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最終話 出会いと別れ

 

「さて、クロード報告を」


「はい、ボス」


 ロッキード子爵の屋敷での復讐劇から一週間が経過した。あの夜、帝国最強の騎士であるインペリアルワンが追撃して来なかったのは不可解ではあるが、そのおかげで、何とか無事に帝都からの脱出を果たした私は、シェスやクロード、ヒガン達と合流した。


 その後は、逃げ隠れしながら、いくつかの場所を移動し、現在は、毒蛇の牙が保有する旧クーパー伯爵の古城に潜伏している。


 私から見れば、あの大暴動やクーデターとやらの方は、ロッキード子爵の屋敷に余計な敵が現れないようにするための陽動に過ぎなかったが、失敗に終わったものの、ヒガンやクロードを中心に進めていた帝都の歴史上類を見ない大暴動の首謀者と目されたため、私達の行方を帝国軍は血眼になって探しているらしい。この古城に隠れているのはそういう理由からだ。


 そして、一旦落ち着いたと判断し、現在、古城の会議室にて、今回の一件の結末についての報告を、今日まで情報収集に勤しんでいたクロードの口から報告して貰っている。ちなみに、他に列席しているのは、ヒガンとシェスの二人だけだ。



「まず、暴動の方は、フランシスコ宰相の指揮の下、憲兵隊、親衛隊、帝都周辺に駐屯する帝国軍の活躍により、発生から三日ほどで完全に鎮圧されました。また、同時に、首謀者である我々毒蛇の牙と蠍の爪の帝都内拠点をほぼ全て制圧されましたが、作戦が失敗した場合に備えて用意していた計画のおかげで、こちらの拠点が制圧される前に、人員、資料、資産の持ち出しには成功しましたので、損害は予想よりも軽微です」



 私としては、ロッキード子爵以外に興味がなかったので、クーデターの方がどうなろうと、どうでもよかったのだが、どうやら後方でクーデターの指揮をしていたクロードは、かなり本気で帝城を陥落させるつもりだったらしい。


 しかし、帝城を攻略させる主力戦力となるはずだった暴徒達が、帝城の陥落よりも貴族区での略奪を優先し、更に、帝国側が想像以上に粘った結果、蠍の爪の主力部隊は帝城の目前で、撤退することになった。損害の出る前に、蠍の爪の主力部隊が撤退に成功したため、かなりの戦力を温存できているのがせめてもの救いだろう。


 もっとも、現在の帝都は、周辺からかき集めた帝国軍の手により鉄壁の防衛網を構築しているため、今の蠍の爪の戦力では、貴族区どころか、平民区、帝都内にすら入れずに殲滅されるに違いない。


 そう考えると、組織自体が、貴族の商売相手として帝国側から一切マークされておらず、組織の戦闘員や剣奴がほぼ自由に帝都を出入りできた暴動発生前の状態が、犯罪組織である我々が、帝国を落とせる最初で最後のチャンスだったかもしれない。


 または、ロッキード子爵の屋敷でフランシスコ宰相を始めとした帝国政府の主要人物達を殺していれば結果は変わっていたかもしれない。


 まあ、どちらにしろ、すでに終わったことだ。ロッキード子爵への復讐を果たせた今、私としては、もうどうでもいいことだ。



「次に帝国側の被害状況ですが、帝国側から見れば、まさに悪夢の一晩だったでしょう。辛うじて、帝城こそ守り切ったもの、たった一夜にして帝都在住の貴族の約四分一を失い、帝国軍の中でも屈指の精鋭である親衛隊、憲兵隊ともに、半数近くを失ったそうです」


 帝国軍の中でも最精鋭と呼ばれる親衛隊と憲兵隊。今回の一件で、抜けた者の代わりに、他の地域の帝国軍から補うことで、数だけは、整えたらしいが、練度が劣る他の部隊の兵士を入れた以上、数はともかく質の低下は免れないだろう。


 それに、帝都防衛の穴埋めだけでなく、今後同じような事態にならないためにも、必要以上に過度に、地方に駐留する部隊の多くを中央に呼び寄せた結果、地方の防備が一気に手薄になった。


 帝都の貴族区に住む、あの暴動から運よく生き延びた小心者の貴族達は、自分達が住む帝都が守られさえすれば、地方がどうなろうと知ったことではないだろうが、地方の治安が悪化が低下するのは目に見える。


 これだけでも、帝国に大打撃を与えたが、実は、それ以上の損害を帝国側は被っていた。



「ただの兵士であれば代えが効いたでしょうが、あの夜、帝国軍は百年に渡って、無敗を誇ったインペリアルナイツを二人も失い、おまけにボスの手によって、帝国最強の光の騎士も自身の右腕を失う重傷を負いました。これらの情報を帝国側は隠してしますが、裏社会の住人、まあ、我々の事ですが、によってすでに帝国中に拡散されております」



 いつの間にかヒガンが暗殺していたインペリアルシックス・グランツ卿に加え、長時間に渡って、帝城の大門前を死守したインペリアルファイブ・アイスバット卿も戦いの後に静かに息を引き取ったそうだ。  


 名前は以前から度々聞いていたが、そのアイスバット卿とやらは、老体の身でありながらほとんど、孤立無援の状況下で、命を削って帝城前を守り切り、全ての力を使い果たし倒れた後、暴動が鎮圧された報告を聞いて安らかに死んだそうだ。


 私からすれば、あんなゴミ貴族共を命懸けで守る価値はあるのかと投げかけたいところだが、そのゴミ共を、ロッキード子爵を苦しめる余興のために、無事に逃がしてやった私が責めるのは、筋違いと考え、口に出すのはやめた。それにもしかしたら、その老人には貴族以外に守りたかったものがあったのかもしれない。



「では、次に、我々の残存戦力と、残った拠点についてですが……」



 その後クロードは、ここ一週間で起きた状況を報告するが、彼の言葉はほとんど耳に入って来なかった。その理由を突き、クロードの言葉を遮るかのように、ヒガンが口を開けた。



「ねえ、アンタ。彼の報告を聞く気がないでしょう?」



 その一言に、ここ一週間懸命に情報収集をしていたクロードは少しだけショックを受けた顔をし、対象的に、シェスの方は、薄々気がついてきたのか、やっぱり?という顔をしている。



「憎きロッキード子爵に見事、復讐を成し遂げ、万々歳。もう思い残すことはない。そんなところかしら? 後、自分の命が残り少ないのも、関係しているわね」



 流石は、私の師匠ということはある。ヒガンは私が抱えていた問題を的確に射抜いた。



「そ、そうなのですか? い、いや、それよりも命が残り少ないとは?」



 そう言えば、クロードには教えてなかったな。私は服をめくり、上半身を見せると、クロードは驚愕の顔を露わにする。



「そ、それは?」



 クロードの瞳に映るもの、それは、私の上半身にぽっかりと空いた大きな穴と、穴を塞ぐように埋められた氷の塊であった。



「帝国最強の騎士の攻撃を受けてな。ヒガンが見たところ、今の私の体は完全に死体そのもの。呪いの影響かそれとも、これこそが私の呪いの能力なのか、詳しいことは分からないが、体は死しても魂は辛うじて現世に留まっているらしい。まあ、この通り、食欲も出ないし、食事の必要もないので、見た通りゾンビだな」



 私の言葉に、ヒガンが頷き、呪術師と呪いの力を含めて、補足説明をする。



「呪術師が会得する呪いの力は、呪術師によって異なるため、まだまだよく分かっていないの。だからこそ、魔術以上の現象を引き起こしても不思議ではないわ。でも、こいつは既に死人、おまけに復讐を達成し、呪いの原動力とも呼べる憎悪がなくなったせいで、呪いの力が急速に衰えている」



 本質的には、生者を苦しめるはずの呪いが、今の私を生かしている事実に自嘲していると、突然、ヒガンが怒鳴り声を上げる。



「そもそも、いくらあのジークフリード・ロイヤルが相手だからって、呪術師の試練を乗り越えたあなたであれば、接近していることに気が付いたはずよ。にも関わらず、一度殺されて、その後、無事に逃げ出したのは奇跡としか言えないわ! 心臓や肺の一部を失って無事という言い方は妙だけどね!!」



 最後まで気を抜かなければ、こんなことにはならなかった、この愚か者が!! とヒガンは罵倒を浴びせてくるが、復讐を成し遂げていないヒガンには、今の私の気持ちなど理解できないだろうと聞き流した。


 私は、ここ三年間、ロッキード子爵への復讐だけをただひたすらに考えて行動してきた。それだけに、復讐を成した今、私の心の中を埋め尽くしていた激しい憎悪は消え去り、残ったものは、悲願の復讐を遂げたという達成感と、これから何を目標に生きていけばいいのかという虚無感であった。


 無駄に命を減らして、とヒガンは侮蔑の言葉を繰り出すが、私としては、むしろ、これでよかったとさえ思える。


 何故なら、達成感や虚無感以上に、ジークフリード・ロイヤルに襲撃された時は、危機感からか、あの時は、一度は心の奥底に引っ込んだが、落ち着いた場所で冷静に考えてみると、今の私には、ロッキード子爵への復讐のために、関係のない人間を数多く殺めてきたという、とても耐えられそうにない深い罪悪感がある。


 そのせいで、この先笑って生きていける自信もなく、そして何より、ロッキード子爵への復讐という生きる目標を失っている私には、もうこの世に未練がないのだ。


 残されたものと言えば、己の死に場所を決めるくらいだろう。そして罪悪感に押しつぶされる前に、早くあの世に行きたい。


 私自身の直感とヒガンの見立てでは、私に残された命は、もって後、一か月前後。なので、残り少ない最後の時間は、死に場所を決め、そこで、静かに穏やかな短い余生を楽しもうと決めていたが、今まで何も知らなかったクロードは声を荒げる。



「そ、そんな!! ボスである、あなたを失って、これから毒蛇の牙はどうすればいいのですか?」



 クロードの言い分は最もだ。しかし、近いうちに私が死ぬ事実は変わらない。しばらくの間、クロードは暴れたが、もうどうしようもないと暴れるのを止めておとなしくなった。


 尚、この事を事前に告げていたシェスは、「……じゃあ一人立ちしないと」と呟き、それからは、あれだけ欲していた私の血を求めなくなった。そもそも彼女が私の血を求めていたのは、亡き父マックス・ガエインの恐怖が未だに残っていたからだ。


 そのマックス・ガエインは既に死に、更に、私との訓練のおかげで、彼女は身も心も強くなった。なので、これからは薬に頼らなくても生きていけるだろうと私は確信を持って言える。



「以前に言っていたけど、これから私はこの国を去るわ。だから私が率いていた蠍の爪は、毒蛇の牙に合流させる。本当は、そこの馬鹿弟子が、毒蛇の牙と蠍の爪の両方のボスをやる予定だったけど、こうなった以上、クロード・バリスタ! アンタが新組織のボスをやりなさい!」



 驚くほどのヒガンの無茶ぶりに流石のクロードも困惑しているようだが、私もヒガンの意見に賛成だ。というか、クロード以外にボスをやれそうな人材がいない。戦闘力は高いものの、シェスには人を率いる能力はないしな。


 その事をクロードも理解しているのか、しばらくするとどこか諦めた顔をして、新たなボスの座を引き受けたが、その前に一つだけ条件のようなものを提示した。



「分かりました。ですが、その前に、現ボスであるフライ様には、数日前からあなたと一度会談したいとの申し出をしている方とお会いになって頂きます」



 正直言って面倒ではあるが、それがクロードの最後の頼みであるのなら、聞いてやるべきだろう。私は頷いて了承した。



「話は纏まったようね。じゃあ、これで私は失礼するわ」



 そして、これで用は済んだと言いながら、ヒガンが椅子から立ち上がった。



「そうか、ではこれが最後になるな」



 後一か月もしない内に、弟子が死ぬのだから、最後を看取って欲しいという気もあり、少しだけ名残惜しかったが、そんな私の少し情けない態度を見て、ため息を尽きながらも、私は初めてヒガンが少しだけ笑っている顔を目撃した。



「馬鹿ね。アンタを呪術師に誘った時に言ったじゃない。呪術師には碌な最後は待っていないと。だから、私もアンタも行きつく場所は同じ地獄よ。まあ、今回、私はアンタと一緒に復讐をして満足したから、これで復讐者を辞めるつもりだけど、それでも、過去の過ちは消えない。私も地獄に堕ちるでしょうね。 ふん、じゃあね。いつかまた地獄で会いましょう」



 それが、我が師匠ヒガンが、私に送った最後の言葉であった。


 部屋から出ていくヒガンの背を見て、彼女らしいと心の中で笑うと、余韻に浸る間もなく、すぐにクロードが、立ち上がった。



「では、急いで、お客様をお連れします」



 そう言い残し、クロードもまた部屋を出る。部屋を出るクロードと一緒にシェスも部屋を後にした。









(帝国の警備の目が厳しくなる前に、とっとこの国を出ないといけないわね)



 会議室を後にしたヒガンは、荷物をまとめると、速やかに、この場を立ち去ろうと古城の廊下内を急ぎ足で移動する。その時、ヒガンは廊下で一人の女騎士とすれ違った。


 すぐ隣に、クロードがいたので、恐らくこの女性が、フライに会いたいという客人だろう。だが、そんな推察なんかよりも、ヒガンには気になることがあった。



「そこのアンタ。ちょっと、待ちなさい!」



 ヒガンに呼び止められて、その女騎士は立ち止まり、急に呼び止められたせいか、少しだけ驚きながら後ろを振り向き、ヒガンはその女騎士を全身を観察するかのような目で凝視する。


 年齢は、自分よりも少し若い、少女と大人の境くらいの歳だろうか。金髪で青い目をし、顔立ちも整っている。身に着けてる騎士装束の鎧を脱ぎ捨て、ドレスを身に纏えば、社交界の華になれる。それほどまでに美しい女騎士だった。


 だがまあ、帝国中を探せば、この女騎士に似たような美貌を持つ人間は、何人かはいるだろう。しかし、何故か、不思議とヒガンには、この女騎士に惹かれるものがあった。



「誰かに似ている……いや、悪いわね。呼び止めてしまって」



 だが、残念ながら、この場では、その原因をすぐには分からなかったため、ヒガンは謝罪し、城の出口を目指す。


 この女騎士の正体をヒガンが知り、歴史的な一場面にて、口を開けて間抜け顔を晒すほどに驚く事になるのは、今から五年後になる。


 この時はまだ、一瞬だけ顔を合わせただけに過ぎない二人であるが、彼女達は、後の歴史において重要な役割を果たすことになる。しかしながら、この時はまだ、お互いにそんな事知る由もなかった。










「お客様をお連れしました」



 クロードの言う客人を会議室に迎え入れると、案内を終えたクロードは部屋を出て扉を閉めた。



「初めまして、毒蛇の牙のボス、ファントム様。お会いできて光栄であります。私は、反乱軍で幹部をしておりますアンドロメダ・コスターと申します」



 自らを反乱軍だと名乗った美しい女騎士は、仮面を外し、痛々しい火傷の痕を晒していた私の顔には、目もくれずに、優雅に一礼し自己紹介を始めるが、彼女の姿を一目見た時から、私の中に何かが渦巻いていた。


 いくつもの、選択肢があった。


 礼儀正しく挨拶をする女騎士に対し、こちらが最初に告げる言葉は無数に存在していた。


 その数多ある中から、私がこの言葉を最初の一言に選んだのは、まさしく運命だろう。


 面会できたことに対するお礼を述べていた女騎士の言葉を遮るかのように、もし違っていれば大変無礼だとは思いながらも、私はポツリと一言だけ呟いた。



「エドガー・フォニア・ブーゲリアを殺したのは私だ」



 その一言で、目の前に立つ女騎士の表情は一変した。


 驚き、焦り、悲しみ、怒り。


 彼女が心の中で何を思ったのかまでは分からないが、彼女の顔を見て、これで確信した。アンドロメダ・コスターという偽名で反乱軍に所属しているというこの女騎士の名前は、アリア・フォニア・ブーゲリア。


 私の脳裏に今なお、強烈に残る炎の魔術師にして元帝国皇子、エドガー・フォニア・ブーゲリアと同じ母親から生まれた妹だ。


 エドガーがヒガンと出会ったその日に暗殺されたと、ヒガンの口から聞かされていたが、まさか生存し、反乱軍に与していたとは少し驚きである。



「さ、流石は、悪名高き、毒蛇の牙のボスですね。私の正体を知っていたとは……」



 余裕を見せていたわけではないが、それでも、知られてはならないはずの正体を知られていたという事実に、アリア・フォニア・ブーゲリアの瞳から焦りの文字が見えた。


 彼女から見れば、自分の身の安全を左右する緊急事態だろうが、生憎、私には興味がない。



「そんなことはどうでもいい。暗殺されたはずの君が今日まで生きていた過去もな。それよりも、兄を殺した私を君は恨まないのか?」



 私の問いに対し、うろたえていた彼女は、気を引き締める。



「あの時、エドガー兄さんは、私達を置き去りにして一人で逃げました。ですので、そんな兄の仇討ちをしようとは考えません。でも、正直に言うと、エドガー兄さんが辿った経緯は不明ですが、かつて私が大好きだった兄さんを殺したあなたに、私は余り良い印象は持てません」



 ふん、正直に気持ちを告白するところは兄とは正反対だが。私に対して好感を持てないと言う彼女とは反対に、私は、ありのままに本音を語ったアリア・フォニア・ブーゲリアに少しだけ好感を持った。



「ふん、私に会いに来た目的は、毒蛇の牙と反乱軍の同盟ってところか?」


「その通りです。今回、あなた方の引き起こした一件によって、帝国は大きく揺らぎました。帝都の戦力は半減し、大陸西方においてその名を知らぬ者など存在しないほど畏怖されているインペリアルナイツも戦死し、更に、かつては軍神と讃えられたいたフランシスコ宰相が、犯罪組織によって帝都陥落寸前まで追い詰められたことによって、辺境配備の一部の帝国軍は宰相に失望して、反乱軍側に寝返るとまで言ってきております」



 クロードの報告によれば、今回のクーデターの失敗の原因の一つが、軍神フランシスコ宰相の防衛指揮にあるらしい。なので、私はフランシスコ宰相は、軍神の名に違わず、見事にクーデターを防いだと思っていたが、どうやら他者の目から見れば違ったようだ。


 アリアが言うには、フランシスコ宰相が腐敗貴族達の頂点に立っているにも関わらず、帝国軍が反逆しないのは、帝国軍の大多数が、フランシスコ宰相を軍神とまでに讃えていたからだそうだ。


 だが、神の如く讃えていたからこそ、今回の一件で、自分達が信じていた軍神であれば、そもそも暴動などを起こさないし、こんなに多くの犠牲は出さないと信じ切っていた信者達の目が覚めたようだ。


 帝都を守ったのにも関わらず、兵の信頼を失うとは、フランシスコ宰相も散々だな。同情は全くしないが。むしろ、見逃してよかったとさえ思える。



「軍神は堕落した。腐敗した貴族社会の闇に呑まれ、かつての立派な帝国軍人の面影はもはや、どこにもない。今回の暴動を鎮圧できたのは、欲に駆られた暴徒達が浅ましかったことと、アイスバット卿の命を賭した献身があったからだと、帝国軍の大半が判断しています。圧倒的な強さで民を虐げてきた帝国が今大きく揺らいでいるのです。このタイミングで我ら反乱軍が立ち上れば、帝国全土に革命の嵐を巻き起こせることでしょう」



 アリアは、化けの皮が剥がれた今こそが好機と熱く語るが、命短い私から見れば、帝国がどうなろうと知ったことではなかった。


 私の復讐は終わった。後は残りの僅かな時を静かに過ごすのみ。しかしながら、復讐を終えた今になって、亡き友の面影が残る女騎士との出会いはきっと何かの運命だろう。もしかしたら、自分の復讐を成し遂げたのだから、次は僕に道を譲れとあの世からエドガーが言っているかもしれない。



「クロード、入れ」



 アリアとの話の途中にも関わらず、私はクロードを部屋に呼びつけ、アリア・フォニア・ブーゲリアの目の前で、クロード・バリスタに最後の命令を下した。



「最終的な決定権は、次期ボスのお前にあるが、現在のボスとして、お前に最後の命令を伝える。毒蛇の牙と蠍の爪の残存勢力を集結し、反乱軍に全面的に協力をしろ。もしそうした場合は、犯罪組織であるということは反乱軍の評判を落とすかもしれないから注意しておけ」



 まあ、こう言った事は私よりもクロードの方が上手くやれるだろう。


 私の指示に、クロードは御意と言い頭を下げる。反対に、アリアの方は肩透かしを食らったかのように、驚きながらも問う。



「こんなにあっさりと、よろしいのですか? 正直に言って、今回の一件で、帝国内における立場が危うくなったとは言え、未だに多くの力を隠し持っている、あなた方との交渉にはかなりの困難を覚悟しておりましたが」



 反乱軍を代表して尋ねるアリアの問いに対し、彼女の問いに関しては完全に無視して、私は彼女の亡き兄になり代わって返答した。



「どうやら、君は、エドガーと同じで復讐よりも、復讐の先を追い求めているようだ。そんな君に一つだけ忠告を。かつて君の兄は、復讐よりも、復讐の先を見ていたがために、目先の復讐しか考えていなかった私に足元を掬われた。だから、君も精々気をつけたまえ」


 

 言うことを全て言い切った私は、アリアとクロードの両方に対して最後の言葉を告げた。



「これからの事はそこにいる新しいボスと相談してくれ。クロード、世話になったな。悪いが後は任せた」



 そして、私は新しい時代を築く者達に席を譲るかように部屋を出るのであった。




 


 城を出る途中、廊下でシェスとすれ違った。



「……行くの?」



 私の心を見透かしていたシェスに対し、私は短く、ああ、と呟いた。


 すると、これが最後だと思ったのかシェスは、何かを決意したかのように、力強く拳を握りしめる。



「……あなたのおかげで、私は強くなれたから私は、あなたの弟子だと言える。そして弟子は師匠を超えなけければならないとヒガンが言ってた。だから、私はあなたが倒せなかった帝国最強の騎士を倒して、師匠を超えたことを証明する」



 出会った当初は人形のように、他人の指示がなければ基本的に動かない子だったシェスとは思えない。もうこの時点で師を超えている気がするが、彼女の決意に水を差してはいけないと感じた私は、頑張れと励ましの言葉を贈り、その場を後にした。









 全く持って、どいつもこいつも羨ましい。


 復讐を己の人生の全てにしてしまった私にあるのは、果てしないほどに広がる虚無と罪悪感だけだ。それを知った今、復讐よりも、復讐の先を考えていたエドガーやアリアに、新しい目標を見つけたヒガンやシェスに、使命を託されたクロードを、羨んだ。


 辛い事も、悲しいことも、罪悪感も、何もかも全て背負い込み、それでも、笑顔で明日へと進む彼らが眩しく、何より強く見えた。



「私には真似できないな」



 復讐を遂げて満足し同時に生きる目標を失い、おまけに罪悪感に押しつぶされる前に、さっさと死んでしまおうと愚かにも考える、弱い心を持つ私とは正反対だ。


 だからこそ、私と同じ弱い心を持つ復讐者ではなく、復讐よりも理想を追い求める強い心を持つ者を後継者に選んだのかもしれない。


 命の残りが短い私には、彼らの道の結末は見届けることはできないが、それでも、私とは全く異なる道を歩もうとする者達に幸運をと天に願うのであった。


エピローグを二話投稿予定です。

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