第十七話 蛇の王
いつも応援ありがとうございます。
暗殺実行日の三週間ほど前のこと、ヒガン流の稽古をシェスにつけている合間に、私は、クロードの立てた作戦が失敗に終わる可能性が高いことをシェスに話した。
「……それでは、ご主人様は、クロードの作戦が失敗すると思っているの?」
「ああ、彼の隠している憎悪は、マックス・ガエインに、既にバレていると見ていいだろう」
聞いた話では、クロード・バリスタは、仇であるボス、マックス・ガエインに、自らの冷徹な仕事ぶりを認められ、最年少で最高幹部の座まで引き立てたもらったそうだが、冷静に考えると少しおかしい話だ。
いくら優秀だとしても、明らかに出世するスピードが異常である。
こうなると、マックス・ガエインは予め、クロードについて何か知っていて、その上で、クロードを側に置いているとしか思えない。
クロードの姉を辱めた贖罪から、マックス・ガエインがクロードを贔屓にしている可能性もあるにはあるが、残忍で暴虐な印象が強いマックス・ガエインがそんな甘い事を考えているはずがない。
やはり、自分の仇であるクロードが自分のために頑張って働いているところを見て楽しんでいる確率が一番高いと見るべきだ。
それに、つい最近出会った私でも、クロードの持つ憎悪を垣間見る事ができたのだ。クロードが憎悪を抱いて、組織に入ったのは五年前で、まだ色々な意味で若いクロードが秘める憎悪をマックス・ガエインが見抜いていた可能性も十分にあった。
「……じゃあ、お父様は、クロードが裏切る時を楽しみに待っているって事?」
「ああ、その瞬間にクロードに、自分は憎むべき仇の手のひらの上で踊っていたに過ぎないと分からせ、絶望するクロードの姿をマックス・ガエイン自身が楽しむためにな」
「……だったら、早く計画を中止するように、クロードに教えて上げるべき」
シェスの意見は最もであるが、私は首を横に振った。
「その必要はない。それよりもシェス、作戦実行日の前に、君のお父様と話はできるか?」
ロッキード子爵に復讐するために、利用できるものは全て利用する。そこに例外はない。
毒蛇の牙の中核メンバーが集うこの会議室内の様子は、私が思い描いた通りになっていた。
自らが掛けるはずだった罠に逆に嵌り、痺れ薬を飲んだことで、椅子に座りながら身動きの取れないクロード。その様を、長い間待ち焦がれていた様子のボス、マックス・ガエインと彼の腹心である四人の最高幹部達、そして、何も知らされておらず、蚊帳の外扱いの五人の大幹部達。
私の計画は、極めて順調に運んでいた。
私とシェスが姿を見せると、マックス・ガエインは、何処かで見た事のある糞貴族の顔を思い出すような下劣な笑みを浮かべ、得意げな顔をしてクロードに、今日までに自分の知らない所で何が起きていたのかを語り出した。
「最初はビックリしたぜ、裏切ったシェスがいきなり俺様の隠れアジトに尋ねてきたからな。まあ、その場で殺してもよかったんだが、一緒についてきたこの男が面白いことを言ってな、自分とシェスの命と引き換えに持っている情報を渡すと」
そう言い、マックス・ガエインは俺の方を指差す。
「そん時に、お前の計画は全部俺様の耳に入ったわけよ!! まあ、そろそろお前が裏切るとこちらも思ってはいたが、お前が、どういう作戦で来るかまでは分からなかったからな。その点は感謝しているぜ。おかげで、クロード、てめえの計画を利用して、てめえに絶望を味合わることができたぜ!! ハハハッ!!」
マックス・ガエインの笑い声に便乗する形で、今まで笑みを浮かべるだけだった他の最高幹部達も、痛快だったと笑い声を飛ばす。
それに対し、痺れ薬を食らい体も碌に動かせないクロードは、絶望しきった瞳で、もう何もかも終わったと、全てを諦めた表情をしていた。
そんなクロードの哀れな姿が、マックス・ガエイン達に更なる愉悦の気分をもたらすであった。
「ハハッハハッハハーーーーーー!!!!!」
復讐者の執念を弄ぶ下卑た高笑いが会議室をしばらくの間包む。そして、頃合いだろうと判断した私は、会議室中に響き渡る笑い声を遮るかのように、クロードに一つ尋ねた。
「クロード。お前に一つ問う」
何か勘違いしたのか、マックス・ガエインは面白がって、場を盛り上げようとしてくれた。
「おお、裏切り者が何か言うのか? おい、クロード!! しっかり聞いておけよ!」
なので、ここは、彼の配慮をありがたく頂戴した。
「人間が、一番油断している時っていつだと思う?」
痺れ薬を食らっているクロードが返事を返すことはできないので、すぐに私自身の経験から導き出した答えを教えてやった。
「昔、真正面からでは決して勝てないと思えるほどの強者と戦ったことがある」
脳裡に蘇るのは、炎の魔術師。
「あいつは、私よりも遥かに強かった。だが、最後の最後に勝ったと油断し、命を落とした……」
そして、私は、マックス・ガエインを指差す。
「……こいつらのようにな」
「「「「?!!!」」」」
流石は、身一つでここまで成りあがった猛者と言うことだろうか、たった一言で、マックス・ガエインの顔から余裕の笑みが消える。
「ああ? てめえ、何を言ってやがる?」
剣呑な雰囲気を漂わせながら、マックス・ガエインは私達を威圧する。私の隣に立つシェスはその圧力に小さく悲鳴を漏らすも、朱天王と言う人外の超越者が放った殺意と比べれば、児戯に等しいため、私の心は一歩も引かなかった。
なので、私はロッキード子爵の時の予行練習のつもりで、精一杯の笑みを出す。
「マックス・ガエイン感謝する。アンタのおかげで、色々とやり易かったよ」
そう言って手で合図すると、廊下に待機していた者達が、続々と部屋の入口付近に姿を現す。その中の一人に見覚えがあるのか、最高幹部の一人が叫んだ。
「な?! セバルト、お主、どういうことだ?!」
セバルト、この壮年の執事の主である最高幹部の一人クーバー伯爵は、生気が失われたかのように、虚ろな目をしながら、自身に剣を向ける執事を叱責する。
クーバ―伯爵は、長年自分に仕えてきた信頼のおける執事セバルトだけに意識がいっているようだが、他の幹部達はセバルト以外にも同じような様子で会議室に入ってきた者達の姿を見て、動揺し震え上がる。
それは、この場の王者、マックス・ガエインですら例外ではない。
「そ、それは、一体どうなっている?! セバルトもそうだが、他の連中も、何故それだけの手傷を負って動ける!!! その姿はまるで、まるで……」
セバルトを含む、今の私の指示で部屋に入ってきた者達に共通する点。
手には、何かしらの武器を持ち、まるで死人のような虚ろな瞳と肌し、そして何より、いつ死んでもおかしくないほどのおびただしいほどの血液が、体が漏れ出て服を赤く染め上げていた。
目の前の光景が信じられないのか、マックス・ガエインは、言葉を詰まらせるので、私が代わりを引き受けた。
「まるで、絵本に出てくるゾンビのようだな?」
これこそが、私の呪いの真の能力にして、使用者の健康を阻害しない呪薬の唯一の副作用。
私の血液を一定量取りこんだ者が死んだ場合、その死体は、絵本に出てくるようなゾンビに成り果てる。
これらのゾンビは、言葉も発しないし、自発的に行動することもない。主である私の言葉にのみ従う。
推察だが、死んで、すでに魂のない体を、私が呪いの力で操っているのだろう。
それと、村一つ潰した実験の際に知り得た事だが、ゾンビ化しても、その肉は徐々に腐り三日くらい経つと動かなくなり本当の意味で死体となる。つまり、ゾンビ化させると言うことは、完全に使い潰す事と同義である。
生前、リスクなしで幸せな気分を味合わせた代償に、死後、その体をもらい受ける。これこそが、我が呪いの全貌だ。
私はこの秘密を、私の血無しでは日常生活すらまともに送れなくなったシェスにのみ告げた。彼女は、呪薬のためなら、奴隷になっても構わないとまで、豪語したのだ。ロッキード子爵に復讐するための戦力として精々役に立ってもらおうと考えている。
こうして、シェスの身も心も、完全に支配したと確信した私は、クロードには黙って、彼女の案内の元、マックス・ガエインの元へ密かに赴いた。
そして、マックス・ガエインからそれなりに信用を勝ち得た私とシェスは、長い会議中に、クロードから出るなと言われた待機部屋を抜け出し、修行の成果でシェスが会得した氷による拘束術を用いて、騒ぎにならないように、城壁の守る衛兵からその動きを止めさせ、私の血を無理やり飲ませ、その場で殺害し、次々とゾンビ化させていった。
そして、会議が小休止になり、夕食の支度が終わり、会議室の扉が再び閉じられた段階で、同じような手口で、残りの使用人達もゾンビ化させた。
「「ひい、お化け!!!」」
死人が刃物を持って自分達の目の前にいるあり得ない状況に、先程から蚊帳の外に置かれている大幹部達はみっともなく悲鳴を上げ、部屋の奥に逃げる。
その様を見て、最高幹部達も逃げ場を求めるが、会議室の唯一の出入り口である扉を私とシェス、それと無数のゾンビに塞がれているので、大幹部達と同じ場所に背を向けて逃げ出すしかなかった。
そんな状況下で、ただ一人、壁に飾られた大剣を手にし、立ち向かう勇気を示したマックス・ガエインはやはり、傑物の類と称すべきだろう。
「へ、どんな、手品を使ったかは知らないが、これはチャンスだ。てめえを叩きのめし、俺様を裏切った落とし前を付けさせる時に、その奇怪な手口を聞き出して、我が組織の力にしてやる!!」
なるほど、確かに彼が言うように、私から呪薬の秘密を聞き出せれば、毒蛇の牙は更なる飛躍をするだろう。
だが、それは私に勝てればの話だ。
私は、この部屋に来る際に予め持って来ていた椅子を、扉の付近に置き、腰かけて、ゾンビ達に命令を下した。
「そこの大剣を持った男をやれ!!」
もうこの城にいる生者は、私とシェス、それとこの会議室にいる連中だけである。つまり、それ以外の二百人近い護衛と数十人の使用人達全てが、私の命令に忠実に従う人形なのだ。
「うおおおおおお!!!!!!」
戦意を高揚させるために、大声を上げるマックス・ガエイン。その姿は、絵本に出てくる勇者を思い出させたが、私は一切の容赦なくゾンビ達に命令を下す。
倒しても倒しても、無数に湧き出るゾンビ軍団とたった足掻く一人の戦士の死闘。
その戦いを私は特等席から思う存分見物した。
「凄いな……」
シェスを隣に侍らせ、玉座に座る王様のような振舞いをしながらも、目の前で繰り広げられた光景に私は心の底から驚かされた。
魔術師でもないくせに、己の力だけで、ここまで這い上がった毒蛇の牙のボスの戦いぶりはそれほど凄まじいものであった。
彼自身の胸の内は分からないが、いくら死体とは言え、自分の元部下を相手に一切の躊躇もなく、手にした大剣で体を切り刻めるその鉄の心は見習うべきだろう。
「ハァハァハァ……糞ッ……」
ゾンビ化したことによって理性を失い、磨き上げた技を何一つ使えなくなったとは言え、数の暴力で押す百体近いゾンビ集団を、一人で返り討ちにしたマックス・ガエインは、全身から血を流しつつも、まだまだいけるぞと、余裕のある笑みを最後に見せるも、ついに力尽き、床に横たわり、微かに荒い息を上げる。
頭部を潰せば、ゾンビの活動が停止することを戦闘中に理解したマックス・ガエインの手によって、会議室の床と廊下の一部は、首無し死体と切断された首で埋め尽くされていた。
この戦いに限り、マックス・ガエインは、後世に残されるほどの勇敢な戦いぶりを披露して見せたと言っても過言ではないだろう。
まあ、だからと言って、彼によって被害を被った者達が彼を許すわけではないが。
「シェス……」
「はい、ご主人様……」
私の合図で、彼の実の娘であるシェス・ガエインが、手のひらから膨大な量の氷を波のように出し、マックス・ガエインの手足の先を凍らせ、床に固定した。
マックス・ガエインが身動き一つ取れないことを確認した私は、戦闘中にシェスに命じてこっそり身柄を安全な場所に運ばせたクロードの方を向く。
「もう痺れ薬の効果は切れたはずだろう、クロード。それでどうする? マックス・ガエインは虫の息だ。今のお前でも十分痛めつけて殺せるぞ?」
長年望んでいた絶好の機会を前にしているが、クロードは心の底から喜んでいるようには見えない。
結果的には、望んでいた結末を迎えられたが、私に、いいように利用されたと、とも取れるその過程は、彼から見れば喜べるものではないからだろう。
ゾンビ達が持っていた剣を携えたまま、クロードは目を閉じ静かに考え込む。そしてしばらくすると、暗闇から答えを見つけ出したかのように、小さく声を上げた。
「今回の一件で、自分の力不足を痛感致しました。本音を言えば、あなたの事は信頼できませんが、私が望んでいた状況を用意して下さったことには、感謝致します。そして、受けた恩義には今後の働きで報いる所存です。ですが、その前に……己の復讐を果たしに参ります」
そう言い残し、床に磔られたマックス・ガエインの元へと向かったクロードは、手にした剣をマックス・ガエインの腹部を狙って構える。
「姉さんの仇ィーーーーー!!!!!!」
そして、今までため込んでいた憎悪を吐き出しながら、身動きの取れない戦士の体に何度も、何度も、剣を突き刺した。
「シェス、お前も混ざらないでいいのか?」
「……私は、怖いお父様が消えればそれでいいのです。ご主人様」
「そうか……それにしても、これは少しつまらん。やはり、ロッキード子爵には、痛みより、生きているほうが地獄だと思わせる方向で行くべきだな」
生きながらに何度も体を刺され、その度にマックス・ガエインは口から盛大に血を吐き、彼の血がクロードの体を染め上げ、ついに暴力で成り上がった裏社会の支配者の一人は、この世を去った。
「ハハハ……やったよ姉さん。これであの世でも安心して暮らせるよね? ねえ僕を褒めてよ、ねえ、姉さん!!」
この時のクロードは、体を真っ赤に染め、まるで心が壊れたかのように、この場にはいない誰かに囁き続けた。
一人の復讐者の復讐の幕が終わるその様を眺め、次は自分の番だと、私は心の奥で意気込んだ。
その後、余ったゾンビに自ら首を刎ね自害しろと命じ、私は、クロード同様に戦闘中に、シェスに命じて確保させた大幹部や最高幹部達の前に立った。
「敬愛する元ボスの後を追いたい者、彼の仇を取りたい者は、今すぐ挙手したまえ」
一応、彼らにいくつかの選択肢を与えたつもりだが、彼らの胸の内はすでに決まっていたようだ。
他の幹部のことを、マックス・ガエインに纏わりつく寄生虫だと揶揄していたクロードの言葉通りに、今後は私に仕えると既に約束していたクロードに続き、残りの九人全員が、私の前で頭を下げ忠誠を誓う。
その姿から、何でもするので殺さないでくれと言う情けない心の声が聞こえてくる。
「いいだろう。では、貴様ら全員の命と地位は保障しよう。ただし、一つだけ言っておくぞ、貴様らが、妙な真似をしたら、ここにいるシェスがすぐ貴様らを殺しに行く。それだけは覚えておけ」
私の言葉に、九人の幹部達は、冷や汗を流しながら、静かに頷く。
何はともあれ、これで、帝国の裏社会の三分の一は手に入れた。
呪いの力に、毒蛇の牙、そして氷の魔術師。
子爵一人を相手するには、十分過ぎるほどの戦力と権力を用意できたと思う。
今回の一件で五年掛かったクロード・バリスタの復讐は終わりを告げた。
次は私の番だ。
「待っていろ、ロッキード子爵!! お前を絶望の底に叩き落とすまで、後少しだ!!」




