第二十三話 生贄決定
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姿を見せない氷の魔術師が、会場中の壁や窓や扉を氷で封鎖し、給仕達がステージの上に椅子を二脚持ってくると、仮面の男と同じく仮面を被った黒髪の女性は、それぞれ椅子に座りながら俺達貴族を高みの場所から見下ろすように、見物している。
貴族を見世物にするなど、なんと無礼な奴らだと俺は腹を立てるも、この場ではその無礼に目を瞑って貴族達の話し合いの方に注視するべきだろう。
「よし、もう一度状況を整理するぞ!」
「それは何度もやった。あれから十五分経ったが、一向に助けが来ない。救出が来るのは諦めるべきだ」
「では、貴公は、あの仮面の男の言いなりになって、仲間を生贄に捧げるしかないというのだな」
「私も、好き好んで、大切な同志を死なせたくはないが、我々は帝国を支える重鎮だぞ! この場で、あの仮面の男の怒りを買って、何処かに潜んでいる魔術師が襲い掛かってきたら、十秒と経たず全滅する!! そしたら、帝国はお終いだ!」
「そもそも、こうなった責任は誰が取るのだ?」
「それは、会場を準備したロッキード子爵では? それとも……」
「私にも責任を負わせるつもりかね? マルガ伯爵?」
「い、いえ、滅相もございません、フランシスコ宰相様」
「ええい、それでどうするのだ!! 誰を生贄にするのだ!!」
仮面の男が、俺達に用意した時間は三十分。そのうち、すでに半分の時が流れていた。
生贄を差し出せと仮面の男は言ってきたが、当然のことながら、自分を指名しろと言う貴族は一人もいない。
自分が生き抜くのが大前提ではあるが、邪魔な政敵を排除できる絶好の機会とあってか、己の命が掛かっているというのに、どの貴族もやる気に満ちた顔をしている。
そんな我々の討論を見世物のように楽しんでいる仮面の男達に、俺は改めて怒りを覚えた。だが、俺の怒りを鎮めるかのように、唯一仮面の男の言いなりになっていない我が側近の一人、シャルルが小さな声で尋ねてきた。
「ロッキード子爵は、あの会話の中に入らなくて、よろしいのですか?」
「ああ、色々考えたのだが、今は余計なことはしなくてもいいと思う」
屋敷で麻薬が見つかった時と同じく、この場さえ凌げば、俺を次期後継者にしてくれるはずのフランシスコ宰相が俺にとって都合の悪い事は全部潰してくれるはずだ。
そして今、恐らく、フランシスコ宰相は、自分と未来の後継者である俺のために将来的に邪魔になりそうな輩を排除するために、あの傍から見ると無意味な口論に身を投じているのだろう。
俺のために奮闘している宰相の邪魔をしてはいないと判断した俺は、会場の中央で、白熱の議論を展開する貴族達から少し離れた位置で、シャルルにそう返事を返した。
「それよりも何故、我が使用人達は、仮面の男の指示に従う?」
不祥事はフランシスコ宰相がもみ消してくれるにしても、きちんと原因の究明をしておくべきだ。そうでないとまた今回のような事態が起きかねない。なので、密かにシャルルに探らせていたのだが、シャルルは首を横に振るう。
「分かりません。式が始まるまで、使用人達とは普通に会話ができていたのですが、あの仮面の男が現れてから、使用人達は、こちらの声には一切耳を傾けなくなりました」
「……そうか、まあいい。所詮はいくらでも代えの効く平民共だ。この一件が済んだら、皆、処分して新しいのを雇えば良い。それよりも……」
「ええ、バルツの仇は取らなければ」
「そうだな」
長年、俺に仕えてくれた仲間であるバルツの死を悼む。
そして、時計の針が時間を来たことを告げ、仮面の男が立ち上がった。
「時間だ。では、諸君、要らない奴の名前を紙に書いて、こちらの箱に入れてくれたまえ」
「皆、覚悟を決めよ。こうなっては恨みっこなしだ」
結局、貴族達は結論が出せなかった。
フランシスコ宰相の言葉が決め手となって、全員が、他の者にも見られないように隠しながら誰かの名前を紙に書くと、貴族達はステージの前にいつの間にか置かれていた箱の中に紙を折り曲げて投じていく。
俺も以前、俺を貶めようとしたシクラ男爵の名前を書いて箱に投じた。その後、残った貴族達が箱に投じていく様を見ながら、頭の中で結果を予想する。
先ず、派閥のトップであるフランシスコ宰相の名前が書かれることはないだろう。理由は、現在トップである彼が消えれば、フランシスコ派は瓦解してしまい、残った者達がトップの座を巡って争いをし、大混乱になるからだ。そして、フランシスコ宰相の次期後継者として目を掛けられている俺が生き残るのも当然の結果と言えよう。
そうなってくると、一体誰が生贄にされるのだろうか?
正直、どのような結果になるのか、見当も付かないが、個人的には、あの生意気な若造であるシクラ男爵が消えてくれれば、良いと思いながら投票が終わるのを待つ。
そして、投票が終わった。
すると、今まで隠していたのか、仮面の男は、ステージの奥の方から学校で勉学に励んでいた時によく見かけて黒板を引っ張り出してきた。
「では、諸君。これより開票を行う。……とその前に、そこの執事。こちらに来い」
仮面の男は、シャルルを名指し、ステージの前に来させ箱を手渡した。
「君が、箱から紙を取り出して、みんなに見せ、更に聞こえるように大きな声で発表したまえ。集計結果は、私が黒板に書いて行こう」
シャルルは仮面の男の指示に黙って頷くと、緊張しているのか、手を震わせながら、箱から紙を一枚取り出し、皆が見えるように掲げ、紙に書かれた生贄の名を口にした。
「オ、オド・フランシスコ様です」
シャルルが紙を掲げた時から、すでに分かっていたが、それでも改めて口にして、俺を含め貴族達の間に衝撃が走ったのを感じた。
「フ、フランシスコ宰相を亡き者にしようと企む愚か者がいたとは……」
「な、なんて、命知らずな」
「いや、そう言っている貴君こそが、あの紙を書いた本人かもしれんぞ」
「な! 馬鹿な事を言うな! 私は断じてそんな卑怯な真似せんぞ!!」
「それよりも、このゲームの結果がどうなるかはさておき、フランシスコ宰相が生き残っていても、派閥内のトップの命を狙うとする不届き者が、この中にいることがはっきりしてしまったぞ」
俺も、貴族達と同じ意見で、俺の後ろ盾なってくれる者の命を奪おうとする者がいるという事実に心の底から震えた。
だが、緊張が走る貴族達の中で、仮面の男だけは、どこか嬉しそうな声を出して黒板に呼ばれた者の名を書き、その下に何票入ったかを表す横数を一本引いた。
シャルルが適当に引いたとは言え、いきなり、最高権力者であるフランシスコ宰相に一票が入り、貴族達が動揺する中、シャルルは一枚目に引いた紙を机の上に置き、二枚目の紙に書かれていた人物を読み上げた。
「……オド・フランシスコ様です」
その二枚目の紙は、貴族達を再び混沌の渦の中に着き落とした。仮面の男と側にいる黒髪の仮面の女だけは、嬉しそうな雰囲気を醸し出すが、それ以外の貴族達は悲鳴に近い声を上げ、驚愕した。
「な、なんだと!?」
「この中に、ふ、二人も派閥転覆を企む者がいるのか?」
「誰かは分からんが、票を投じた四十四人の中に、二人も反逆者がいるのか。恐ろしいな」
この場にいる者達は、同じ派閥に属するはずの仲間だ。にも関わらず、その中から二人も反逆者がいる事実に、皆、動揺を禁じ得ないが、皆の不安を取り除くためか、ここでついにフランシスコ宰相が口を開けた。
「私は、紙に自分の名前を書いた。だから、裏切り者は現在のところ一人だな」
フランシスコ宰相の告白に、かつてないほどの衝撃が走る。
俺は、仲間を売ることができず、己の名前を記入したと考えられるフランシスコ宰相を少しだけ見直したが、何故か、何人かの貴族は「そうきやがったか」と苦い顔をした。
そんな謎の悔しそうな顔をする一部の貴族を横目に、シャルルは三枚目の紙を取り出した。
「アンドリュー・メックス様です」
ざわりと、再び衝撃が走るが今度は、今までの二枚とは事情が違う。派閥内でナンバー2であり、国務大臣でもあるメックス大臣の名が上がったことで、もはや、このゲームは派閥内の抗争と化したからだ。
とは言え票を投じた以上、もう結果は決まっている。今更何をしても、もう遅い。
この場にいる全員が結果を受け入れるしかないと覚悟を決めた顔をした正にその時、シャルルが突然、大きな声を上げた。
「あ、あのう、仮面の人? 今読み上げたのは、アンドリュー・メックス様なのですが?」
シャルルの声に導かれる形で、仮面の男が書いていた集計結果が記された黒板の方に目をやり、そこに書かれていたものを見て、俺は目が点になった。
「そう? ちゃんと、君が述べた人物の名前を黒板に書いているよ?」
「い、いえ、違います! オド・フランシスコ様に二票、アンドリュー・メックス様に一票でございます。断じてランケル・ロッキード子爵様に三票ではございません」
もう何度目だろうか、貴族達は再度、驚愕した顔を見せるが、俺には、そんなものもう眼中になかった。
シャルルは確かに、フランシスコ宰相とメックス大臣の名が記された紙を全員に見せたのに、それにも関わらず、何故か、仮面の男は黒板に、名前を呼ばれてもいないはずの俺の名前を書き、名前の下に三本の横線を入れていた。
「いいから、早く、次を読みあげろ!」
シャルルは不満そうな顔をしながら抗議をするが、仮面の男は一切取り合わない。そのため、渋々シャルルは四枚目を取り出した。
「ガイン・アナベル様です」
派閥内で五指に入る実力者の名が叫ばれ、またもや貴族達に衝撃が走るが、耳がおかしくなったのか、それでも仮面の男は、何故か、黒板に書かれている俺の名前の下に四本目の横線を入れるだけであった。
「オド・フランシスコ様」
「ジェームズ・マイク様」
「シェダン・コワルツキー様」
シャルルは紙を掲げ、紙に書かれた者達の名前を呼び上げる。だが、仮面の男は、シャルルの必死の訴えを無視して、黒板にただ一人刻まれたロッキード子爵というの名前の下に横線を入れ続ける。
途中、何度か大物の名前が呼ばれ驚くような場面もあったものの、俺の下に書かれた横線が過半数を越え、結末を悟ったのか、自分の命が取られることがないと安心した貴族達から安堵の声が漏れ始めた。
そして……
「最後に、オド・フランシスコ様、これで四十四枚全てです」
集計が終わった。黒板には、俺の名前とその下に、四十四本の横線が引かれていた。黒板に書かれた集計結果を見て、満足したのか仮面の男は、貴族達に問い掛ける。
「さて、皆様、ご覧のような結果となられましたが、何か異議がある者はございますか?」
仮面の男の問いに、俺は誰よりも早く異議を唱えた。
「ま、待て! ふざけるな! これのどこが集計結果だ。俺の名前なんて一度も上がっていなかったじゃないか!! なのに、どうして貴様は俺の名前しか記録しない?!」
そもそも、ゲームとして成立してすらいない。こんなただの茶番だ。
理不尽過ぎるゲームの結果に怒りを爆発させる俺に対し、仮面の男はため息を吐きながら、テーブルの上に置かれた証拠となる紙を、装飾として設置された燃え盛る松明の中に放り込むと、俺を無視して改めて貴族達に改めて尋ねる。
「皆様、何か問題がございましたか?」
仮面の男の問いに対し、貴族達は一斉に一言。
「「「ない」」」
と返事を返した。
すると、扉を覆っていた氷が解けていき、給仕達の手によって扉が開かれ、仮面の男は扉に向け、右手を差し出す。
「お疲れ様でした。お帰りは、あちらでございます」
ロッキード子爵以外は、もうお帰りになられても結構ですという、仮面の男の声を聞き、貴族達は何も言わずに、この場を後にしようとする。
だが、そうはさせん。俺は、フランシスコ宰相から最も期待されていて、次期宰相になるはずの男だ!!
俺は全速力で走ると、扉の前に先回りした。
「ハァハァハァ……お、お待ちください! 本当にこれで良いのですか? あの仮面を被った詐欺師は、高貴な血を引く貴族である我々に嘘までついて、この私を陥れようとしたのですぞ!! 他ならぬ、フランシスコ宰相の次期後継者であるこの私を!!!」
俺は、貴族であり、次期宰相でもあるこの俺を謀った仮面の男に処罰を下すべしと、高らかに宣言した。
そうだ! 清廉潔白を重んじる貴族であれば、あんなふざけた結果無効にして、責任者を処罰するのは当然の義務だ。
それに何より、この俺というフランシスコ宰相派と帝国の未来を担う貴重な人材が、いつものように道端を歩いていたら、野盗に襲われて突然死んだみたいな、あっけない最後を迎えていいはずがない!!
俺は、さっさと帰ろうとする貴族達に、この俺が如何に優れているかを説き、仮面の男の不正を指摘した。
しかしながら、俺の必死の訴えを嘲笑うかのように、始めにメックス大臣が声を上げる。
「何をふざけたことを、君程度のいくらでも代えがいる駒が、次期後継者だと? 片腹痛いわ!!」
「ハハハ、全くもって、その通りだ! 最悪、帝国首脳陣全滅の可能性もあったのだ。まあ、邪な考えを持っていた奴もいたが、一番どうでもいい奴と引き換えにその最悪の事態は回避できたのだ。みんな文句はないだろう」
「ふん、所詮貴様なんぞ、フランシスコ宰相の親類だったから今の地位にいるだけに過ぎない」
「おい! その顔、まさか?! 本気で自分は選ばれた貴族とか、次期宰相候補とか思っていたのか?」
「地方周りをし過ぎたせいで、もしや自分を皇帝と錯覚しているのではないか?」
い、一体何を言っている?
俺が使い捨ての駒?
そんな馬鹿な?! 俺はランケル・ロッキード子爵だぞ!
今はまだ子爵の身だが、いずれフランシスコ宰相様に取り立てられて宰相になるはずの男なんだ!!
にも関わらず、貴族達は馬鹿かこいつと侮蔑の眼差しを向ける。俺は、こいつらでは話にならないと嘆いていると、人垣を割って、いつも俺を救ってくれたフランシスコ宰相様が姿を見せた。
「フ、フランシスコ宰相様……」
この御方であれば、俺が何も言わなくても、きっと分かってくれるだろう。
いつものように、そう信じていたのだが、彼はいつも通りの笑顔を見せると、
「い~や素晴らしい余興であった。もし次の機会があれば是非また呼んでくれ、それでは今宵は失礼するよ」
そう言い残し、俺の横を通り過ぎる。その後、他の貴族達もそれに続いていく。
ば、馬鹿なフランシスコ宰相が俺を見捨てただと、そんな馬鹿な話あってたまるか!
こ、このままでは、ダメだ。何か打開策を。
俺は必死に頭を回転させ、叫んだ。
「グ、グルだったのか?!! 将来脅威になるこの俺を嵌めるために、みんなで策を弄したのか?!!」
こいつらの一部が、俺を嵌めるためにあの仮面の男と手を組んだに違いない。そうとしか考えられない。
だが、俺の最後の叫びすらも、貴族共は嘲笑う。
「馬鹿を言うな! あんな得体の知れない仮面の奴なんかと、誰が手を組むと考えるものか?!」
「それに、こちらは、ここ百年無敗のインペリアルナイツの一人を失っているんだぞ! 大臣級の方々ならまだしも、貴様なんかを消すには損害がデカすぎるわ!!」
「今回の一件で、反乱軍が決起した日には、目も当てられん!」
そして、最後に、まるで今日集まった貴族達を代表するかのように、あの生意気なシクラ男爵がきっぱりと引導を渡す。
「そもそも、あの集計であなたの部下の口からは、一度としてロッキード子爵というあなたの名前は挙がらなかった。要するに、あなたは、あの場にいた全員の眼中にないほどの、どうでもいい小物であったと言うことですよ。そんな誰からも関心を持たれない小物の癖に、次期宰相なんて妄言、よく口にできましたね」
そのシクラ男爵の言葉を最後に、扉は閉められ再び氷が覆った。
……この先どうすればいいのか? 誰を信じればよいのか?
余りにも理不尽な状況に、理解も追い付かず、失意の底に突き落とされた俺は、仮面の男がいる背後を振り向く。すると、いつの間にか仮面の男の手に一本の長い棒が握られていた。
何度も見た事があるので分かる。
あれは奴隷に、奴隷の証である焼き印を入れるための道具だ。
あれを使って仮面の男が何を企んでいるのかは不明だが、仮面で素顔を隠しながら、奴は嬉しそうな声を上げる。
「確たる証拠があるのに、周囲に無視される理不尽な状況を少しは味わえたかな? だが、パーティーはこれで終わりじゃないぞ! さあ、ロッキード子爵。あなたのためのパーティーの第二幕の開始と行こうじゃないか?!」




