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第十九話 師と弟子

いつも応援ありがとうございます。

「なるほどね。正体を知られたかもしれないから、私を殺しに来たと……」


 謎多き蠍の爪のボスの正体が、私の呪術師の師匠であるヒガンだったこともあり、私は一切の言い訳もせずに、正直に何故、蠍の爪の本拠地に攻撃を掛けたのかを正直に白状した。


 それが功を奏したのか、それとも、酒に酔っていたせいか、私の説明に顔を曇らせることなく何か納得した顔をしながらヒガンは頷く。


「うん、じゃあ、あなたが毒蛇の牙のボスになったお祝いということで、今回の一件、チャラにしてあげるわ」


「……えっ、随分あっさりと許してくれるんだな」


 こちらは命を狙ったというのに、それを不問にするというヒガンの言葉に、私は心の底から驚いた。


 いくら酒に酔っているからと言って、それで良いのかと思うが、今も私との会話よりも、シェスを愛でる方に意識が向かっている彼女の気が変わると面倒だったので、ありがたく了承した。


 だがやはり、これで終わりとはいかなかった。


「じゃあ、ここからは取引の話をしましょうか?」


 ほらな。


「取引と言うことは、こちらが販売している麻薬が欲しいのか?」


 商談をするならクロードを連れてくれば良かったと思うも、既に手遅れ、こうなったら組織が損をしないように頑張ろうと意気込むが、そんな私の覚悟を嘲笑うかのような衝撃の発言をヒガンはしてきた。


「違うわ。私ね、そろそろこの国を去るから、最後に蠍の爪を使い潰すくらいに、盛大に大暴れしようと考えているの。帝都総攻撃、腐敗貴族大虐殺よ! 折角の機会だし、この国を去る前に少しでもエドガーや私の育てた門徒達の無念を晴らして上げたいの。 だから、あなたも一緒にどう? 多い方が盛り上がるわよ」


「……一緒にどうって言うのは、毒蛇の牙もそのテロ行為に参加しろと?」


「そうよ! どうせ、ロッキード子爵に復讐するために、毒蛇の牙を乗っ取ったんでしょう? だったら、あなたの方も、毒蛇の牙を丸ごと使い潰しても問題ないんじゃない?」


 この女、正気か……


 犯罪組織とは言え、組織の稼ぎで家族を養っている奴らも少しはいるだろうに、そいつらがどうなってもいいのか?


「その結果、蠍の爪が消えてもいいのか?」


 私の質問に、ヒガンの方はむしろ何故そんな事を聞くのという不思議そうな顔をして答える。


「?……当然よ。そもそも、蠍の爪は、私が数年前に、この国にやってきた時に、門徒になり得る素質のある復讐者を探し集めるために作った組織よ。だから、私がこの国を去る以上、もう必要ないの」


 そう言えば、初めて会った時、帝都に情報網を持っているとか言っていたが、その情報網の正体が帝国三大組織の一つだったとはな。


 確かにそれなら、呪術師のための道具として組織した蠍の爪を必要なくなったからと言う理由だけで、自ら潰す彼女の考えも理解できた。


「それに、あなたは、帝国の明るい未来よりも、ロッキード子爵なんて言う小物貴族への復讐を選んだのでしょう? これでも、あの時のことを今でも少しは根に持っているのよ? 逃げられるなんて思わないでね」


 そこを突かれると、こちらは何も言い返せない。


 私は、今のヒガンの発言で、帝国の希望を絶望に変えて、ロッキード子爵に復讐すると宣言した過去を思い出し、ヒガンの提案に乗るしかないと覚悟を決めた。




「大体、ロッキード子爵に復讐するくらいなら、今のあなたの立場なら、いつでもできるでしょう? 彼の後ろ盾になっているフランシスコ宰相だって、帝国三大犯罪組織の一つを敵に回すくらいなら、一切の躊躇いもなく、身内であるロッキード子爵の身柄を差し出すわよ」


 ヒガンのロッキード子爵に対する見解は正しい。今の私の権力があれば、ロッキード子爵などその辺に生えている雑草に等しい。それなのに、ロッキード子爵本人に手を付けていない理由を、私はヒガンに明かした。


「奴には、かつて私が味わったように、自分が如何にちっぽけな存在であるかをよく理解させる必要がある。勿論、奴に対する復讐は、凄惨かつ盛大にやる。だが同時に、人々の記憶には残らないほどの小さな取るに足らない復讐劇にさせないといけない」


 ロッキード子爵には、早く自分を殺してくれと懇願させるほどの苦痛を味合わせる一方で、人々には、奴の死を一晩寝れば忘れる程度の些細な事にすることが、私の目指す復讐なのだ。


 そして、毒蛇の牙の再編と同時に、そのための準備はもうすでに始まっていた。



「分かった。こちらも、総力を上げて蠍の爪の計画に賛同しよう。でも、こちらにも準備がある。しばらく待ってくれないか?」


「ええ、いいわ。こちらも、まだ完全に準備が終わったわけではないしね」



 よし! 何だかおかしな事になったが、少なくとも、これで当初の問題だった蠍の爪との戦争は回避できたぞと、私は心の中で小さくガッツポーズをした。


 そんな私の様子を見透かしたのかは分からないが、ヒガンは心の中で歓喜する私に書類の束を投げつけてきた。


「……遅くなったけど、これは私からのあなたが呪術師になったお祝いよ」


 酒の影響抜きに、少しだけ更に顔を赤く染めながら、何処か恥ずかしそうな仕草をするヒガンを見て、正直、気味が悪いなと思ったが、ヒガンが投げつけてきた書類を見て、前言撤回した。



「ヒガン……あなたは……」


「ふん、義務よ!義務、導師としての。大導師様が、あなたに刀を上げたのに、直々の師である私が、何もしないのはおかしいでしょう!! それにそれくらいの事であれば、私にとっては造作もない事よ。まあ、もう死んでいたものまでは回収できなかったけど、そこは恨まないでね」



 口では軽く言うものの、この書類に書かれているものを集めることは、帝国広しと言えど、奴隷商の頂点に立つヒガンにしかできないものだ。だが、それでも、決して簡単な仕事ではないはずだ。少なくとも、すぐに用意できるものではない。


 この書類に書かれているものは、今の私にもう必要のないもの、過去に捨てたものだ。今更戻ってきたところで、私が救われるわけではない。それは理解できている。


 でも、でも、それでも、私はヒガンから渡されたものを捨てることができなかった。


 何故なら、これで救われた誰かがいることだけは、確かなのだから。



「ありがとうございます。師匠」

 

「ふん!忘れないでね、私は決して善人ではないことを」



 頭を下げた私の心からの感謝の言葉に、ヒガンは鼻を鳴らして顔を背けて受け取ると、今度は、書類を渡した時とは、打って変わって、少し勿体ないような顔をしながらも、今まで大事そうに扱っていたシェスを手放した。


「あなたも、もういいわ、ご主人様の元へ帰りなさい」


 体の動きを止める呪いを解除したのだろうか、手足を伸ばすと、迷子になっていた子供が親を見つけた時のような仕草でシェスが私の元へと帰還した。


「……戻った」


「ああ、おかえり」


 それにしてもシェスのどこが、ヒガンの琴線に触れたのだろうか? 門徒の中には、ロロアのようにシェスと同じくらいの歳の少女もいたと言うのに、全くもって謎である。


「じゃあ、あなたもとっと帰りなさい。私は一人でお酒を飲みたい気分なの」


 シェスを返却したのを確認すると、ヒガンはシッシッと追い出すように、私達に退室を求めた。しかし、その前に、一つだけ気になることがあるので、私は尋ねてみた。


「そう言えば、大導師・朱天王は?」


 その一言にヒガンは一瞬だけ顔を曇らせると、何処か遠いの場所を見るかのような目をする。


「大導師・朱天王様は、何処かに行ってしまわれたわ。きっと、私のような落ちこぼれの導師なんかよりも、もっと素質のある導師の方へ行かれたのでしょうね」


 その言葉を最後にヒガンは完全に口を閉ざした。その様子を見て、私は何も言わずにシェスを連れて、この場を後にした。






「……ふっ、師匠ね」


 死んだ妹によく似た顔と性格をしていた可愛いシェスちゃんと生意気な弟子を追い出した私は一人残された部屋で、空の盃に酒を注ぐ。


 大陸東方に存在していた、とある小国の元王女であった私の祖国を滅ぼした憎むべき相手は、私が血と涙を流しながら、人里離れた山奥で蠱毒の儀式を乗り越えた時には、すでに別の奴の手によって殺されていた。


 よって、私の復讐が果たされることは永遠にない。


 それだけに、同じような境遇だったエドガーに、私は随分と肩入れしていた。


 正直言って、それが間違いだったとは思いたくはないが、すっかり忘れていた蠱毒の儀式を成功させるために、呪術を教える者は公平な目線で弟子を見なければいけないという教えに反していたのは事実だ。


 あれは、それを思い出させてくれた生意気な弟子への僅かながらの感謝の贈り物だ。


 もしかしたら、あれの存在を知り、心に迷いが生じるのではと心配になってはいたが、久しぶりに彼を見て、その心配は杞憂に終わった。シェスちゃんからも、少し聞き出したけど、今の彼は私以上の復讐者となっている。だから、もう私が教えることは何もない。


「あの様子なら、大丈夫そうね」


 私は、机の隅に置かれた一枚の封筒に目をやる。封筒の中には、今後の私の人生を一変させるほどのことが書かれており、封筒を送ってきた差出人の申し出を受けるか、かなり悩んだが、もうこの国に思い残すこともなかったので、承諾することにしていた。


「もうこの国に未練はない。でも、折角だから最後に、派手に花火を打ち上げるとしましょうか!」





 この一週間後、毒蛇の牙、いや、フライ・アズバーンによるロッキード子爵家に対する復讐劇の幕が、静かに切って落とされた。



 

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