思います」


「それで極めつけは、そのヒガンの弟子が、アリアの恩人であり、シェスの師匠だったという奇妙な設定ですね。いくら何でもあり得ない話ですね。ストーリーとしては面白かったですけど」


「そもそも、元は東の小国の王女であったはずのヒガンが、なんで、連邦艦隊襲来前の帝国の地にいたことに、なっているんだ? 彼女が初めて西方に来たのは、連邦艦隊襲来時じゃなかったのか、まず、そこからおかしいだろう」


「あの映画を作製に携わった連邦の歴史研究家のレベルの低さが伺えるな。まあ、娯楽作品として見る分には面白かったけどな」





 それでも、もしかしたら、今日も懸命に過去の出来事の真実を探ろうと励む歴史家によっていつの日にか、当時の人間達が、明るい未来のために涙を流して、隠し改ざんした歴史の真実に辿り着く可能性がある。


 そうなれば、謎多きファントムの仮面の素顔も白日の下に晒され、一人の復讐者の人生に涙を流し、或いは、悲劇の復讐者を肯定する者も現れる日が来るかもしれない。


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