第二十六話 軍神の帰還
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夕暮れ前、地方から帝都に出稼ぎにやってきた下級労働者であるボブは、いつもの酒場で夕飯を食していた。
今日も、普段と変わらない一日だったと、最初はそう思っていたが、先程から何だか帝都の様子がおかしい。
その後、酒場に慌てて飛び込んできた一人の男の、これから祭りが始まるような歓喜の叫び声を聞き、ボブは自分の感じていた奇妙な違和感の正体に気が付いた。
「おい! てめえら、何をのんきに晩飯を食べてやがる?! 革命だ! 革命だぞ!! 今日、帝国は生まれ変わるんだ!!」
革命? ボブと同じように酒場で夕食を取っていた他の下級労働者達も、最初は怪訝な顔をするが、その直後に聞こえてきた喧騒を聞き、皆、酒場を飛び出した。
酒場を飛び出した彼らの目に映ったものは、炎に燃え盛る憲兵隊の詰め所や憎き商会の店舗。そして、武器を持って憲兵隊と交戦していた自分達と同じく、貴族や大商人達から日々搾取される労働者達の姿であった。
「おい、これは?」
「だから、革命だよ!! 革命!! クソ貴族達を倒すために、俺達が立ち上がる時が来たんだよ!! それに噂じゃあ、もう貴族区の東城門が開かれているらしい! さあ、一緒に、いつも安全地帯で俺達を見下してやがるクソ貴族共に正義の鉄槌を下しに行こうぜ!」
この時、ボブを始め、酒場から飛び出した者の頭の中には、ついに反乱軍が動いたのか等の、様々な考えが巡っていたが、目の前に広がる暴動に参加している民衆の数が、憲兵隊の数を遥かに凌駕していることを知り、時が来たと覚悟を決めた。
「よっしゃ! いくぞ!! 帝城へ!!!」
「「「「「おおおおおおううう!!!!!!」」」」
このように、夕暮れに突如発生した暴動は、あっという間に帝都の平民区全体に広がり、それと同時に、蠍の爪の裏工作によって貴族区東門が解放され、多数の暴徒達が、蠍の爪の構成員に誘導されるように、普段では入ることさえ叶わない貴族区内への侵入を果たした。
「ひゃほほおおおおお!!! 思っていたように宝の山だぜ、これは!?」
「ああ、全くだな!! そんでも持って、これらの宝の山が、俺達が汗水流して働いて稼いだ金を、税金として搾り取った結果って言うのがまたむかつく話だぜ!!」
「それじゃあ、俺達が奪っても問題ないよな、これ?」
貴族区に侵入した暴徒達が見たものは、ゴミ一つ落ちていない綺麗な貴族達が住む屋敷街であり、ゴミが散らばっているのは当然として、時には死体さえ転がっておりいつも異臭を放つ平民区と、壁一つ隔てた先にある場所とは思えない別世界だった。
だが、同時にこの夢のような世界は、貴族達が、自分達から搾取した結果でもある。
その事に気がついてしまった暴徒達は、武器を手に取った時に誓った帝国を打倒するという当初の目的を完全に忘れ、貴族区の中央にそびえる帝城には行かず、他の奴らには奪われまいと、近辺の貴族の屋敷に侵入し逃げ遅れた屋敷の人間に襲い掛かる。
貴族や使用人問わず、屋敷にいた男は、集団で暴行を受けた末に殺害され、女はここぞとばかりに凌辱される。また、一部では奴隷商人に売りつけようと、女子供を無理やり拉致する暴徒達もおり、屋敷中から金目の物を奪う強盗まがいの事も横行している。
これらの暴徒達の破壊と略奪は、貴族優先主義を貫いてきた帝国に対する庶民達の復讐でもあった。そのため、性別も年齢も関係なく貴族区の東側にいた多くの貴族が暴徒達の餌食となった。
「おい、てめえら、あっちに貴族共が隠れていたぞ! 女だ。捕らえて犯せ!! そんで使い終わったら売り払え!」
「私が絶対にあなた達を守るわ。心配しないでね」
「お姉ちゃん……」
「そのお姉ちゃんも、妹もてめえらの家族みんな仲良く、俺達に使われるんだよ!!」
中には世間を知らず、平民を虐げた事もないどこにでもいそうなか弱い貴族家の女子供もいたが、自分達よりも高価な服を着て、いい物を食べている以上、暴徒達に慈悲はない。
自分と同じくらいの歳頃の娘が涙を流して止めてと訴えても、周りがやっているなら俺もやるという集団心理が働いた暴徒達の手が止まることはないのだ。
そう、今まで固く閉ざされていた宝物庫の中身を見てしまった暴徒達は、それを奪うこと以外、頭の中に考えが入って来なかった。
貴族達が自分達に対して今までやってきた行いをそのまま返してやる。
憎悪に駆られ、復讐のための絶好な機会だと感じ、少しでも多くの金品を強奪しようと考えた暴徒達は、諸悪の元凶がいる帝城には赴かず、手頃な範囲で破壊と略奪を繰り返した結果、貴族区東側は地獄と化した。
だが、いずれは貴族区全てがこの東側のような地獄に落とされると誰もが思うも、暴徒達が、貴族区東側一帯にある貴族の屋敷を奪い尽くした頃から、徐々に流れが変わっていく。
「おいおい、まだ、こんなに可愛い別嬪さんが残っているぜ!」
「へへっへ。逃げるなよ。たっぷり可愛がってやるぜ」
この辺りに住む女共は、粗方凌辱されたはずにも関わらず、貴族区東側の路上に一人も護衛もつけずに悠然と歩く、華奢な白いドレスを身に纏う宝石のような美貌をもつ十代後半くらいの歳頃の長いプラチナブロンドの髪を靡かせる美少女を見つけ、暴徒達の目が下卑た目に変わる。
だが、それは大きな間違いであった。
「汚らしいわ。さっさと消えなさい」
美少女が右手を横に薙ぎ払う動作をすると、彼女の右手から見えない刃が放たれ、獲物を見つけた狩人達の胴体を腰から真っ二つに切断した。
「ひいい……」
「い、一体何が起きた……」
可憐な少女が、十メートルくらいの距離から手を払った仕草を一度見せただけで、二十人近い暴徒達が体を上と下で分断されて息絶えた。そして、辛うじて見えない刃の範囲外にいた暴徒達も恐怖もあまり倒れ込み、みっともなく命乞いをするも、プラチナブロンドの少女は一切の取り合わずにその場で残りを処刑した。
彼女の名前はインペリアル・セブン、シルフィス・マリンブル。
帝国最強の七人と恐れられるインペリアナイツの一人にして、伯爵家の令嬢。現在のインペリアルナイツにおいて唯一の貴族出身者でもある。そのため、自分の庭とも言える貴族区に平民共が押し入り、我が物顔で破壊と略奪をしている現状に大変怒り心頭であった。
インペリアルナイツは、数字が若くなるほど強さを増す。そして、シルフィスの序列は七番目。つまり七人いるインペリアルナイツの中では最弱ではあるが、魔術を使えない者からしたら、インペリアルナイツ内の序列など関係なかった。
シルフィスの魔術属性は風。彼女は、後続の部隊を待たずに単身出撃し、見えない風の刃を飛ばし、次々と狼藉を働く暴徒達を一方的に始末していった。
「お前ら逃げろ!!」
「え、何故?! まだまだ奪い足りないぞ」
「いいから、死にたくなかったら早く逃げろ!!」
とある屋敷で蛮行を働いていた暴徒達の目の間に、一人の青年騎士が現れ、手に持つ剣に炎を纏わせると、暴徒達に斬りつける。
「貴族区に土足で踏み入った君達は死刑だ!!」
彼の名前は、ユーム・ヴァンス。シルフィスよりも年が若いにも関わらず、インペリアルフォーにして炎の騎士と反乱軍から恐れられる人物だ。当然、暴徒達が束になって掛かっても勝てる相手ではない。
炎の舞のようにも見える青年騎士の剣舞の前に、多くの暴徒達は、焼死体となっていった。
帝城前広場、即ち帝国軍最終防衛ラインを攻略している蠍の爪の戦闘部隊の指揮を任された隣国ローズ王国の元将校でもあった男ドグマは、後少しで帝城に突入できるにも関わらず、それができない現状に苛立ちを募らせる。
「糞が、あと少しだって言うのに!!」
蠍の爪のボス、セルケトは、ドグマに今回のクーデター計画の最重要目標である帝城を攻略するように事前に命令を下し、更に、蠍の爪の精鋭部隊とも言える暗殺部隊と、帝国各地から密かに集め、帝都の本店地下施設に隠していた二千を超す剣奴を託した。
この内の半数は、帝都内の平民区の重要拠点の攻略や、暴徒達の誘導に回し、ドグマ直属の配下は半減していたが、それでも帝城前までは問題なく進軍することができたのだが、残念な事に彼らの進撃は、最終目標の手前で止まっていた。
帝城の大門は固く閉ざされ、城壁の上から親衛隊が弓を飛ばして来るが、数も少ないため、地の利があっても、そこまで脅威ではなかった。
ドグマ達が恐れる者は、帝城の大門の前を己の墓場であると覚悟し、ここからでも不退転の意思を発していることが分かる、大門の前にただ一人で仁王立ちする軍服を纏った初老の男だ。
ドグマは、元軍人男として男の雄姿に尊敬の念を禁じえないも、忌々しい目付きで男の方を睨みつける。
「ち、流石はインペリアルファイブ。氷槍将軍と恐れられるアイスバットと言ったところか。マジで、たった一人で帝城前を死守する気だ……」
ドグマが率いる暗殺部隊や剣奴達の一人一人の強さは、帝国軍の最精鋭でもある親衛隊を優に超えていた。護衛任務が中心の親衛隊と日々生きるか死ぬかの殺し合いをしている差であろう。だが、それは人間の枠の中での話。
常人を超える力を持つ魔術師の前には意味をなさない。
インペリアルナイツとは、赤子の頃より親元から引き離され、帝国のために戦って死ぬという徹底的な思想教育を受けた魔術師の中でも、最も優秀な魔術騎士爵を贈られた七人の事を指す。
そのため、彼らインペリアルナイツは、貴族や国がどれだけ腐敗しても、或いは貴族達が帝国を蝕む癌だと理解しても、千年の歴史を持つ大帝国を守るために、その身を削ってでも最後まで戦い抜くのだ。
とは言え、アイスバットが相手をしているドグマ達はそこら辺ににいる有象無象の輩ではない。ドグマ達は時間は掛かるもゆっくりと、そして着実にアイスバットの命を削っていく。
アイスバットの全身には、いくつかの斬り傷があり、常人であれば出血死しておかしくないのだが、持ち前の氷の魔術を用いて出血を食い止め、氷の槍を飛ばして賊を撃破する。
ドグマ達、攻め入る側が、これほどの武人が守る背後の城に、果たして、そこまでして守る価値があるのかと疑問に思う中、己を奮起させるためか、アイスバットは賊軍に向けて己が決意を語る。
「儂は今年で六十になる。インペリアルナイツの中ではグエナ元帥に次いで、二番目の古株だ。じゃから、若い奴らと違って、この国を蝕んでいる本当の敵が誰かはよく分かる。帝国の未来を考えれば、儂は貴様らに道を開けるべきかもしれん。……じゃが、儂には六十年間帝国を守ってきたという誇りがある!! 例え、全帝国民が帝国に憎悪を抱いたとしても、最後まで儂は戦うぞ!! もし仮に、帝国が滅ぶとしても、それは儂が死んだ後じゃあああ!!!」
その檄は、攻め入る側のドグマ達を萎縮させ、反対に城壁の上でアイスバットを援護しようと矢を射る親衛隊の士気を大いに上げるも、既にアイスバットは限界に近かった。
このまま敵の攻撃が続けば、数分と経たずに自分は死ぬだろう。それが分かっていても尚、アイスバットは、最後まで戦う気迫を賊軍に見せつける。
そのアイスバットの限界を超えた覚悟に神は微笑んだ。
「ド、ドグマ隊長! 西から親衛隊の新手です、数は目算でも五百以上!」
「北からも騎馬部隊がこちらに接近しつつあり!! 早く対処しないと包囲されます」
斥候からの報告を聞き、ドグマはこれ以上の帝城への攻撃を断念せざる負えなかった。帝城を落とさなければ、今回のクーデターの全ては無に帰す。それは重々承知であるが、敵の援軍が到来する前にアイスバットを抜けないと判断したドグマは、捲土重来を期すためにも、悔し涙を流しながら、全部隊に退却の命令を下した。
今にも倒れそうに見えるが、絶対に倒れないという覚悟を見せる初老の男を口惜しいそうに見ながら、退却を開始したドグマは、心の中で、作戦が失敗した元凶に対し悪態をつく。
(ちくしょう! アイスバットがあそこで陣取っていても、民衆達が大挙して押し寄せれば行けると思ったのに、あれだけの数を貴族区内に呼び寄せたはずなのに、一体何故奴らはここまでやって来ない?)
(流石は、かつて天才軍師と他国から恐れられただけのことはある。軍を退役してもその力は衰えないのか)
帝城内の一室に設けられた作戦司令室の一室にて、帝国軍のトップにしてインペリアルツーでもあるグエナ元帥は、自身に変わって暴動鎮圧の指揮を執る男の手腕に改めて驚き舌を巻く。
「そうだ!! セントラル通りには、第三親衛隊を向けろ! マンザ伯爵邸は、そのまま防御陣地として使え!!」
窓内室内で部下からの報告を聞き、一心不乱に机の上に広げられた地図の上に置かれた無数の駒の配置を絶えず移動させ、現在の戦況を的確に把握し、今後の戦況さえも読み切る稀代の天才軍師の姿に、長年、他国との戦争を指揮してきたグエナ元帥ですら脱帽するしかない。
そのグエナ元帥ですら天才軍師と評する男、帝国宰相オド・フランシスコは、同時に複数報告する伝令役の部下達の言葉を全て正確に聞き取ると、頭の中で情報を整理しなおし盤面の駒とにらめっこをし、矢継ぎ早に部下達に命令を下す。すると、しばらくした後、劣勢、いや、崖っぷちだった盤面が徐々に優勢に傾いていった。
「マリンブルの小娘は、エグルサ通り方面に向かわせろ! ヴァンスの小僧の方はこのまま行くと連中の主力とぶつかる恐れがある。大至急、伝令を送って一旦下がらせろ!!」
オド・フランシスコ。
この名を聞けば、腐敗した帝国貴族の頂点に立つ諸悪の元凶であると、大多数の民衆や反乱軍は口を揃えて言うだろう。
また、ロッキード子爵のように自分自身の無知と愚かさ故に、詳しい彼の来歴を知らない一部の貴族達の中は、彼の事を幸運で成り上がった人間と内心見下す者もいる。
しかしながら、現役時代の彼の事をよく知る高齢の貴族や、帝国軍や帝国以外の西方諸国から見た場合、帝国内において出回っている彼の悪評とは正反対の高い評価がなされており、中には、彼の事を軍神と讃えている者達もいる。
オド・フランシスコ。彼は、青年期に貴族の風習に囚われるが嫌になり、実家であるマイム子爵家を飛び出し、身分を隠し一兵卒として帝国軍に入隊した変わり者だった。
だがしかし、意気込んで入隊したのはいいが、彼には魔術もなく剣や弓の技量も他の兵士よりも一団劣っていた。
その代わりに、彼には軍師としての高い資質が備わっていたため、彼は軍師としての道を歩み出し、戦場で多くの結果を示してきた。
策を用いて数倍の敵を撃破し、新兵のみの中隊で敵国の魔術師を討ち取るなど数々の武勲を立て、軍の内部でドンドンで出世し、将軍の地位にまで昇り詰めたところで、フランシスコ伯爵家に婿入りし軍を退役した。
その後、次の戦場を宮廷内と見定めた彼は、軍人時代の経験や知識、コネを使い政敵を排除し、とうとう文官の頂点である帝国宰相にまで昇り詰めた、正真正銘の英雄や天才の類の傑物なのである。
だが、長い宮廷での生活は、彼の心を大きく歪ませた。外道共が巣食う宮廷で生き延び勝つためには、敵対勢力以上の外道にならなければならないと悟り下劣な策を弄すようになった結果、オド・フランシスコの事を軍神と持て囃す人物は少なくなった。
オド・フランシスコこそが、帝国を蝕む全ての元凶だと、帝国中のほとんどが決めつける中、それでも尚、英雄的な活躍を見せた軍師であった彼を、一軍人として尊敬している将校や兵士は帝国軍に多数存在し、オド・フランシスコもまた、自分が今の地位にあるのは、西大陸最強の軍事力を持つ帝国軍のおかげだとしっかり理解しているため、宰相となり心が歪んでしまってかつての面影がなくなった今でも、帝国軍に関しては、ないがしろにせず、できるだけ厚くもてなしてきた。
おかげで、これほどまでに国が乱れても帝国軍が反逆することは一度もなく、軍上層部から末端の兵士に至るまで、彼は今でも絶大な信頼を得ていた。
その信頼があったからこそ、自分ではもう帝城を守り切るのは不可能だと判断したグエナ元帥は、軍人としての誇りを捨ててまで、フランシスコ宰相に指揮を譲ったのである。
「大門の前を守護していたアイスバット卿の元に、親衛隊第六中隊が、到着致しました」
「よろしい。では、アイスバットには帝城内で休養を取らせ、代わりに第六中隊に大門前の守備をさせろ」
とは言え、流石のフランシスコ宰相も数十年ぶりに軍の指揮を取ってくれといきなり頼まれても、ブランクもあり、長い宮廷闘争で心が歪んでしまった彼ではできなかっただろう。にも関わらず、彼の指揮の下、暴徒達の鎮圧に成功しつつあったのは、数十年ぶりにロッキード子爵の屋敷で己の死期を感じたからだ。
皮肉にも、ロッキード子爵の屋敷での一件が、長い間眠っていた軍神としての彼の一面を取り戻したのだ。
「宰相閣下、お見事です」
帝城前で交戦していた敵主力部隊が撤退した報告を聞き、勝敗は決したと判断したグエナ元帥は感服する。
貴族区東側での戦いを早々に放棄し、多数の貴族を暴徒達が食らいつく餌として見捨て、暴徒達が東側の貴族の屋敷で略奪している間に、親衛隊側の体勢を整えることに成功したフランシスコ宰相の作戦勝ちであった。
フランシスコ宰相は、軍の指揮を取った時点ですでに、僅かな情報から敵側の内情を完全に把握していたのだ。
数は圧倒的ではあるが、フランシスコ宰相が、敵の中で脅威と認識したのは、帝城を攻略している1%の主力部隊と、帝都の各施設を攻撃し暴徒達を誘導している1%のみ。それ以外の98%の暴徒共は、祭りのような勢いに乗ったまま、ついさきほど初めて武器を握った、部隊を作り連携して戦うことさえ知らない新兵以下の素人集団だ。
それだけならば、まだ救いはあったが、驚くべきことに暴徒共のほとんどは、貴族区に侵入した時点で、先導する蠍の爪の主力部隊から離れて、敵が立てこもる帝城への攻撃よりも、その手前にある貴族区東側の屋敷街での略奪と破壊を優先した。
軍人時代、フランシスコ宰相は、敵味方含め多くの部隊を見てきた。その中には、占領した地で略奪や虐殺をする素行の悪い部隊もあったが、そういう部隊ですら、略奪行為に走るのは敵を倒した後だ。
兵の質が悪いどころの話ではない。もはや兵士ですらない。そんな連中を当てにしていた事が蠍の爪の敗因だろう。
そのせいで、数の暴力を用い、アイスバットが守護する帝城の大門を攻略する腹積もりだったドグマ率いる蠍の爪の主力部隊は勝機を逃したのだから。
もしくは、ロッキード子爵の屋敷を襲ったインペリアルナイツすら葬った仮面の一団が、あの場でフランシスコ宰相を皆殺しにした後、一緒になって大門前に攻めてきていたら、結果は全く違う形になっていたかもしれないが、どちらにしても、ドグマ率いる主力部隊が撤退した今、もはや手遅れである。
現在、貴族区東側は、体勢を整えた親衛隊とインペリアルナイツにより掃討戦が繰り広げられている。このまま何もなければ、数時間後には、貴族区を奪還できるであろう。
その後は、親衛隊と憲兵隊と帝都郊外の帝国軍と連携を取り、平民区の鎮圧も時間の問題だと、一同が安堵する中、ただ一人軍神と恐れられたかつての顔をしながら、フランシスコ宰相は、今回の蠍の爪のクーデターについて訝しんでいた。
(やはり妙だな。蠍の爪のボス、セルケトとは、商談で何度か直接顔を合わせてたことがあるが、こんな短絡的な計画を実行する愚かな女ではなかったはずだ)
帝国最大の奴隷商人であるセルケトを高く評価していただけに、軍神としてのかつての姿を取り戻したフランシスコ宰相は周囲が勝利に浮かれていても一切慢心していなかった。
そして、まだ何かあると予期したフランシスコ宰相は、インペリアルナイツすらあっさりと葬った危険な者達がいる場所に最大戦力を投じる決心をする。
「陛下の傍を守護するアルヴィスに命令だ。今から、大至急ロッキード子爵の屋敷に行ってこいとな」
鎖に繋がれ情けない姿を晒しながら連行されるロッキード子爵の背中を見ながら、蠍の爪のボスでもあり怪しげな仮面を被ったヒガンは、部下からの緊急報告を聞いて、予想していた事とは言え、少しだけ落胆しながらフライに告げた。
「やっぱり、クーデターの方は失敗したわ。暴徒達の誘導が完全にはできなかったのが敗因ね」
「それはそうだろう。そもそも暴徒達に期待した方が間違いだ。だが、それでも、こんなにも早く形勢を逆転されるとはな」
「でしょう? だから言ったじゃない。かつて軍神と恐れられたフランシスコ宰相だけはあの場で殺しておくべきだって。それか、私かシェスちゃんかアンタの内の誰かが、帝城前に行っていれば結果は違ったもしれないけどね」
と言いつつも、一先ずの成果を出せたので、ヒガンは一応は満足していた。そもそもヒガンとしても、私怨では、できるだけ多くの貴族を殺せればいいとは考えていたものの、これからの事を考えると帝国政府が崩壊するのは避けたかった。
なんせ、交渉する相手がいなくなれば、数年後に、彼女の祖国である東大陸統合連邦国が、帝国内に侵攻を開始した際に歯止めが効かなくなるのだから。
連邦大統領が密かにヒガンに依頼したのは、帝国の弱体化であり殲滅ではない。
ヒガンが、クーデターの指揮官として任命した何も知らないドグマは帝城を本気で落とすつもりでいたが、ヒガンとしては、憎き貴族の四分の一とインペリアルナイツの首一つで十分だった。
それに、帝城内にまで攻め入れば、ヒガンが朱天王以外で唯一勝てないと判断していた帝国最強の騎士インペリアル・ワンが出てくる。
そんな危険な相手と戦う気などヒガンには最初から微塵もなかった。
ちなみロッキード子爵以外に眼中にないフライは、クーデターの成功など、どうでもよく、ロッキード子爵を甚振っている間に、邪魔が入らないようにするための陽動程度にしか考えてなかった。
それでも、毒蛇のキバのボスとしての最低限の協力として、戦闘員を全て参加させ、クロードに後方指揮をさせてはいるが。
「じゃあ私は一足先に、例の地下水路を使って帝都の郊外に逃げるわ。アンタもぼちぼち、あの男に止めを刺して逃げなさい」
そう言い残し、仮面を被った自らの部下を連れてヒガンは一足先に、ロッキード子爵の屋敷を後にした。
残り時間が少ないと感じたフライはロッキード子爵の最後の姿を無想し、仮面の奥で不敵な笑みを浮かべるのであった。




