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第二十八話 復讐の果てに

 突如姿を現した帝国最強インペリアルワンが放つ光線によって一切の抵抗もできないまま、心臓もろとも胸部の大部分を失い、消失した箇所から大量の血を流しながら私は地面に倒れた。


 徐々に視界が暗くなり、体が寒くなり、死がすぐそこまでに迫っているというのに、私の心の中は極めて冷静だった。




 なるほど。まあ、当然の報いだな。


 憎きロッキード子爵への復讐をついに果たした。それも、私が望む最高の形でだ。


 だが、その道中は決して楽な道のりではなかった。


 普通のやり方では、貴族の位を奪われていたあの時の私の力では、帝都で一定の権力を持つロッキード子爵に復讐することなどできない。


 それが分かっていたから、力を得るために、呪術師になることにためらいはなかった。


 呪術師になるための修行や試練は辛く厳しく、試練の最後には仲間とさえ思っていた多くの門徒達を殺したものの、ついに呪いの力を手にした。


 その後、己が掴んだ呪いの力を把握するために罪なき村を一つ潰した。


 帝都の移動し、毒蛇の牙を乗っ取る過程でも、ボスになった後も、復讐のためと割り切り、数えきれないほどの罪なき者達の命を奪った。正確な数字は分からないが、多分、ロッキード子爵と同じくらいには、殺しただろう。


 その結果、復讐をする前までは、ロッキード子爵への憎悪のおかげで、気にも留めなかったが、復讐を遂げた今、私の心の中は罪悪感で一杯である。


 それだけに心の何処で、少しだけ安心している自分がいた。


 憎きロッキード子爵が苦しみながら死んだ今、こんなにも、薄汚れた手をした自分がのうのうと生きている事実に耐えられなかったからだ。


 ああ、これでいい。もう思い残すこともない。


 強いていえば、私の呪薬漬けになってしまっているシェスの事が気掛かりではあるが、ここ数か月で肉体的にも精神的にも、強くなった彼女であれば、私抜きでも上手くやっていけるだろう。



 死が免罪符になるとは思えないが、復讐を遂げた以上、自分が外道として生きていくことに耐えられない私は、ゆっくりと近づいて来る死を受け入れた。







「ふ~む、どうやらグランツの野郎を殺した奴はもういないようだな」



 声が聞こえる。


 あの世とやらに着いたのだろうか?


 私は目を開けた。


 すると、私を殺したはずの金髪の騎士の姿が見えた。


 これは、おかしい。私は、あの時確かに死んだはずだ。地面に横たわりながら、耳を澄ましても、血が流れる音が聞こえるのに、心臓の鼓動が聞こえないのがその証拠だ。


 絶対にありえない事態だ。心臓を消されたのに、何故かまだ生きている。この不可解な現象に苦しむも、何故か、その答えをすぐに理解できた。



 そうか、私は今、自分の呪いの力で生きているのか。



 どうやら私は、自分の呪いについて誤解していたようだ。私の呪いは、麻薬と同じような効果をもたらす呪薬でもなく、呪薬を摂取した者を、私の傀儡人形のゾンビにするものでもなかった。


 勿論、呪薬などの効果は確かにあるが、それは他者に使用した場合の話。


 心臓や内臓を損傷し、肉体の生命機能を失って、医学的に見たら死体のはずなのに、呪いの力で魂とやらを無理やり現世に留まらせることが、私自身に対して発動した場合の呪いの力だったようだ。


 他者の場合は、意思なきゾンビになるが、術者ゆえか、私の場合は意識はあるようだ。


 とは言え、痛みは感じないものの、傷口が再生していないところを見るに、どれだけみすぼらしい姿になったとしても、生き続けるという様はまさしく呪いに他ならない。


 失った心臓や体の一部は元に戻らないし、恐らく手足を失ってもそのままだろう。首を刎ねられるとどうなるか?


 それに、どうやら現世にいられる限界時間もあるようだ。その証拠に、私の体を無理やり動かそうとする呪い力がゆっくりと体から抜けていくのが分かる。


 他者のゾンビ化の場合、死後三日経つと呪いの力が消え、本当の意味で死体になるが、私は呪いの術者であるため、それよりは長く持ちそうだが、直観だが、長くても一か月くらいの気がする。


 欠陥だらけだ。いっそのこと、死んでしまった方が楽だったかもしれない。


 でも、一か月限定とは言え、仮初の命を貰ったことは確かのようだ。


 故に、どうやら私の死に場所は、ここではないことは理解できた。


 このまま、死んだ振りをしてインペリアルワンがこの場を立ち去るのを待つのが賢明な判断かもしれないが、ロッキード子爵に復讐を遂げた今、もはや私は復讐者ではない。


 そう思い至ると、ふと脳裏に、腐敗した帝国を打倒するために、私よりも大きな目標を掲げていた炎の皇子の姿が浮かんだ。



 ふん、そうだな。もう復讐者でもないんだ。せめて最後に帝国の土台に一太刀浴びせるのも悪くないな。






 私は、今まで一度も使ってこなかった腰に携帯していた鮮血刀を握りしめ、立ち上がり、私を殺したと判断し背中を向けて油断していた帝国最強の騎士ジークフリード・ロイヤルの背に斬り掛かった。



「はああああああああああ!!」


「なに?!」



 流石は帝国最強。エドガーの時のように、背後からの完全な奇襲をしたつもりだが、ギリギリのところで回避された。しかし、私の最初にして最後の一振りは、帝国最強の男の右手を奪い去った。


 肘の部分から右腕を失い、苦悶の表情を浮かべているジークフリードに今度こそ止めを刺すべく、鮮血刀を投げた。剣を投げるという相手の意表を突く作戦で一気に終わらせたかったのだが、流石は帝国最強と言うべきか。


 他の魔術師であれば、間違いなく殺せたはずの攻撃すらも躱した。


 それでも、如何に帝国最強と言えど、大きく体勢を崩し隙を見せる。


 本音を言えば、この場で殺したかったが、ヒガンですら勝てないと断言していた怪物相手に、これ以上の攻撃は危険と判断した私は、もう肉体は死んでいるが生存本能から全力で、この場から離脱する道を選択した。






 完全に死んだと判断したターゲットが蘇り逃亡を許したばかりか、帝国最強たる自分の右腕まで持っていった事実に、帝国最強と恐れられるインペリアルワン、ジークフリード・ロイヤルは、人生で最大級の失態を犯してしまったことに服の切れ端を用い、出血を抑えながら、心の中で激しく後悔する。


 彼の光の魔術は、指先から何人も逃れえぬ光線を発する。発射された光線を躱すのは、人間では不可能であり、また人が身に纏う程度の厚さの鉄の鎧さえも苦も無く貫通する。


 最強にして最速の魔術。使い方次第では一軍にも匹敵する最強クラスの魔術属性である。また、これほどの力を持ってもなお、ジークフリード・ロイヤルは、他のインペリアルナイツや魔術師とは違い己の魔術に頼り切った戦闘をしない。


 ヒガンが自分では勝てないと断言し、反乱軍が真に恐れるのは、インペリアルナイツではなくこの男ただ一人という噂が立つように、ジークフリード・ロイヤルは、まさしく帝国最強にふさわしく魔術以外の戦闘手段や知識にも精通している。


 このような怪物が、たった一人のただの人間相手に後れを取ることなど本来ならあり得ない。それこそ、殺したはずの死人が蘇ったくらいの意表を突かなければ、隙すら見せないだろうが。


 フライ・アズバーンは今、正にそれを行ったのだ。


 あの瞬間に、ジークフリード・ロイヤルの命を奪えなかったのは残念ではあるが、彼と敵対している者から見れば、フライ・アズバーンの残した功績は大きい。


 何故なら、最強に等しい、ジークフリード・ロイヤルの魔術の唯一の欠点が、自分の手の指先からしか光線を発射できないからだ。


 右手と左手にある計十本の指が彼の武器であり、その内の半数を一度に失った以上、ジークフリード・ロイヤルの戦闘能力は半減したと言っても過言ではない。



「糞ッ!! あの仮面を被った糞野郎!!よくも俺様の手を!!!」



 社交界で光の貴公子とご令嬢達に持て囃される美形の男も、流石に己の右手を奪われれば、普段の余裕ある微笑みも崩壊するようで、社交界の貴公子は自分が応急処置をしている間に、背を向けて全速力で自分の元から逃げ出す謎の仮面の男に、顔を歪め激しい憎悪の炎を燃やす。


 そもそも、彼は上司であり、軍師としてそれなりに尊敬もしていたフランシスコ宰相の指示で、一人でこの場にやってきた。


 宰相の命令は、同僚であるインペリアルナイツの仇を探し討つこと、グランツが命を落としたのには、驚いたが、それでも帝国最強である自分であれば、一人であっさり始末できるだろうと踏んでいた。


 また、折角、暴徒達が貴族区で暴れているにも関わらず、この命令を受けるまで、最終防衛ラインとして皇帝の身を守れという面白くない命令を受けていたことも、ジークフリード・ロイヤルを油断させていた原因の一つかもしれない。



「よし、取りあえずの応急処置はこれでいいだろう」



  即席で応急処置を速やかに完了させたジークフリード・ロイヤル。右腕を失ったのだ。普通に考えれば、一旦後方に下がり、一度しっかりと医者に診てもらうべきではあるが、帝国最強であるというプライドから自身の右腕を奪った者を、このまま、のこのこと逃がすわけにはいかない。


 それに、相手は、心臓を穿いても尚、平然と活動しているような得体の知れない生物だ。帝国のためにそんな気味が悪い奴を放置しておくわけにいかない。


 ジークフリード・ロイヤルもまた屋敷を飛び出し、すぐさま対象を見つけると、残った左手を向け、こちらを背を向けて逃走を図る仮面の男の頭部に照準を定める。頭部を狙ったのは、流石に頭が吹き飛べば死ぬだろうという予測からだ。



「射程距離はギリギリではあるが、これで終わりだ」



 そして、ジークフリード・ロイヤルは、今度こそ対象の息の根を止めるべき必殺の一撃を放つ。だが……。



「ガハッ!! これは一体?」



 その瞬間、彼は自分が死んだと感じた。否、己の死ぬと錯覚してしまうほどの得体の知れない恐怖を感じ取った。



「誰だ?! 出て来い!!」



 どう考えてもただ者ではない。また今逃げ出している逃亡者のものでもない。どこにいるかは分からないが、この場にはあの仮面の男と自分以外にもう一人誰かがいる。


 しかも、そいつは帝国最強である自分よりも遥か高みにいる信じられないほどの化け物だ。


 帝国最強である自分に死んだと思わせるほどの殺気を放った事は信じられないが、恐怖の余り少しだけ手足を震わせながらも、帝国最強という自負が、得体の知れない者への探求心を目覚めさせる。


 しかし、最大級に意識を集中し、周囲を警戒しても、未知の相手は気配を完全に消しているのか、どこにいるのか全く分からない。


 そして、まるで帝国最強を嘲笑うかのように、恐るべき殺気を放ち、尚かつ気配を完全に断ち、未だに居場所を掴ませないほどの者がすぐ近くにいるという恐怖の方が勝った。



「今日のところは止めておこう」



 右腕を奪ったあの仮面の男は許せないが、こんな場所で命を落とすわけにもいかない。


 正体は分からないが、あの逃げ出した仮面の男以外にも、この近辺に信じられないほどの強者がおり、自分一人で戦闘に入った場合、間違いなく殺されると判断したジークフリードは殺意を抑えた。



「少し甘く見ていたな。一度引いて援軍と共に再度来るか」



 謎の敵勢力は、インペリアルナイツであるグランツを殺害したが、それでも、帝国最強である自分であれば、楽に始末できる高を括っていたものの、結果は、右腕を失うという大損害を被っていた。


 援軍はなく自身の戦力も半減した今の状態で、得体の知れない怪物とやり合うほどジークフリード・ロイヤルは馬鹿ではない。


 こうして、ジークフリード・ロイヤルも、静かに、この場からの撤退を開始した。







 ジークフリード・ロイヤルが立ち去った後、ロッキード子爵の屋敷の正門の前に、今まで、まるで見えないマントでも着ていて、それを脱いだかのように、ゆっくりと真っ赤な甲冑を纏った男が姿を現した。


 その男、朱天王は、弟子達の復讐の結果、瓦礫の山と化したロッキード子爵の屋敷を今一度確認すると、鬼を思わせる仮面の奥で小さく笑い声を上げる。



「最後まで、己の復讐のみを貫き通したか……」



 この数か月、朱天王はフライ・アズバーンのすぐ傍でずっと彼の動向を観察していた。


 朱天王もまた、ジークフリード・ロイヤルと同じく光の魔術を扱うが、帝国最強と呼ばれる男とは違い、朱天王は光線を出すだけでなく、魔術を使い自分の姿も消す事もできる。


 朱天王は、自らが持つ光の魔術を用い、自分の鎧と皮膚を周囲の景色に同化させることで、透明人間となり、更に他に類を見ない圧倒的な気配操作を組み合わせて、完全に己の存在を隠匿していた。


 先程までの、ロッキード子爵の屋敷での一件を含め、ここ数か月、目と鼻先にいたのにも関わらず、フライ・アズバーンもヒガンも、朱天王がすぐ近くで、ずっと自分達を見ていた事に一切気が付かなかったのが、その証拠だ。


 恐るべき技量、そして、圧倒的な戦闘力。断言する、朱天王であれば、万全な状態の帝城に一人で攻め入っても、余裕で全ての敵を粉砕できる。しかし、そんなありきたりで、万民が喜ぶようなものに彼は興味がなかった。


 不完全で短期間限定の不死を獲得したフライ・アズバーンとは異なり、朱天王が得た呪いは、完全なる不老不死を朱天王にもたらした。


 飲まず食わずでも生きていける上、首が飛んでも、心臓が消されても即座に再生する。朱天王は、全ての人間の大いなる夢、不老不死を世界で唯一手にした男だった。


 だが、不老不死の肉体は決して、良いモノではない。


 大昔に、朱天王は呪術師となり、己が復讐を果たした。しかし、一切脇目を振らずに、ただひたすらに、復讐を果たした彼を待っていたのは、世の中の全てがどうでもいいと思えるほどの退屈な毎日。


 気乗りはしないが、気まぐれで軍団を率い、国を滅ぼし、一度は大陸の半分を制し、この世の贅の限りを味わい尽くした。酒池肉林に溺れた暴君とした君臨したものの、彼の渇きを紛らわすことはなかったのだ。


 そんな朱天王だが、ある日実は一つだけ楽しいと思うことが残っていたことに気が付いた。


 それは、大昔の自分とそっくりな境遇に立つ復讐者が、呪いを手に己が復讐を果たす様を傍から眺めることだった。


 こうして、自分の圧政のせいで東方が乱れていたことに乗じて、彼は自ら後に連邦国を名乗ることになる反乱軍に討たれた振りをして、歴史の表舞台から姿を消し、大導師として、憎悪をまき散らし、それを近くで見物する道を選んだ。





 さて、大導師になってから、何人かの呪術師とその復讐を見てきた朱天王は、今回のフライ・アズバーンの復讐劇をどう評価したのか。その真意は、鬼のような形相の仮面の奥を見なければ分からないものの。


 傍観者に徹していたはずの彼が、最後の最後で、フライ・アズバーンの逃走に、手を貸して上げたところから、察することできるだろう。



「ここまで楽しませてくれた礼だ。己の死に場所くらいは自分で選ぶがいい。まあ、我は復讐以外に興味を持たないゆえ、貴様がどこで死のうが知ったことではないがな」



 朱天王は、導師フライ・アズバーンの復讐とその戦いに賛辞を贈ると、舞台を降りたフライ・アズバーンに、見切りをつけ、次なる楽しみを求めて、未だ騒乱のただ中にある帝都の闇に消えた。



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