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第十八話 帝国三大犯罪組織・蠍の爪 

いつも応援ありがとうございます。

 帝国の裏社会を支配する三大犯罪組織の一つにして、帝国内における奴隷市場のほぼ全てを支配している巨大犯罪組織、蠍の爪。


 戦闘員や商売人を含む、純粋な組織の正規構成員の数は約三千人と、同じ三大犯罪組織の一つに数えられる毒蛇の牙に比べると人数は、些か劣るものの、帝国内で、独自に奴隷商を営む者も、一応は蠍の爪の傘下の扱いのため、そう言った者達を全て合わせれば、数の上でも他の組織に見劣りすることはない。


 また、毒蛇の牙が独占する麻薬とは違い、奴隷と言う階級を帝国政府が認めているため、蠍の爪の活動は合法という強みがある。


 まあ、売り手に、奴隷を提供するために、商品になりうる者達を無理やり拉致したりと法に反する事を平然とやってはいるが、その類の買い手には、帝国貴族が多いため、そのおかげで、他の組織よりも貴族とのコネが強かった。


 そのような裏事情があるため、帝国憲兵隊は指を加えて監視することしかできないので、蠍の爪は、毒蛇の牙のように、隠れ潜んで商売をせずに、正体を明かして、帝都の商業区画に堂々と店を構えることができているのであった。


 帝都の中でも飛び切り地価が高いはずの帝都の商業区において、他を圧倒する広大な敷地面積を誇り、地下五階、地上十階の巨大施設を有する、蠍の爪とそのボスこそが、帝国の裏社会を支配する真の王者との呼び声も高い。


 いや、素性は分からないが、ボスの性別が女性であることは、裏社会の人間であれば、誰でも知っていることなので、影の女王と呼ぶべきか。





「セルケト様、これが我々が調べ上げた毒蛇の牙の内部情報になります」


「そう、ご苦労様」


 蠍の爪のボスであるセルケトと呼ばれる女性は、部下からの報告書を受け取ると、すぐに自室から下がらせ、受け取った報告書を読み始めた。



 一か月前、圧倒的な暴力とそのカリスマ性で、毒蛇の牙を帝国三大犯罪組織の一つにまで成長させた傑物、ボス・マックス・ガエインが突然病死したと毒蛇の牙側から発表された。


 裏社会に向けて報じられたこの発表は、指導者を失って瀬戸際に立っていると予想し、一気に潰そうと画策した帝国憲兵隊の手によって、表の社会にも大々的に報じられた。


 毒蛇の牙もそうだが、それ以上に、横暴な振る舞いで民を傷つけていたマックス・ガエインの死に帝国の一般人達は歓喜した。その中でも、彼に一時の慰め者にされた者達や関係者の、喜びの声は、彼らの人生で一番の至福の時だったに違いない。


 しかしながら、誰もが、カリスマ的指導者を失って、存続の危機に立たされていると思われた毒蛇の牙は、ボスが病死したのに関わらず、一切揺らぐことなく組織運営をしていた。


 毒蛇の牙の新たなボスの座に就いた、ファントムと呼ばれる謎の男。詳細は不明だが、頭を失い崩壊寸前の毒蛇の牙を分裂させずに、持ち直した実績だけ見ても、ただ者ではない事は一目瞭然である。


 浅い部分しか知らない表の社会を生きる一般人達は、ファントムの事を、マックス・ガエインの隠し子や、最高幹部達が、組織をまとめるために作った架空の人物などと勝手に噂しているが、裏の社会にも詳しい帝国暗部や犯罪組織ですら、ファントムの詳しい素性は、今だに掴み切れていなかった。


 それでも、帝国の裏社会で屈指の情報網を持つ蠍の爪は、ベールに包まれたファントムの正体に、誰よりも近づいていたものの、後一歩の所で、その正体にまでは辿り付けてはいなかった。


「なるほどね……」


 だが、この女、蠍の爪のボスであるセルケトだけは、部下から上がってきた肝心な部分が欠けていた報告書を読んだだけで、ファントムの正体に気が付き、少しだけ嬉しそうに微笑むのであった。




 そんな矢先、ボスである彼女の私室にノックもせずに慌てた様子で、部下の一人が入ってくる。


「なによ、そんなに慌てて」


 ノックもせずに、入ってきた無作法な部下を叱責するセルケトだったが、それどころではないと部下は、口を開く。


「ほ、報告致します。当施設に侵入者です。いや、攻撃です。どこの連中かは分かりませんが、この本店は現在、百人近い部隊からの攻撃を受けています」


「は?」


 何を言っているのか、理解できずにセルケトは、ポカンとした間抜け顔を晒すが、構わずに、部下は報告を続ける。


「敵は既に、当施設の一階部分を占拠。そのため、商品である奴隷を収容している地下とは現在連絡が途絶えており、地下の方はどうなっているのか分かりませんが、敵の一団は、真っ直ぐこちらを目指して、当施設の最上階へと侵攻しつつあり、現在、五階付近で激しい攻防戦が行われております」


(貴族と強いコネを持ち、憲兵隊ですら全く手が出せない、帝国最強の犯罪組織である、この蠍の爪の本拠地に、白昼堂々と正面から奇襲を仕掛けてきたですって!)


 この時、セルケトの頭を占めたのは混乱よりも怒りの方が大きかった。


「どこの誰かは知らないけど、ふざけた真似してくれるわね」


 返り討ちにしてやると、セルケトは意気込むが、彼女の身を案じる部下は、慌てた口調で静止する。


「お、お待ち下さい。本部施設を失い、あなたまでお倒れになられたら、蠍の爪はお終いです。今、部下達が、敵の主力を引きつけている間に、非常用の梯子を使ってお逃げ下さい」


 部下は、火災の際の脱出手段として、この建物の最上階に当たる十階にあるセルケトの私室内に用意された非常用の梯子の準備をする。


 だが、部下が窓に手を掛けた時、部屋の扉が吹き飛ばされ、長い水色の髪を靡かせ、片手に水晶のような巨大な剣を持つ、人形のような表情をした少女が姿を現した。


「へえ~ あなたが、侵入者?」


 部下の話では、侵入者の一団は、まだこの最上階には到達していないはずだが、どこかか、普通ではないオーラを漂わせるこの少女を見て、口では苛立つ素振りを見せながらも、セルケトの心は、即座に戦闘モードへと切り替わった。


「……うん、他の人達が、囮になっている間に、氷で足場を作って外から侵入した」


 少女の言葉を聞いて、セルケトは開かれた扉の向こうに目をやると、壁に大穴が空いているのを確認する。どうやったかは分からないが、この少女が律儀に階段を使ってここまで上がってきたわけではない事はすぐに理解できた。


「中々、やるわね」


「……ん、ありがとう。それよりも、あなたが、蠍の爪のボスであるセルケトさんでいいの?」


 ここまで一人で来た事に敬意を表して、セルケトは、少女の問いに笑みを持って返す。


「ええそうよ。私が、帝国の裏社会を統べる蠍の爪の支配者、セルケトよ」


「……私の名前はシェス。あなたも随分強そうだけど、ご主人様の秘密を知ったからには、死んで!!」



 自身が最も恐れたマックス・ガエインが死んだおかげで心の弱さを克服し、更に、主人であるフライから戦闘の手ほどきを受けて、より一層強くなったシェス・ガエインは、自身の周囲に、氷でできた無数の突起物を出現させると、それらを抹殺対象であるセルケトに向けて放った。











「この度の大失態、真に申し訳ございません」


 私の右腕とも言える信頼の足る部下クロード・バリスタは、深く頭を下げ、謝罪の言葉を口にした。


「顔を上げろクロード。今回の一件、まさか、こうなるとは私も想像できなかった」


 マックス・ガエインを始末し、自らの名をファントムと変え毒蛇の牙のボスの座に就き、クロード・バリスタをボスを補佐する組織のナンバー2にして以来、彼は本当によく働いてくれている。


 実質的な組織の中枢メンバーである九人の幹部達を恐怖で屈服させてはいるが、彼ら以外にも組織内に、こちらの指示に従わない勢力が出現する可能性があったにも関わらず、この一か月、そうした事態が起きず、組織が崩壊しないで済んでいるのは、クロードが上がってきた情報をまとめて各所に適切な指示を出してくれたおかげだ。


 それと、邪魔な奴らをシェスを密かに排除して行った事も大きいと思う。



 さて、このように、マックス・ガエインを始末して私が組織を乗っ取り、順風満帆に見えたのだが、つい先日大きな問題が発覚した。


 それは、私の素性が、毒蛇の牙と同じく帝国の裏社会を支配する蠍の爪にバレたと可能性があるとのことだった。


 私とクロードは、その報告を聞き、そんな馬鹿なと叫んだ。


 今現在、私が元貴族であった事を知る者はシェスとクロードしかいなかったからだ。


 一体、何故正体が露見したのかと私達は大慌てしたが、知られた以上は、捨て置くことはできない。少なくとも、ロッキード子爵に復讐するまでは、私が毒蛇の牙のボスであることは伏せておきたかったのだ。


 蠍の爪側が今現在、どこまで私の事を掴んでいるかは分からないものの、犯罪組織の中でも、貴族との繋がりが一番強いと言われる蠍の爪にだけは、ほんの僅かででも情報を握られたくなかった。


 私とクロードは、この事態にどう対処すべきか、大いに悩んだ。様々な選択肢が出され、悩みに悩んだ私達は、一つの大きな決断をする。


 それが、謎多き蠍の爪の女ボス、セルケトの暗殺だ。


 彼女さえ潰せば、蠍の爪は、次期ボスの座を巡って仲間割れをして、こちらに構うどころではなくなり、蠍の爪が態勢を立て直す前に、我々はロッキード子爵に復讐すればいいと結論を出したのだ。


 素性の知れない人物と言われてはいるものの、ここ最近、彼女が帝都の商業区に構える帝国最大級の奴隷販売店の最上階で執務をしていることは掴んでいたのも作戦を決行する決め手になった。


 なので、他所に移動される前に蹴りをつけるために、思い立ったその日に、帝都中から、毒蛇の牙の戦闘員をかき集め、白昼堂々、蠍の爪の本拠地でもあるその施設に襲撃を掛けた。


 戦闘部隊を囮にし、その隙にシェスに、氷の魔術を使い足場を作り、外壁を伝って、一気に最上階にいるセルケトに強襲を掛け抹殺する。


 蠍の爪は強大な組織ではあるものの、単騎で圧倒できる魔術師はいないと、クロードが念を押して何度も言っていたため、私は最終的に、作戦の実行を決意したのだが。



「まさか、シェスが敗北し、あろうことか、そのまま捕まるとはな。……せめてもの救いは無事に撤退できた囮部隊の損害が少なかったことだろうな」



 元々、素質があったのか、私がヒガン流の修行を少しつけただけで、シェスは強くなった。戦闘技術も、魔術自体の力も随分と向上し、初めて、戦ったあの夜とは別人なほど強くなった。


 流石に、まだエドガーには勝てないと思うが、それなりに、いい戦いはできるのではと考えていただけに、シェスの敗北と捕縛は予想外だった。


「今作戦が、もし失敗に終わるとしたら、セルケトの逃亡を許すくらいだろうと高を括ってて油断していた私の責任です」


 顔を上げるもの、クロードは今だに謝罪の言葉を口にする。しかし、もう終わった事を悔いても始まらないと、クロードを励ました矢先、失礼しますと、室内にクロード直属の部下が入ってきて、一枚の紙をクロードに手渡し一礼して退室した。


「どうした?」


「は、はい、蠍の爪からの伝言です」


 そうか、襲撃者が我々だと気が付かれたか。


 再びクロード縮こまるクロードを諭し、蠍の爪からの伝言を聞く。


「氷の魔術師を奴隷として売り飛ばされたくなければ、今晩九時に、毒蛇の牙のボス、ファントム一人で、ホテル・グランドライトに来いとの事です」


 ホテル・グランドライト。貴族や商人が会食のために利用することもある帝都における最高級のレストラン兼宿泊施設だ。更に、伝言には、施設の方にはこちらで話を付けておくから受付でセルケトに会いに来たと言えばいいと書かれていた。


「向こうは、さぞお怒りだろうな」 


「最悪、その場で暗殺される可能性もございます。ここは、一度保留にしておくべきではないでしょうか?」


 クロードの言い分は最もであるが、小瓶に入れた予備の血を持たせているとはいえ、呪薬なしでは、理性を保てないシェスのことが少し心配でもあるし、何より、大事な戦力である氷の魔術師をみすみす失うわけにはいかなかった。


 それに、あのシェスを捕らえた蠍の爪にも興味がある事と、蠍の爪と何らかの交渉をしなければ、ロッキード子爵に復讐するどころではなくなるため、私はクロードの反対を押し切って、ホテル・グランドライトに行くことを決意した。










 その晩、私は、向こうの指示に従い、一人でホテル・グランドライトに足を運び、伝言の通りに、受付で、セルケトの名前を出すと、若い女性の受付嬢に変わって、執事服を着た壮年の男性が対応してきた。


 初めて目にする、最高級のおもてなし施設に目を奪われながらも、執事服を着た男性に、レストランフロアの一角、貴族や商人達が秘密裏に会合を開いたりする個室の前に案内された。


「セルケト様はすでに部屋に入って食事を楽しんでおられます。では、ごゆっくり……」


 ここまでの待遇をする以上、いきなり殺されることはないだろうが、それでも、最大級の警戒をしながら、優雅に一礼して去って行く案内人を見送ると、私は覚悟を決め扉を開けた。






「いや~シェスちゃん、可愛い!! ほら、食べて、食べて」


「……もう無理吐きそう」


「う~!! お口を膨らませて、リスみたいで、とっても可愛いわ!!」



 小さな個室に入り、最初に目に入ったものは、テーブルの上に山のように置かれた料理の数々。だが、それ以上に私が驚いたのは、あのシェスを完全に手玉に取って、優しく可愛がっていた黒髪の女性の存在である。


 恐らく、こいつが謎多き、蠍の爪のボス、セルケトだろう。


 もう若干狂気を感じるほどに、嬉しそうに甘い声を出しながら、シェスの体をベタベタ触り可愛がるセルケトを見て、こいつ、酒に酔っているなと思いながら、テーブルに近づく。


 そして、乱れた長い髪のせいで顔がよく分からなかったセルケトの素顔をはっきりと視認して、私はようやく、何故シェスが負けて、今も身動きもろくにできずに、人形のようにいいようされているかの理由が分かった。


 酒に酔っているせいか、今の彼女は、私が知っていた彼女とは大分印象が異なるが、こいつの相手は、いくらなんでもシェスには荷が重過ぎる。



 そう考えている内に、向こうも、私が来たことに気が付いたのか、シェスから手を離して、顔を赤く染めながらも、真っすぐ私の方を見据えた。


「お! や~っと、来たか。それじゃあ、今回の一件どういうことかしっかりと喋ってもらおうか、毒蛇の牙の新たなボス・ファントム、い~や、導師・フライ」


 聞いたこともない甘い声を上げ、シェスを可愛がる女性を見て、本当に誰だこいつ? と激しく突っ込みたいのを堪えながら、一万人の部下の上に立つ毒蛇の牙のボスの威厳を見せつけなければと、私は余計な事を捨て去り、黒髪の女性に挨拶を返した。


「ああ、謎多き蠍の爪のボス、セルケト。いや……導師・ヒガン」



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