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第二十一話 開幕

しばらく、ロッキード子爵の視点で話が進んでいきます。

 俺の名前はランケル・ロッキード。爵位は子爵だ。


 我がロッキード子爵家は、元々帝国政府の中間管理職の地位を代々与えられてきた貴族の家だった。だが、貴族と言っても、代々与えられる職は、中堅クラスのいくらでも代えが効く役職だ。


 そのため、大物貴族達には言いように利用され、地位を奪おうと企む同格以下の他の貴族との抗争に明け暮れることを何百年も繰り返してきた。


 俺はその現状に大いに不満を抱いていた。


 何千人者もの平民共の命に匹敵する尊き貴族の血を継ぐこの俺が、そんな不安定で半端な地位で一生を終えるなど我慢できぬ。


 相手も同じ貴族ではあるが、貴族の社会の中には暗殺やら、何やらで地位を追われる者も大勢いる。過去には皇族ですら、冤罪を着せられ奴隷になった例も山のようにある。


 だから、幼い頃から、俺専属の使用人として働いてくれたシャルルとバルツの三人と決意した。いつの日か、この帝国の貴族社会を伸し上がっていくと、平民は当然として、俺達ですら物のように扱う貴族の連中もみんなゴミのように利用して捨ててやると。


 しかし、現実はそう甘くはなかった。


 病死した父から当主の座を譲られ、ついにロッキード子爵家の当主となった俺だが、与えられた帝国政府の中間管理職の職場環境は、俺の想像を遥かに超えるほどの劣悪なものであった。


 大した能力もないのに、生まれた時から俺の上司の役職を与えられている大物貴族達。彼らは、毎日ろくに、仕事もせずに、椅子に座って判子を押し、部署で問題が生じれば、部下に擦り付けるだけのいてもいなくてもいいような奴らだ。


 まあ、それだけであれば、俺もそれほど憤る事はなかった。いつの日か、奴らを蹴落として、自分が奴らのような高位の職につき、同じような事をすればいいと思ったからだ。


 しかし、俺が特に許せなかったのは、能力があるという理由だけで、帝国の心臓部である政府庁舎で自分の庭のように働く下賤な平民共の存在だ。


 吐いて捨てるほどいる雑草のような平民共と同じ建物で働くだけでも、我慢できないのに、それどころか庁舎で働く平民の何人かは、大物貴族達から贔屓にされ、役所内の階級上は俺の方が上なのに、俺よりも給料が高い奴もいる。


 こっちは、貴族を倒そうとしているのに、挑戦することさえも不届きな平民共が、俺の野望を遮るのだ。


 それどころか、俺が些細なミスをすると、平民共は必要以上に強調して上司である大物貴族に告げ口をする。


 貴族なのだから何をしても許され、貴族が犯した過ちの責任と後始末を取るのは、平民共の仕事だと言うのに、それすらも理解できない猿共のせいで、大物貴族共から、俺は長い間、白い目で見られた。


 その時俺は、確信を持って帝国で一番不幸な貴族は間違いなく自分であると言えた。何故なら、猿のような平民や無能な上司のせいで、正当な評価をされずに、成り上がる機会を奪われているのだから。


 その後も、辛い、辛い、屈辱的な日々が続く。


 そんなある日、ついに俺に救いの手を差し伸べる者が現れた。その者の名はオド・フランシスコ。


 後に宰相となる俺よりも二十近く年上のこの男は、元々俺と同じ子爵家の出でありながら、幸運に幸運を重ねて、宰相の座にまで上がった非常に運の良い奴だった。


 そんな彼を見て、俺と同じ子爵の家の出の者ができるのだから、俺だってチャンスさえあれば、出来るんだと奮起した。


 その俺の心意気を神が見ていてくれていたのであろうか、なんとある日、当時まだ大臣だったフランシスコが「君にしか任せられない仕事がある。お願いできないものだろうか」と向こうから懇願してきた。


 この時初めて知ったのだが、フランシスコ宰相は俺の親戚に当たる人物であった。とは言っても、フランシスコ宰相の父親であるマイム子爵家の当主には、帝都でも話題に上がるほどの沢山の愛人と三桁に迫るほどの子がおり、俺の母親もまたそのマイム子爵の子供の一人だったので、フランシスコ宰相と親戚関係の人間は、山のように存在した。


 だがしかし、その山のような親類縁者の中から、彼はこの俺を抜擢した。しかも、与えてくれた職務の内容は皇帝陛下の代理として地方貴族達の元へ行き、代理として、皇帝陛下の声を聞かせてやるという大役である。


 これだけ重要な仕事を与えてくれたのだ。きっとフランシスコ宰相は、俺を自身の後継者にしようと考えているに違いない。でも、それを表に出せば、フランシスコ宰相の後継者の地位を狙う不届き者に狙われるかもしれない。


 だから俺は、長い間、その事を胸の内に秘めて職務に励んだ。




 代理とは言え、皇帝の役回りは非常に愉快な仕事であった。


 勿論、皇帝の声を届けるという仕事もちゃんとやっているが、それとは別に、皇帝の代理というだけで、伯爵や辺境伯と言ったロッキード子爵家よりも格上の地方貴族達が、俺に頭を下げて多くの賄賂と言う名の貢物を寄越してくるのだ。


 まあ、極稀にそういった機微に疎い愚かな地方貴族もいた。そう言った輩は、その時の気分で、適当に難癖をつけて「そのような輩が、帝国の土地と民を預かるのは不適格でしょう」と、フランシスコ宰相に報告し、俺に代わってフランシスコ宰相が愚か者に制裁を下す。


 このように、日々、真面目に仕事に励んでいた俺は、自分に与えられた仕事をきちんとこなし、フランシスコ宰相から信頼されていると思っていた。


 そして、つい二週間ほど前に、それは確信に変わった。


 俺が地方に出向いている間に、我が屋敷から大量の麻薬が発見されるという身に覚えのない失態があり、お家存続の危機に陥ったが、フランシスコ宰相は、それを逆手に取って、自分達の地位を確固たるものにしようと提案し、大臣を始め、多くの者が受け入れた。


 そう、身に覚えがないとは言え、俺の失態を逆手に取って、フランシスコ宰相派が帝国の支配者となるのだ。

 

 フランシスコ宰相は、事件の起きた俺の屋敷で盛大にパーティーを行うことで、フランシスコ宰相派が帝国を牛耳ったと内外に示すつもりなのだ。つまり、こんなに重要な事を任せる以上、俺はフランシスコ宰相の後継者であると確信してしまっても良いのではないか?

 

 まだ六十代前半とは言えフランシスコ宰相も結構な歳だ。もしかしたら、パーティーの場で、俺を後継者に指名するかもしれない。


 そう結論を出した俺は、屋敷の財政も担当するシャルルに、私財を取り崩してもいいから、帝国史に残るような派手なパーティーの準備をしろと命じた。


 その命令を出してから、二週間後、ついにその準備が完了した。



「子爵、地方貴族共が寄越してきた賄賂も含めて、私財の大半を投じましたが、果たしてこれでよかったのでしょうか?」


 シャルルは、一連の事件の幕引きと事件を闇に葬るための代償として、今回のパーティに巨額の私財を投じたと考えている。しかし、誰にも明かしてないが、これは俺がフランシスコ宰相の後継者となるお披露目会でもある。だから、俺は不安を抱いているシャルルを安心させた。


「大丈夫だ。確かに今回の多大な投資をした。だが、それらは全部、我々の未来に繋がっている」


 屋敷も突貫工事で大幅に改築し、帝都でも屈指の腕前の料理人、パーティーの余興のために一流の芸人も招いた。そのために掛かった費用は膨大であり、今まで蓄えていた私財の大半が消えた。それでも、宰相の後継者になるのだから、それに見合うだけの価値があると俺は考えていた。


「子爵、お客さんが来ましたぜ」


 シャルルをなだめていると、ふいに、もう一人の頼もしい側近であるバルツが、完成したパーティー会場に客人を連れてきた。


「初めましてロッキード子爵。フランシスコ宰相様から、今回のパーティの警備隊長を任されました、インペリアル・フォー、グランツと申します」


 バルツと同じく屈強な体を持つこの男は、帝国最強の七人の戦闘集団の一人にして、自身の体を鉄のように硬化させる鉄魔法の使い手で、帝国最硬の体の持ち主と呼ばれている魔術師だ。


 ちなみに、インペリアルナイツは、元々は皇帝直属の戦闘集団だったが、今は実権を握ったフランシスコ宰相の駒である。


 インペリアルナイツの強さは、御前試合を見て、よく知っているだけに、ゆくゆくは俺の手足になると考えると心が躍るも、今はまだ、フランシスコ宰相の部下なので、余計な勘ぐりをされないように胸の内に秘めた。


「いやいや、防御力で右に並ぶ者はいないと恐れられるグランツ殿が警備の責任者であれば、パーティー会場に不届き者が入る余地はないでしょう」


 まあ、そもそも高い城壁に囲まれ親衛隊が警備するこの貴族区に、賊が入ってくるなど考えられないのだが、それでも今回のパーティーには帝国中枢の担う要人達のほとんどが参加する。


 万が一があってはならないのは理解できるので、俺は心良くグランツ殿を迎え入れた。ついでに、バルツにも、グランツ殿の指揮下で警備の任務に就かせた。


 バルツには、次期宰相になる俺の護衛筆頭になるので、これは良い経験だろうという配慮だ。






 それから三日後の夜、遂に時が満ちた。


 子爵という決して格式の高くない家の屋敷に、フランシスコ宰相を始め、帝国の中枢を担う超大物達が続々とやって来た。


 馬車置き場に入りきれないほどの馬車を見ながら、俺は自分が頂点に昇っていくのを心の底から実感した。









 ロッキード子爵の屋敷に続々と大物達が集まって来る中、ロッキード子爵でさえ知らない屋敷内に設けられた秘密の部屋の中で、私は、ヒガンと作戦の最終確認をする。


「こちらは、今の所問題は無い。そちらは?」


「こっちも、問題はないわ」


 当初の計画では、呪薬で薬漬けにしたロッキード子爵家の使用人に屋敷内に麻薬を持ち込ませ、それを自ら暴かせることで、ロッキード子爵を貴族社会から追放させる予定であったが、フランシスコ宰相の介入によって計画は大幅に変更を余儀なくされたが、むしろ、この展開の方が都合が良かった。


 ロッキード子爵と二人の側近は知らない事だが、奴らが職務で屋敷を開けている間に、すでに屋敷の人間は一人残らず、我が呪いの支配下。ついでに、屋敷の改築工事を行った建築を担当した人間も、我が支配下なので、新築したこの屋敷は私の思い描く通りの舞台装置となっている。


 これも全て帝国の裏社会の支配しているおかげだ。思えば、ここまで来るまでに随分と遠回りをしたものだ。


 さあ、始めようロッキード子爵。私は、いつでもあなたを殺せた。だが、敢えて、今日まで見逃し、多大な準備を掛けた。


 君に復讐を果たすために、多くの犠牲を出したのだのだ。それらの生贄になった者達の分まで、たっぷり苦しんでくれたまえ。


 俺は、この日に備えて、新調した凹凸のない新しい白い仮面を被る。


 そして、ついに復讐劇の幕が開いた。


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