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エピローグ2 とある復讐者の結末

 私は、何もかも全てをこれからの未来を築く者達に丸投げし、毒蛇の牙の保有する古城を一人出たものの、これから先どこへ行けばいいのか迷った。


 そして、考えに考えて、どうせ死ぬなら最後はやっぱり生まれ育った故郷の地が良いと、まるで動物が持つとされる帰巣本能に導かれるように、私はアズバーン領に戻る道を選択した。


 死者である私の体を動かす呪いの力は日に日に弱まっていく。


 限界が近いのを感じ、足を一歩踏み出すのも、きついが、最後は故郷の地で眠りたいという気持ちが強かったため、懸命に前に向かって歩いた。



 私の無知からの行動故に、若者達を奴隷として売られ怒り狂った年寄り達に追い出された故郷に戻ることに、辛くはないと言うと嘘になるが、それでも私は原点に帰ることを選んだ。


 領に残っていた年寄り達は恐らくもう誰も生きてはいないだろう。奴隷として売り払われた者達は、奴隷商の頂点に立っていたヒガンが買い戻し、奴隷の身分から解放したらしいが、それでも好き好んでこんな辺境の地に帰ってくる者などいないに違いない。


 一度でもアズバーン領を出れば分かることだが、今まで絶品だと考えていたアズバーン領で取れる自然の恵みを生かした料理の味は、味が薄いため、帝都の大衆食堂よりも味が劣る。何より、採取できる量が少ないため、たらふく食べることができない。


 他にも娯楽は少ないし、冬は寒いし、碌な仕事もない。同じ仕事でも帝都と比べると遥かに賃金が低い。買い物を楽しむような店もないし、品数も少ない。おまけに外の情報はほぼ入って来ない。


 豪遊したつもりはなかったが、毒蛇の牙のボスとして帝都の大貴族級の暮らしを一時はしていたので、アズバーン領がどれだけダメダメな領地だったのかしみじみと知ってしまったのも辛い。


 それでも、生活することと、最後を迎えることは別と、割り切り私は故郷に帰る。



 こうして古城を出て一か月が経過した頃、私はついに旅の終わりの地に辿り着いた。






「あれから、三年近く経過したけど、何も変わっていないな」


 かつての故郷であるアズバーン領の街に着いた私は、最後に見た時から何一つ変わりのない綺麗な街並みを見て、感慨深いものを覚えたが、すぐにこの光景がおかしいことに気が付いた。


 季節は春。雪解け季節であるため、屋根の上に雪が乗っていないのは分かるが、それでもあれから三年近い月日が流れたのだ。無人のはずのこの街が、三年前と全く同じというのはあり得ない状況だ。


 少しだけ警戒しながら、街の中に侵入すると、ふいに懐かしい声が聞こえてきた。



「だ、誰?」



 声が聞こえてきた方に振り向くと、建物の一つから一人の少女が怯えながらも、姿を現した。最後に見た時から成長していたが、私にはこの少女を一目見るだけで、何者かすぐに理解できた。



「君はリリーか?」



 リリーは、突然、見知らぬ人間に話掛けられたかのような顔をしている。まあ、無理はないか、仮面を外した今の私の顔の半分は、エドガーとの一戦で醜く焼け爛れている。それに、以前は善良な人間だったかもしないが、今の私は、殺人者の顔をしているだろう。だから、この少女は私の事など気が付かないと予想したのだが、



「もしかして、フライ様?」



 私の予想を覆して、かつて領に住んでいた少女リリーが、目を丸くして驚きの声を響かせる。そして、その声に釣られるかのように、物静かだった建物の中から次々と見覚えのある子らが出てくる。


 その光景は、まるで、この街を追い出された時とよく似ている。あの時の再現以外の何物でもない。アズバーン領を出て多くのことを経験し、多少のことでは精神的ダメージを負うことはないと自負していたが、あの悲劇をもう一度繰り返すのかと思うと心に来るものがあり、思わず、身構えてしまうが、その心配は杞憂だった。



「フライ様?」


「えっ!? 本当に」


「やった!! フライ様も帰ってきた!!!」


「顔にある火傷の痕、酷いね。僕が見た中では、フライ様の負った傷が一番凄いよ」


「この街に住んでいた人達の半分くらいは戻ってきたし、領主様であったフライ様も帰ってきたし、これでまた元のように暮らせるね」



 これは夢だろうか、ありえない事態だ。一体何故、この地にかつて、カトリーナと一緒に可愛がっていた子供達がいる?


 それでも目の前で、心の底から嬉しそうな顔しながら飛び出してきた、成長した子供達の懐かしい姿を見て、自分の瞳から流れ落ちた涙が頬を伝わる感触を覚えるも、私は、どうして子供達がいるのかを尋ねた。



「君達、どうしてここに?……」



「数か月前まで、僕は貴族の家で奴隷として働いていたんだけど、ある日、突然知らないおじさんがやってきたら、屋敷のご主人様が、お前はもう自由だこれからは好きに生きるといいって言って、僕を解放して、更に、少しだけお金を貰ったからそのお金を使って、ここまで帰ってきたんだ」



 恐らく、その知らないおじさんというのは、奴隷になって帝国各地に売られたアズバーン領の民を買い戻してくれたヒガンの部下だろう。


 他の子達も同様に、ある日、突然自由の身になったから、自分もアズバーン領に帰ることにしたと口々に言う。


 でも、だからこそ、疑問に思う。


 折角、奴隷の身分から解放されたのだから、これからは自由に生きればいい。少なくとも、外の世界の味を知ったのだから、こんな僻地に帰ってくる必要はないはずだと思っていたが、それは私個人の誤った認識だったとすぐに気づかされた。



「どうしてって、ここが僕達の故郷だからだよ!」


「街の外を出て、ここが、もの凄い田舎だったのを知ったけれど、それでも私はここで暮らしたい」


「外の世界には、色んな物があって面白そうだけど、引き換えに凄く怖い場所だった。それに比べて、ここは何もないけど、みんな優しいもん! 人も山も!」


「パパやママ達も、きっと僕達と同じことを考えていると思うよ?」


「今は、食料集めのために、大人はみんな山で狩りをしているから、街にはいないけれどね」


「先週やった、家の中で死んでいたおじいさんやおばあさん達のお葬式で、集めた食べ物のほとんどを消費してしまったから食料庫の中が空っぽなの」


「それで今、パパやママ達が、森で色々な食べ物を見つけてくる間に、私達子供組は、しばらく留守にしていたせいで、散らかっていた家の中をお掃除していたんです」



 子供達の言葉を聞いて、私は自分が愚か者だったかを改めて思い知らさせた。そうだ。物は少なく、寒いけど、引き換えにこの地は優しい。


 自然環境が厳しいからこそ、この地に生きる人々は助け合い、優しくなれるのだ。そして、その優しさは、帝国中の富が集まる帝都でも決して買うことができない尊いものでもあった。



 この地にある優しさのおかげか、三年ほど、奴隷として私以上に過酷な経験をしていたはずの子供達の目は、闇に染まらずに、キラキラと輝いて見える。


 以前、お年寄り達が言っていたことが真実だとすれば、この子達は特に女の子達は、奴隷として虐待や尊厳を傷つけられるほどの酷い目に合っているはずだ。


 にも関わらず、狩りに出て街を空けている大人達の代わりに、また街で暮らせるように、掃除や道具の点検をしていると元気よく嬉しそうに教えてくれた子供達からは、そんな酷い目にあったという過酷な過去を感じさせない。


 少なくとも、過去に経験した悲惨な出来事を、いつまでも引っ張ったりしてはいないようだ。それどころか、辛い過去を乗り越えて前に進もうとする強い意思がはっきりと伝わってきた。



 そうか、領主である私がいなくても、みんな、迷うことなく前に進んでいけるんだな。



 自分達の力で困難を乗り越えた者を前に、もはや私が導くことは何もない。それでも、この地で平和に暮らそうとしている者達が、私と同じ道に走らないように、子供達にある事を告げた。



「これは、私からの最後のお願いだ。君達や、カトリーナを酷い目に合わせた元凶であるロッキード子爵は、私がきっちり懲らしめておいたから。もう君達は憎悪に駆られて復讐しようなどと考えないで欲しい」



 私の言っていることがしっかりとは理解できてはいないのか、子供達の多くが首をかしげるも、「フライ様が、僕達の代わりに仇を取ったのであれば、カトリーナ様や、みんなも安心できるね」と言う言葉を聞いて、私は嗚咽を溢しそうになった。


 その何気ない一言だけで、私は思わず、無関係な人間を巻き込んでまでロッキード子爵に復讐した甲斐があったと思ってしまったが、何てことを考えるのだと、すぐに気を引き締めた。





 それから、子供達と共に街を少し出て、私が生まれる遥か前から、この地にある、万年雪が積もる白銀の霊峰がよく見える場所に移動した。


 昔のように元気よくついて来る子供達には悪いが別れの時はすぐそこまで迫っている。それが、分かっていたからこそ、身の程知らずではあるが、私は手を組み、声に出して、今にも消えそうな蝋燭に灯る火のような弱々しい呪いの力を振り絞って、神にも見える霊峰に祈る。



「神よ。私は決して救われてはならない極悪非道の罪人であることは、重々承知しております。地獄に堕ち永遠に罰を受けても構いません。ですが、それでも、もし叶うのであれば、私のせいで酷い目にあった、この子達には、明るくて優しい平和な未来をお与えてください。もう二度と、ロッキード子爵のような悪人に目を付けられませんように……お願いします」



 私は最後に、あの美しい山々に宿っているかもしれない神に、最後の願いを告げ、己の中にある憎悪が完全に消滅したことを実感すると、眠るように瞼を閉じる。


 いずれは地獄に堕ちるだろうが、死したこの直後だけは、私の魂は、カトリーナと同じように、故郷の空へと羽ばたいていた気がした。









 それから、百年後の争いのない平和な未来において。


 かつてアズバーン領と呼ばれていた長年見向きもされなかった共和国の中心部から遠く離れていた田舎街が、雄大で神秘的な山々を見ることができる観光地だと注目されるようになる。


 その際に、この地域の歴史研究をしていたとある大学教授が発表した研究が、世界中で大きな話題を呼んだ。


 全土が戦火包まれ、人が住む土地で、血が流れなかった場所はなかったと言われた帝国内戦時代。


 大国同士の激突によって、共和国全土が連邦軍によって空爆され多くの犠牲者が出たとされる東西大陸大戦時代。


 これらの二つの激しい戦いのせいで、共和国に住む国民達は百年近くに渡り、人間が住んでいた土地で、争いの爪痕がない場所など存在しないと思っていた。


 だが、その大学教授の発表により、平和の世を生きる人々は、共和国内において、唯一百年以上の歴史を持ちながらも、戦火に巻き込まれずに、ただの血の一滴も流すことがなかった長い平和を文字通り体現している奇跡の街があったことを知る。


 田舎過ぎて見向きもされなかったのだろうと言う意見もあるが、この地を訪れ、百年程度の僅かな時間では何一つ変わらない神が宿っているとさえ思える白銀の霊峰を実際に見たことのある人間は、そんなことは絶対に思わない。



 街に住む住民達が言っていた。


 確かに、ここには、都会のように娯楽は溢れていない。数年前まではテレビも見れなかった。でも自分達には大いなる大自然の恵みとみんなの笑顔がある。だから、他には何もいらない。



 果たして、この地が僻地にあるという理由だけで長年に渡って戦火から逃れることができたのか、それとも、ついに空の果ての宇宙にさえ届いた人類でも、未だに知りえない大きな力に守られているのか。その答えは、平和を享受し、科学の発達した時代に住んでいる誰にも分からないものの。


 少なくとも、この地域に興味を持った者達のおかげで、この地がいつまでも平和であることを願った、いつも優しかったと語られる最後の領主様の正体が、実は、世間では一切評価するべきところがないと思われていた極悪非道の悪人を構成していた一人だったという事と、彼が国を跨いで、後世の偉人達の人生に深く関わっていた事実を世界が知る日は近い。



~完~

これにて完結です。最後までお付き合いしてくださり、本当にありがとうございます。

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